冒険者と魔族②
「リョウマ! あそこです! あの建物」
「う……なんという死臭……」
「あそこで間違いないようだな」
屋根伝いにここまでたどり着いたリョウマらであるが、ここから先は屋根はない。
足元で蠢く死者たちが、リョウマらが降りてくるのを今か今かと待ち構えていた。
流石にここからは戦わざるを得まい。
アレスは腰元の剣を引き抜こうとする、がリョウマはそれを制した。
「そいつはまだしまっておきな。……エリザ」
「はい」
エリザが道具袋から取り出したのは大量の木の葉である。
それを宙にばら撒くと、瞬く間に大きな凧を形作られた。
「こいつに乗っていく」
「木の葉の……こんなので大丈夫なんですか……?」
「あぁ、何度も飛んでいる。行くぜ」
リョウマは早々に木の葉の凧に掴まると、屋根から跳んだ。
凧はまっすぐ、屋敷へと滑空していく。
その動作に揺らぎはなく、慣れたものだ。
エリザも同様に、それに続く。
「さ、アレスさんも」
エリザの小さな手を差し伸べられたアレスは、ふっと目を細める。
「……君たちは強い絆で結ばれてるんだね」
「ふぇっ!? な、なんですかいきなり!?」
「お互いの事をよくわかってる。きっといい冒険をしてきたんだね」
「そ、そんなこと……」
「あはは、ちょっと妬けちゃうな。……早く行こう? リョウマさんが待っているよ」
「……もう、アレスさんてば」
エリザは困惑しつつも、アレスを抱えて凧を飛ばせる。
風に乗り、ゆっくりと空を飛ぶ感覚。
当初は戸惑っていたアレスだったが、心地よい感覚がすぐに気に入った。
こんな場所でなく、見晴らしのいい山の上から飛んでみたいものだと思った。
「……!?」
不意に、下方から立ち昇るような殺気。
それ感づいたアレスは咄嗟に飛び降りる。
「アレスさん!?」
「やああああっ!!」
腰元の剣を閃かせ、アレスは斬撃の姿勢を取る。
その視線の先――――屋敷の庭には竜がいた。
エリザに向けた竜の口内は赤く燃えており、まさに今、放たれる寸前である。
思わず目を瞑るエリザ――――そのすぐ横を熱線が掠めた。
(当たって……ない……?)
先刻、飛び降りたアレスの一撃が竜の横っ面を叩き、熱線の方向を曲げたのだ。
あの分厚い竜をよろめかせる程の一撃……勇者の名は伊達ではないと、エリザは息を飲んだ。
「こっちは大丈夫! キミたちはボスを!」
大きく手を振るアレス。
対峙する竜の大きさは、その何倍あるだろうか。
竜の戦闘力は一度戦ったエリザは知っている。
とても一人で戦えるものではない――――「逃げて」と、叫ぼうとしたエリザの頭にポンと手が載せられる。
「あぁ、任せな」
リョウマがエリザの代わりに、応えた。
一瞬目を丸くするアレスだったが、親指を立ててにっこり笑う。
「アレスさん……」
「行くぜエリザ。あいつも覚悟してここに来てんだ」
「しかし相手は、竜ですよ? いくらアレスさんでも……」
「ばァか、よく見ろ。あれは腐竜だ。あの時の竜とは比べ物にならんさ。アレスの実力なら、あっさり倒してのけるだろうよ」
「! そ、そうですか! そうですよね! 勇者ですものね!」
「あぁ、そうさ」
――――実際のところ、腐竜といえどその戦力はとても侮れたものではない。
この腐竜、生前の姿は黒炎竜と呼ばれる最上位種である。
魔界の奥底に住み、炎を喰らうと言われる最強竜の一角。
独り《ソロ》で相手取るには、いかなアレスと手厳しい相手である。
その死骸を、キュベレイは使役しているのだ。
「さぁて、それでもやらないとね……」
アレスは去っていくリョウマらに踵を返すと、腐竜へと向き直る。
どろりと目玉を垂らし、強烈な腐臭を放つ腐竜。
思わず顔を顰めつつも、アレスは剣を握りしめる。
その時、ふと気づいた。
(思った以上に身体が軽い……?)
街に侵入して半刻程経っただろうか、本来であればかなりの戦闘を繰り返し、消耗している頃合いだ。
にも拘らず、そういえば未だ戦闘らしい戦闘はしていない。
全身に魔力を漲らせ、アレスは頷く。
これならば――――やれるか、と。
『グゥゥゥアアァァァァァァァァァァァ!!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――――腐竜が、勇者が、吠えた。
その遠吠えを聞き、エリザはぶるりと震える。
時折地響きが鳴るのは、激しい戦いが行われている証拠である。
衝撃で大きくよろめいたのを、隣を走るリョウマが支えた。
「おい、集中しろ。でなきゃ置いていくぞ」
「は、はい! 集中します」
「いい子だ。あっちの心配ばかりもしてらんねぇからな」
ふいに立ち止まるリョウマに釣られ、エリザも慌ててそれに倣う。
曲がり角、そこから這い出てきたのはかつて人であったモノのなれの果てだ。
身体は崩れ、まともな歩行すら出来ず四つん這いでにじり寄ってくる。
さらに後ろからも、いつの間にやら囲まれていたようだ。
無論、それに怯むリョウマではないが。
ずらりと凩を抜き、前方へと駆ける。
「離れずついてこい!」
「わ、わかりました!」
リョウマが凩を振るうと、つむじ風が舞い死者の群れを吹き飛ばす。
「突き」で放ったつむじ風は、斬撃でなく強力な衝撃波として放たれる。
範囲も広く、まともにやり合う気がない時にはこちらが便利だ。
倒れ伏す死者の群れを足蹴にしながら、リョウマはエリザに問いかける。
「それよりちびっこ、ちゃんと自分の仕事はしてるんだろうな?」
「む、もちろんです。風の流れと魔力の気配から、上と下のどちらかに目当てはいるかと」
「なら上だ」
「どうしてです?」
「馬鹿と煙は高いところを好むっていうしな。豚だっておだてりゃ木に登るくらいだ。自分を偉ぇと思ってる奴は、上にいるもんだ」
「……なるほど?」
リョウマの言葉の意味はエリザには半分もわからなかったが、リョウマがこうまで言い切ったのだ。
そうに違いない。
走り出すリョウマに、エリザは追走するのだった。




