勇者と冒険者③
翌日、三人は街はずれにて集まっていた。
アレスは転移魔術ポータルに必要な霊薬にて、魔法陣を描く。
「よし、と。準備オーケーです。二人とも中へ」
「おう」「はいっ!」
魔法陣の中に入ったリョウマとエリザを確認した後、アレスは何やら呪文を唱え始めた。
魔術の心得のないリョウマには何が起こってるのかわからないが、袖を掴むエリザの様子からただ事ではないのだなと理解した。
青い光が魔法陣から立ち昇り、浮遊感が身体を包み込む。
そして、閃光と共に三人の姿は消えるのだった。
――――魔族に支配されし街、カイザ。
かつては栄えていた中央通りは今や死臭漂う魔物の巣窟となっていた。
人や獣の骨が散らばり、それを時折下級生物が噛み砕く。
バリバリゴリゴリと、不気味な音が響き渡る。
そして通りを進むと大きな建物が一つ。
昔は領主が住んでいたこの屋敷だが、今の主人は違う。
執務室にて佇む神官姿の男は、白髪にして白面。
あばらは浮き出て、頬はこけ、目は窪んでいる。
男の様相はまるで断食を行なった僧侶が如く、であった。
しかし背に生えた巨大な翼が、額の二本角が、彼を人間ではないと如実に物語っている。
「たす……けて……」
薄暗い室内に響く声。
その主は女……のようてあるが、声は異常に低く掠れ、尋常な様子ではない。
声を聞いた男は、その方向へ優しく語りかける。
「救いをもとめているのですかな?」
「……けて……も、う……」
「えぇ、えぇ、貴女は救われますとも。そんなにまでして、信心を重ねているのですから」
男が一歩、前に出ると、影に隠れていた女の姿が露わになった。
女、そう言っていいのだろうか。
肉は削げおち、骨が剥き出しになったその身体は生きているか死んでいるかもわからない。
両腕、両足のみならず、腹を裂かれ中の臓腑も取り出されていた。
生きているのも不思議な状況下で、彼女はまるで芋虫のようにのたうち回っている。
「も……ぅ……ころ……してぇ……」
「はは、ご安心を」
男は優しげに笑みを浮かべ、女の頭にゆっくりと手を載せる。
「――――あなたはもう、死んでおりますので」
女は数日前からずっと、死んでいた。
それでも動いているのは男の死霊魔術のおかげである。
骨公爵、キュベレイ=ジャルゴーニ。
死霊魔術の使い手で配下を全て、不死系の魔物にて構成している。
彼は捕えた人間の身体を生きたまま削ぎ落とし、主人への供物としているのだ。
生ける屍として、女は死ぬ事も生きる事も許されず、その身体を刻まれ続ける。
骨となった後は、彼の配下として働くのだ。
「ひ……ぎぃゃああああああああああああ!!」
スケルトンが女の肉を切り取ると、悲鳴が辺りに響き渡る。
キュベレイは心地よさげに目を閉じて、それを聞く。
切り取った肉は金装飾の盆に移され、運ばれる。
その先は地下室の片隅、重厚な扉の奥にある部屋。
「失礼します、我が主よ」
祭壇に打ち捨てられた食いかけの肉塊を見て、キュベレイは顔をしかめる。
やはり、死体の肉では満足しないか。
とはいえ生きている人間も残り少ない。
現状、生き残った街の人間は十数人。
適正年齢の男女でつがいを作り、繁殖を試みてはいるが、いかんせん中々子供も産まれない。
環境が悪いからだろうか、それとも精神的なものか……牛や豚のように上手くはいかないものである。
どこからか攫ってきた方が早いかもしれないか。
キュベレイが思考を巡らせる間にも、配下のスケルトンは祭壇に新たな肉を捧げる。
「ォ……ゥゥ……ァ……」
闇の奥から響く、声。
キュベレイは配下と共に跪く。
「これは主殿、お目覚めですかな?」
「ゥ……ゥゥゥ……!!」
ぐしゃり、と祭壇に置かれたばかりの肉が粉々に砕け散る。
