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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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閉幕、そして新たなる―――②

 アネギアスが復活してからは街の復興はさらに進んだ。

 不死の身体ゆえに夜しか動けないとはいえ、疲れを知らぬ不死の身体だ。

 一人で何人分もの仕事をして、平気な顔をしている。


「にしてもアネさん、動きっぱなしだけど大丈夫なんすかねぇ」

「不死の魔物は夜の瘴気を吸収して動きますから、あまり疲れないと聞きます」

「なら……問題ないっすね! アネさーん、どんどんやっちゃってくださーい!」

「わかったわぁーん!」


 リョウマもエリザも、ハチェの受け入れの速さには参っていた。

 本当に人間かと。まぁ異形だらけのこの街に住んでいたのだから、詮無き事かとリョウマは自分を納得させる。


「それでもよかったです。ハチェさん元気になってくれて」

「そうだな……ところでこいつにはおめぇさんの術は使えないのか?」


 リョウマが見上げるのは竜――――その死体である。

 一時は共に戦った仲だが、あまりに硬すぎて、重すぎて、処理できずにいるのだ。

 何せ竜の鱗は武器も炎も通さない。

 焼こうにも焼けず、切ろうにも切れず、その巨体はそこにただあるのみである。


「不死化させりゃあとりあえずどいてもらえるんじゃねぇのか?」

「……すみません。竜は強力な魔力耐性を持つので、私の魔力では不死化なんてとてもではありませんが……」

「無理、か」


 どうやらそれも出来ないようだ。

 リョウマはかつての友が腐り、朽ちていくのを見なければならないのかと陰鬱な気分になっていた。


 不意に――――ゴリ――――と、何か音が聞こえた。

 何だろうか、聞き耳を立てると、どうやら竜の身体から聞こえてくるようだ。

 ゴリ、ゴキ、ミシ、鳴り響く音は徐々に大きくなっていく。

 そして、竜の身体を内側から破り出てきたのは、小さな竜である。


「ど、竜!? さん!?」

「こりゃ驚いた。そういやこいつ、卵を守ってたんだったか」


 思わぬ再会に、その場にいたもの全てが目を丸くする。

 子竜は一瞬、全員を眺めたあとすぐに親竜へと視線を戻す。

 そしてムシャムシャと、食べ始めたではないか。


「親を……食べてる……」

「自然の世界じゃ珍しい事じゃねぇさ。ただでさえ竜の身体は燃費が悪そうだからな。そこらの食いもんじゃ満足できねぇはずだ」


 竜は親が子を命を懸けて守る。

 それだけではなく、その身を食らわせる事で幼少期を生き抜く為の糧とするのだ。

 子は親の身体を喰らう事で、鱗の硬さを身体の強さを、炎の熱さを手に入れる事が出来るのである。


「信じられないわね……あれだけの巨体を食べてあの子、まだ小さなままよ」

「ちっちぇえ頃から常識外れた生きモンなんだな。竜て奴はよ」


 呆れるリョウマらに見向きもせずに食べ続ける事一刻と半。


「けぷっ」


 子竜は骨となった我が親を名残惜しそうに見つめながら、息を吐いた。

 そして小さな翼を懸命に羽ばたかせ始める。

 ゆっくりとではあるが、空へと舞い上がる子竜を、リョウマたちは見上げていた。


「行っちゃいましたね」

「何か言いたそうな顔をしてたわわねぇ。というかリョウマちゃんを見てなかった?」

「知らねぇし興味もねぇな」


 確かに何か言いたげな顔をしていたが、その内容をリョウマが知る由もない。

 役目を果たした竜の骨にひびが入り始める。

 肉と共にその内包する魔力を喰らった結果、ここに残っているのは残りカスだ。

 骨は粉となって空へと霧散していく。その口元がわずかに笑った気がした。


「じゃあ俺たちは行くぜ」

「またおいでなさいな」

「今度は死ぬんじゃないぞ!」

「んもう、こんな身体じゃ死にようがないわよぉ」


 カラカラと白骨を鳴らしながらアネギアスが笑う。

 リョウマとエリザはアネギアスらに見送られながら、シュニルの街を旅立つ。

 小さくなっていく街を時折振り返りながら、二人は街道を行く。


「とりあえずなんだ、その、めでたしめでたしってやつだな」

「そ、そうなんですかね……? アネギアスさんえらいことになっちゃいましたけど……性別どころか種族も超越しちゃいましたけど……」

「いいのさ。それよりお前さんの操魔術だったか、便利じゃねぇか。これからもよろしく頼むぜ。相棒」


 片腕を差し出すリョウマを見て、ぱちくりとまばたきをするエリザ。

 どうしていいかわからず彼女は、しばらく考えたあとリョウマの腕に抱きついた。


「え、えいっ!」

「……まぁ、いいか」

「?」


 本来であれば腕を組み合わせるのが流儀であるが、こんなのもアリかとリョウマは思う。

 ちぐはぐなのが冒険者だと、意外とその方がしっくりくるのだと、教えてくれたのは幼いリョウマを冒険へと駆り立てた「冒険者」だったか。


(あのひと、今頃はどうしているかねぇ)


