冒険者と侍①
「何と……腐竜とまともに戦えるとはな」
腐竜とアレス、その戦いを高みより見物していたキュベレイは、驚きを隠せなかった。
腐っても黒炎竜。その強さは地上に住む竜とは比較にならない。
ただの人間如きと勝負になるはずがないのだ。
「奴め、一体何者……? いや、あの姿、どこかで見覚えがある……?」
記憶を辿るが魔族であるキュベレイにとっては人の姿などどれも大差ない。
老若も、男女ですらもどうでもいい。
何せ、死体になればすべて同じだ。
少なくとも無数の人間を使役する彼にとっては、そうだった。
とはいえ誤算なのは確かである。
キュベレイはしかし、それでもなお嗤う。
彼にはまだ切るべき手札は残っていた。
「思った以上の大物が釣れたようだが、所詮ネズミはネズミ。恐れるに値せぬ。……いや、そういえばネズミの中に一匹、あれと似たようなのがいたな」
キュベレイはふむと頷くと、別室へと移動する。
扉を開けると中は真っ暗、その奥に一人の男が鎮座していた。
黒髪に無精髭、細身ではあるが筋肉質の男。
長髪を頭上で括り、長く後ろに垂らしていた。
男はゆっくりと固めを開ける。
「何用か?」
「あぁ、キミに排除してもらいたい者がいてね。どうだろう? やってもらえぬだろうか?」
「貴様の頼みなど反吐が出そうだがな」
「やってはくれぬのかね?」
残念そうに言うキュベレイだが、その表情は愉悦に満ちていた。
男はそれを見て、苦虫を噛み潰したように口元を歪める。
キュベレイは男が断れない事を、知っているのだ。
「……よかろう、妖人よ。次は何を斬ればいい?」
男は傍の剣を取り、流麗な動作で立ち上がる。
洗練された無駄のない動き。男の実力を如実に表していた。
「ふふ、頼むよ。君の大事な妹のためにも、頑張ってくれたまえ」
「言われるまでもない」
吐き捨てるように言った男の傍らには、いつの間にか童女が寄り添っていた。
童女は何か言いたげに、男を見上げる。
「……」
無言で裾を握る童女の頭に、男はそっと手を載せる。
男に似合わぬ優しげなものだった。
「行ってくる。いい子にしているんだぞ」
「……」
名残惜しげに手を離す童女に微笑みかけ、男はキュベレイを睨む。
先刻とは打って変わり、厳しい表情にキュベレイは肩をすくめた。
「それで、いいかね? 頼んでも?」
「早く言え、時間が惜しい」
魔界に出る鬼が如く顔。
鬼と兄、人間とはよく顔が変わるものである。
キュベレイはその様子があまりに可笑しく、つい笑みを浮かべていた。
リョウマらは死者をなぎ倒しながら、階段を駆け上っていく。
元々死者たちの戦闘力は低い。
エリザでもそう苦戦せず倒せるほどである。
それに加えて屋敷の中は狭く、囲まれる事もない為、敵も数の優位を生かせず足止めにすらなっていなかった。
「てぇぇぇぇい! 飛んでけー!」
エリザが両手に抱えられるほどの岩を操魔術にて飛ばし、死者の頭を潰した。
多くの死者を潰した事で、岩はすでに真っ赤になっていた。
ねっとりと汚汁を滴らせる岩を、エリザは操魔術で拾い上げる。
「うぅ……汚い……」
「我慢しな。お前の獲物はそれしかねぇんだろ」
エリザが操れるのは自然物だけではないが、人の手が加えられていればいるほどその精度は落ちる。
となるとシンプルに重くて硬い、岩がベストなのだ。
加えてこのサイズなら、持ち運びにも困らない。
「私も何か、持とうかなぁ。リョウマの凩みたいなの」
「は、ちびっこにゃまだ早えよ」
「むぅ、子供扱いしないでくださいっ!」
一足遅れながらも、エリザはリョウマについていく。
本来であればリョウマはもっと疾い。
だがエリザに合わせているのだ。
やはり自分はまだ「ちびっこ」なのだと、エリザは感じざるを得なかった。
「それでも……いつか、隣に……」
「んあ? なんか言ったか?」
「いえ別に!」
それでもエリザは、リョウマの背を追うのは嫌いではなかった。
それだけを目印に、まっすぐ。
と、いきなりリョウマが立ち止まる。
「……きゃん! い、いきなり止まらないで下さいよ!」
思いきり顔面を叩きつけ、文句を言うエリザだが、空気が変わっている事に気づいて息を飲む。
階段の上からチャリ、と金属の擦れる音が聞こえてきた。
続いて、降りてくるのは人ならざる気配。
不気味なまでに音はなく、それでいて凄まじいまでの殺気。
リョウマはエリザを下がらせると、手にした凩を構え直す。
「ほう、こんなところで同郷者に出会えるとはな」
降りてきたのは、紛う事なき、人。
白装束に帯刀。髷は長く結われている。
侍、そう呼ばれる者たちと似た様相だった。
同郷者という言葉、そしてどこかリョウマと似た雰囲気の男を見て、エリザは胸を撫で下ろす。
「……よかった。生きている人がいたのですね。あなたももしかして、冒険者の」
「下がってろッてんだ!」
リョウマの叫び声を聞くのと、エリザが突き飛ばされるのはほぼ同時だった。
何を、そう言いかけたエリザの目の前には、リョウマが立ち塞がっていた。
その左腕からは、血が滴り落ちている。
「ふむ、腕一本、取ったと思ったのだがな」
つまらなそうに言った男の手には刀、しかしそれは既に鞘に収められていた。
いつ抜いたのか、リョウマですら追いきれぬ早業。
居合い、確かそんな技術があったなとリョウマは舌打ちをする。
「……生憎、そんななまくらにぶった切られる程、ヤワな鍛え方はしてねェんだよ」
「で、あるか。根性はそれなりにあるようだ」
男は微かな足音すらなく、階段を降りてくる。
特殊な足運びは、男が物心つく前から仕込まれていたものである。
男はリョウマをまっすぐに見おろすと、凛と声を張る。
「拙者の名はカムラ。故あってここを通すわけにはいかぬ!早々に立ち去られい」
「……嫌だと言ったら?」
「力づくで参られよ」
「へっ、いいね。わかりやすい」
リョウマは、カムラは、共に愛刀を握り直した。