肉片が辺りに散らばり、床に赤いシミを作った。
「は……申し訳ありません。生きた人間を必ず……」
「ァァァゥ!! ァァァゥ!!」
「……失礼します」
足早に部屋を去るキュベレイ。
これ以上機嫌を損ねるのはまずいか。
また一人、殺さねばならんな……少々危険を冒しても、人間を攫ってくる必要があるか。
(あまり目立ちたくはないのだがな……)
とはいえ背に腹は代えられぬ。
撒き餌の効果が思ったほどではないようだ。ならば手ずから……気は進まないが。
キュベレイが漆黒のマントを翻すと、その姿は闇に消すのだった。
「よっ……到着です」
「おおぅ、これはすげぇな」
リョウマは思わず感嘆の声を上げた。
街からここまでは歩いて数日……それを一瞬にして、である。
話には聞いていたが転送とはとんでもない。
行商や輸送業者の存在意義に関わる魔術だ。
「いえいえ、この魔術、媒体や魔力を大量に使うのでそう気安いものでもないんですよ」
「その割にあっさり使って見せたが……?」
「少し、いいカッコをしたかったので。何せボク、一応勇者ですし」
そう言ってアレスは照れ笑いを浮かべる。
意外と気を使う性格なのだなとリョウマは思った。
そして、生意気だと。
アレスの頭に手を載せ、くしゃりと髪を掴む。
「わわっ!? り、リョウマさん!?」
「ったく、つまんねぇ事に気ぃ使うんじゃねェよ。息抜きなんだろ? この依頼はよ」
エリザはそれを見て、くすくすと笑う。
勇者と言えど、リョウマにかかれば形無しだった。
それが何とも、可笑しかった。
アレスは恥ずかしげに目を伏せる。
「……すみません。なんか気を遣わせてしまって」
「おぅ。一人で張り切りすぎて、俺の仕事を取るんじゃねェぞ」
「あ! じゃあ私もアレスさんに取られる前に、仕事しますね!」
「うぅ、エリザちゃんまで……」
「偵察を……行きますっ!」
そう言うと、エリザは魔力にて周囲の木の葉を集め出す。
木の葉は鳥の姿を形作ると、街の方へと飛んで行った。
「へぇ、すごいですね。エリザちゃん、あれで街の様子がわかるのかい?」
「あまり細かくは見えませんけど……」
エリザの操魔術は術者と感覚をリンクしており、ある程度であればその視界も見る事が出来るのだ。
「もうすぐ上空です」
葉の鳥は街の上にさしかかると、ゆっくり旋回を始めた。
かりそめの命を得た鳥の目に映るのは、不死の魔物たち。
それが街中を、我が物顔で闊歩しているのだ。
生きている人間は見当たらない。
逃げたか、殺されたか、はたまた捕えられたか……どちらにしろこんな状況では絶望しかできないだろう。
今はなき、故郷を思いだしたエリザの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「おい、大丈夫か? 顔色わりぃぜ」
「は、はい……平気……です……」
「無茶はするんじゃねぇぞ」
と言われても、エリザはリョウマの言葉通りにするつもりはなかった。
この程度、軽くこなさねばリョウマの相棒としては失格だと、彼女にもプライドというモノがあった。
故にエリザは、鳥の高度を下げる。
奥の大きな建物から強い魔の気配を感じたエリザは、そこへ鳥を飛ばす。
(多分、ここが件の――――つゥっ!?)
突如、弾かれるような衝撃を受けエリザの意識は途絶える。
現場では、形を失った木の葉が宙を舞っていた。
その下で手をかざすのは白面の魔族、キュベレイである。
「魔術の痕跡……ようやく冒険者が嗅ぎつけましたかな?」
どうやら外出の必要がなくなったようである。
キュベレイは思惑通り事が運んでいるのに気を良くし、邪悪に唇をゆがめるのだった。
ブクマ評価入れてくれるとうれしいですー