 生きているのか死んでいるのか、大陸の果てにいるのか、それとも案外近くにいるのか。

 無論それは本人にしかわからぬであろう。


「考え事ですか? リョウマ」

「あぁ、一寸な」


 ちぐはぐな相棒を連れながら、リョウマは夜道を行く。

 彼らの道を煌々と月明かりが照らしていた。




「はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐く者が一人、辺りには死臭が立ち込めている。

 倒れ伏すのは魔物、魔獣、魔族のみならず、霊体、粘体、念体と、ありとあらゆる人外が散らばっていた。

 息の主はその中心の者。青い髪は血に濡れ混じり紫に、鮮やかな鎧も汚れまみれで見る影もない。

 手にした美しい剣を杖にして、なんとか立っている有様である。


 が、それも限界だったのか、腰を下ろし座り込んだ。


「ふー、予想以上に苦戦しちゃったな。流石は四天王の一人ってところか」


 視線の先にあるのは燃え尽きた骨。

 魔軍四天王、炎のグレイヴィアのものである。

 あたりの死体は数重は超えるだろうか。

 激しい戦いがあったのは誰の目にも明らかだった。

 それでもよく見ると、その者の身体には大きな傷はなく、殆どが返り血によるものだ。


 「おっと早く戻らないとアリシアに心配かけちゃう!」


 その者は、手にした翼の紋章を掲げた。

 すると淡い光が立ち上り、辺りは光に包まれていく。


 ――――所変わって某森某場所、そこでは一人の女性が食事の準備をしていた。

 コック帽の代わりに神官帽を、前掛けの代わりに聖堂服を身に纏った女僧侶。

 歳は若いが聖王教会きっての実力派で、あらゆる奇跡を会得している。

 本来であれば魑魅魍魎の跋扈する呪いの森も、彼女の結界により周囲に魔の気配はない。


「~♪ ~♪」


 維持するだけでも並みの僧侶数人がかりの結界にもかかわらず、彼女一人で支えてなお涼しげな顔をしていた。

 機嫌よく鼻歌を歌いながら、この場に似合わぬ豪勢な食事を作りながらも、その余裕。

 料理は本日仕事を終え、帰ってくる仲間のためのものである。


「そろそろかしら……」


 彼女が空を見上げたその時である。

 青い光の柱がまっすぐ、降りてきた。

 光の中から出てきたのは女僧侶の見知った姿――――勇者である。


「勇者!」

「ただいま、僧侶」


 抱きついて来る女僧侶を軽く受け止めながら、勇者はあたりを見渡す。


「戦士と魔法使いはまだ寝てる?」

「えぇ、ぐっすりと」


 二人の視線の先は、厳重に結界を張られたテント。

 その中には王国騎士団の中でも最強とうたわれた戦士、そして魔術学院にて主席卒業をした天才、魔法使いが眠っていた。


 彼らは魔軍四天王への道を開くため、最前線にて激しい戦闘を繰り広げたのだ。

 疲労は限界まで蓄積し、僧侶の奇跡でもすぐには治らぬ程だった。


「うーん、しょうがないね。少し休暇にしよう」

「よいのですか? 魔軍四天王の最後の一人は倒しました。後は魔王を倒すのみなのですよ? 今のうちに叩くべきでは……」

「でもみんなに無理はさせられないよ。それに僧侶も疲れてるでしょう?」

「そんな、ことは……」


 実際問題、回復と結界の奇跡を何重にも重ねて使った事で僧侶の精神力はある程度疲弊していた。

 戦え、と言われれば戦うが、出来れば休みたいのは山々である。


「しかし私たちは名もなき者……あまりゆるりと休んでいては、戦い死んでいった先代に顔向けが……」

「そーりょ!」


 ぽふんと勇者は僧侶の顔に手を当てる。

 頬をむにゅむにゅと動かし、にっこりと笑った。


「確かに、確かにボクたちは名前も捨てちゃったけどさ。それでもこれまで頑張って、皆で一生懸命生きてきたんだ。命は大事にしようよ」

「勇者……はい、そうですね!」

「ん! では一か月ほど休暇ってことで! けってーい!」

「はい!」


 ――――魔王を倒す勇者一行、彼らは目的である魔王を前にして、ひと月の休みを取ることにした。

 僧侶は疲弊した戦士と魔法使いを連れ、王都へ帰還した。

 そして勇者は――――


「ここがあの人の……」


 仰ぎ見るのは青い空、白い雲……港に飛ぶ鳥が積み荷から落ちる魚を狙う。

 港街ではよくある風景を、勇者は珍しそうに眺めていた。


 ――――港町ベルトヘルン、先代勇者の生まれ故郷である。




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