勇者と冒険者①
――――港町ベルトヘルン。
冬が終わり季節は移り変わり、暖かい日も増えてきた今日この頃。
リョウマは相変わらずギルドにて依頼をこなす日々であった。
酒場にて、リョウマが傾けているのは日本酒である。
以前持ち込んだ日本酒に興味を持ったバーテンが作り出したのだ。
それを、最近知り合った道具屋に頼んでつくってもらった「とっくり」に注いで、ぐいと飲み干す。
熱い息を吐くと、疲れもふき飛んでいくようだった。
依頼を終えて、清算を待つ間の一杯、それがリョウマの日常になっていた。
無遠慮な男が隣に座って来るのも、である。
「おう、異国の。おめぇさん銀等級に上がったんだってな?」
「そういう槍使いも景気が良さそうじゃあねぇか」
「へへ、やっとのことで金等級だぜ。そろそろ俺と組んでみるか? 足手まといにゃならねぇだろ」
「御免被る。相棒には不自由してないんでな」
「ケ」
こうして戯れるのもいつもの事だ。
最近は槍使い、ドレントがしつこくパーティに誘ってくる。
どうやら他の仲間と別れたらしい。
女にフラれたのが理由との噂である。尤も本人は否定しているが……
「そうです! リョウマには私という相棒がいるんですから!」
ひょっこりと、横から口を出してきたのはエリザだ。
リョウマを挟んで反対側のドレントを、エリザは思い切り睨みつける。
何度か依頼をこなしてレベルアップしたエリザは、自身への認識を操作することで自分を人間として見せているらしい。
とはいえこの能力、非常にか細いもので、半魔の中でもより人間に近い小人種だから可能なようだ。
あと、わかる人にはわかるそうで、受付嬢などは気づいていて何も言わないらしい。
我関せず……リョウマとしてはありがたい限りだが、ギルドの顔役がそれでいいのかと思わなくもなかった。
エリザはそんなリョウマの苦心など、気にしてもいないようであるが。
「何度誘っても無駄ですよーっ! べー!」
「ハ、おしめも取れてないおこちゃまが……大人の会話に首を突っ込むんじゃないぜ?」
「私もう9歳ですっ!」
「ガキだろ」
「ちがいますーっ!」
「……やれやれ」
こうして二人が争うのを見てリョウマがため息を吐くのもいつも通り。
多かれ少なかれ、そんな日常はどのテーブルでも行われている。
つまりはこの港町ベルトヘルンはまるごと「いつも通り」であった。
「ごめんくださーい」
そんな「いつも通り」を破ったのは酒場に似合わぬはつらつとした子供の声。
場所にそぐわぬ声に、全員が扉を見やる。
どんな若造が足を踏み入れたのか、と。
野次の一つでもかけてやるか、それとも力の差を見せつけてやるか。
そう思った全員が、声の主を見て声を失う。
青い髪、赤いマントに軽鎧、一見ただの少年冒険者であるが、纏うオーラは明らかにそうではない。
百戦錬磨の武人とも比にならぬ、圧倒的オーラの質量。
少年がゆっくり一瞥すると、全員が目をそらした。
力自慢の男も、魔女と呼ばれた女もまるで蛇に睨まれた蛙のように。
――――ただ一人、リョウマを除いては。
(へぇ……あいつ……)
リョウマは子供の姿に、幼い頃に出会った冒険者の姿を重ねていた。
当時会った時は30前後だったので確実に別人だが、それでも内々から発せられる「雰囲気」というものが驚くほどに似ていたのだ。
少年はリョウマと目が合うと、無遠慮に近寄ってくる。
「こんにちは! 冒険者の方ですか?」
「……おうよ少年。お前さんは」
「これはすみません。申し遅れました。ボクは……えーと、アレスと申します。以後、お見知り置きを」
アレスの差し出された手を取るリョウマ。
小さく柔らかい手ではあるが、溢れんばかりの力強さを感じ取っていた。
「勇者様!」
酒場に響く声の主は受付嬢である。
そして、勇者の名を聞いた連中は、にわかに色めき立つ。
本来はつまはじき者である冒険者だが、階級が上がるにつれて権限が大きくなっていく。
特に最上位である「極金」の者は、道を極めし者として名ではなく、職業名で呼ばれるのだ。
「戦士」「僧侶」「魔法使い」……彼らは名もなき者と、恐れと敬意を込めてそう呼ばれている。
そしてその頂点に立つのが「勇者」なのだ。
「あれが勇者かよ」「確かにヤベェわありゃ」「人間があんな魔力を持ってるものなのか……?」
辺りがざわめくのも無理はない。
何せ名もなき者自体、見たことのない者が殆どなのだ。
特に勇者など伝説的な存在である。
あの鉄面皮の受付嬢ですら、アレスを見るや小走りで駆けてきたくらいだ。
