勇者と冒険者④
「エリザ、おい大丈夫か!」
「エリザちゃん! しっかりしてください!」
気を失ったエリザの頬を、リョウマはぺしぺしと叩く。
「ぅ……」
幸い、エリザはすぐに目を覚ました。
痛む頭を押さえながら、起き上がる。
「す、すみません……。鳥がやられてしまったようで……」
「気にすんな。それで、どうだった?」
「えぇと、はい。街の中は死体だらけでした。それにほとんどが骨で人は全く……報告通り不死系の魔物も多数……中央に大きな建物が見えたので、そこへ向かおうとしたら――――」
「鳥さんを消された、というわけだね」
アレスの問に、エリザはこくんと頷いた。
なるほど、どうやら事態は予想以上に深刻らしい。
「生き残りはいないと考えてよさそうだな」
「どこかに捕らわれている可能性はあるのでは?」
「まぁ、ねェだろ。あっても碌な状況じゃねぇ」
アレスの言葉を先回りして潰しておく。
下手な希望を頭の片隅にでも入れてしまうと、それを前提に動いてしまう。
だったら「ない」前提で動いた方がいい。
希望なんてのは、戦いの場においては足を引きずり込む沼のようなものである。
アレスもリョウマと同じ考えではある……が、それでも納得しきれぬのか、拳を強く握りしめた。
「やりきれないものですね……」
「まぁそんなもんさ。怒りは大将首にぶつけてやりゃあいい」
アレスの頭を手を載せるとリョウマは瘴気漂う街を見やる。
魔族に支配された街……リョウマの幼少期、隣村に厄介な魔物が出現した事がある。
戦闘力自体は大した事のない魔物だが、人間を噛みつく事で仲間を増やすという厄介な力を持っていた。
更に仲間も同じような力を持ち、あっという間に魔物の群れが生まれてしまう。
そして、丁度遊びに行っていたリョウマは惨劇を目の当たりにしたのだ。
親子で、兄妹で、友人同士で、喰らい合い、貪り合あう、地獄。
幼いリョウマは納屋に隠れ、震えるしか出来なかった。
それを助けたのが、そう。
リョウマの憧れた冒険者である。
(あの人が間に合わなかった、あの時の、先……)
リョウマがこの依頼に拘った理由はそれだ。
今の自分なら何とかなるかもしれない、と。
「行くぜ」
立ち上がるリョウマに、エリザとアレスは続くのだった。
「……」
道中、あまりに口数の少ないリョウマとエリザ。
最初こそ気が張っているのかと思い気にしなかったアレスだが、あまりの沈黙長さに不安になってきた。
作戦は? 攻める手順は? 優先攻略場所は?
その全てが、全くないのだ。
普段は綿密にブリーフィングするアレスである。
彼らとしてはそれが普通なのだろうが、流石に何か言うべきだと思いリョウマに声をかけた。
「えーと、ちなみにリョウマさん、どうやって攻めるつもりですか?」
「まっすぐ行って普通に潰す」
「そ、それはまた豪胆な……」
リョウマの言葉に、アレスは乾いた笑いを漏らす。
街一つ落とすような魔物相手に無策は流石に無茶だ。止めるべきかと考えるアレスたったが、ふと思いとどまる。
(不死化させて配下に加えるタイプの魔族は直接的な戦闘力は低い場合が多い……ただその分頭が良く、時間をかけると罠を製作してくる可能性もある。ならば、先手必勝で攻め入るのも悪くはない……のかな?)
まさかそこまで考えて……いや、まさかなとアレスは首を振る。
数多くの上位魔族と戦い続けてきた故の経験。
わかっていても臆し、留まり、実行に移せるものは数少ないのだ。
それを銀等級の冒険者がおいそれと行えるはずがない、と。
(それに最悪、ボクもいるしね)
自分がいれば二人を担いで逃げおおせる事くらいは出来る。
なにせ勇者、冒険者の頂点に立つ存在だ。
それくらいはやってみせるさ。うん。
ぐっと両手で拳を作り、アレスは頷く。
「頑張りましょう!」
「ん、あぁ」
気のない返事に少しがっかりしながら、アレスは頭の中であらゆる事態を想定し始める。
いつ、何が起きても対応出来るように、と。
「さて、そろそろ見えてきたな」
「あの霧、なんだかすごく嫌な感じがします」
「死の霧……あれを死体が浴び続けると、術者の操り人形となるのですよ。閉ざされた城壁は魔術による霧を逃さない為でしょう。死体術師は開けた空間では魔術を展開できませんから。それにしても街一つ覆い尽くすほどの霧の使い手とは、結構大物かもしれませんね」
「壁を壊せばどうにかなるのか?」
「なるでしょうが……全力で邪魔されるでしょうね。それにすぐ効果が消えるものでもありません。頭を叩くのがやはり効率的でしょう」
「……だな」
そうこう言ってる間に、リョウマらは悠然とそびえ立つ門へと辿り着いた。
かなりの大きさである。
見上げるリョウマたちの前に、アレスが進み出た。
「少し離れていてください。私の攻撃魔術で破壊します」
「いや、その必要はない」
リョウマはそう言うと、かぎ爪付きロープを取り出した。
ヒュンヒュンと振り回し、壁の淵に引っ掛ける。
「こいつを登ろう。あんな大きな扉を破壊したら目立つしな」
「リョウマ、壁の上の安全は確認済みです」
「……あ、はい」
アレスがキョトンとしている間にも、リョウマはすでに壁を半分ほど登り終えていた。
小さなエリザですら、リョウマに続き登っていく。
「えーと……」
それを困惑げに見上げるアレス。
あまりにも二人してするする登っていくので呆気に取られていた。
そうしているうちに、二人とも壁上へとたどり着いた。
早く来い、とリョウマからのジェスチャーが送られる。
縄登り……アレスは幼い頃あまり運動が得意ではなかった。
おかげでこの手のは未だに苦手意識があり、よく仲間に取り残されてはからかわれていた。
いや、しかしこれはただの縄である。
動く床でも、滑る床でも、落ちてくる天井でもない。
別に罠などない。平気だ、平気なのだ。
少し不安になりながらも、アレスはロープを登るのだった。