リョウマは受付嬢が走るのを初めて見た。
「受付嬢さん、こんにちは。急に来ちゃってすみません」
「いえ! 歓迎します! しかし突然、どういったの要件で……? 今は魔王討伐の任についているはずでは」
恐る恐る尋ねる受付嬢を見てアレスはくすくすと笑う。
「あはは、ただの休暇ですよ。仲間が疲れているので」
「なるほど。流石です。パーティメンバーの健康管理は分かっていても出来ない人が多いのですが」
「もう、言いすぎですってば!」
照れ笑いをするアレスは、どう見ても年頃の少年にしか見えなかった。
そこが逆に、アレスの底知れなさを仄めかせていた。
「仲間が回復するまで暇なものですから、久しぶりに普通の依頼を受けてみようかと思ったのですよ」
「そういうことでしたか。でしたらこちらの依頼、どれでもお好きに取っていって下さいませ。勇者様のお眼鏡に適うものがあるかは甚だ疑問ですが」
「もー、受付さんてばぁ……わかりました。選ばせて頂きますね」
ふむふむと依頼板を眺める勇者を遠巻きに眺めるリョウマたち。
槍使いドレントも興味津々といった具合だ。
「おいおいマジかよ。勇者だってよ!」
「すごいです。私と同じ歳くらいなのに、あんな気が出せるものなのですね……」
「いや、どー見てもあっちのが大分上だろ」
「し、失礼な!」
白い目をするドレントの意見にリョウマは賛成であった。
勇者の年齢は15、6くらいだろうか。確かに歳若いが、それでも、どう見てもエリザよりは年上である。
「……よし、これに決めた!」
勇者が一枚の紙を手に取る。
ここで最も難易度の高い依頼で、数か月前から誰も受けなかった厄介ごとだ。
上位魔族が一つの街を丸ごと支配下に置き、それを解決してほしいとの依頼。
そんな依頼を受けるのはただのバカか英雄か、などと笑い話にされていたが、まさか本当に英雄が依頼を受けにくるとは、この場の誰も予想だにしなかっただろう。
「まぁいいんじゃねーの? あんな依頼誰も受けようとすんのは、どっかの誰かさんくらいだろうさ」
「……」
ドレントの言葉に少々むっとするリョウマ。
何を隠そうリョウマこそ、その依頼を受けようとした本人なのである。
しかしランクを理由に、受けることが出来なかったのだ。
「命拾いをした」だの「身の程知らず」だのひどい言われようをしたのをリョウマは未だ根に持っていた。
「受けさせてもらえば、こなして見せたさ」
「やめとけやめとけ。強がってもいい事ねぇぞ?」
「……テメェ喧嘩売ってんのか?」
「へへへ、だったらどーする?」
いつも通りの言い争い。
最初は止めていたエリザも受付嬢も、もはやスルーである。
こんなもの二人にとってはただのじゃれ合いなのだと、この場にいる全員が知っていた。
……ただ一人、勇者アレスを除いては。
「こら、ケンカはダメですよ!」
二人の間に割って入るアレスに、リョウマとドレントは思わず手を止める。
止めざるを得ない。何せ相手は勇者なのだ。
その気迫に否が応でも、止まってしまう。
「お、おう」
「……ち」
離れた二人を見て満足したのか、アレスはにっこりと笑って言った。
「ですが……原因はボクにあるようですね。申し訳ないです、横取りしたみたいになってしまって……」
「気にすんな。依頼なんざ他にもあるさ。おめェさんが気に病む必要はねぇよ」
「うーん……それではボクの気が……あ! ではこうしませんか? リョウマさん、ボクと一緒にこの依頼を受けに行ってください」
「「はぁっ?」」
素っ頓狂な声を上げるリョウマとドレントにかまわず、アレスは続ける。
「実はボク、元々誰かに案内を頼もうとは思っていたんですよね。土地勘はないし、一人だと少し心細いのですから」
「勇者殿が心細い……かい?」
「失礼な。ボクだって人間ですよ」
そう言って頬を膨らませるアレスは年相応の子供のようだ。
無論、ただの子供が街を支配した上位悪魔の討伐に、まるで散歩にでも誘うかのように人を誘ったりはしないだろう。
それにリョウマの記憶にある冒険者と、どこか似ているのが気にかかった。
こいつとしばらく行動を共にしてみたいと考えたリョウマは、少し考えて答える。
「わかった。協力しようじゃねぇか。勇者殿の戦いを見るのも面白そうだ」
「ありがとうございます。それとアレスで大丈夫ですよ」
「おうさ。よろしくな。アレス」
リョウマとアレス。二人はがっしと手を結ぶのだった。
またぽちぽちと書き始めます。
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