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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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閉幕、そして新たなる―――①

 リョウマはゆっくりと塔の外へと歩きだす。

 窓から階下を覗き見ると、そこにはわらわらと兵たちの姿が。

 騒ぎを駆けつけて来たのだろう。

 それなりに大きな立ち回りだったからな。


「いたぞ! 窓から人影が見える!」

「賊か!?」「とにかく捕らえろ!」


 だが兵たちはがなり立てるだけで、ここまでは登っては来れそうにない。

 浮石が起動しないからだ。逃げる時間は十分にある。


「さて、帰るとするかね」


 悠々とした動きでリョウマは屋根の上へ登って行く。

 そして煙玉を空高く放り投げた。

 ボボン、と白煙が空を流れる。


 それにしても疲れた。

 10人以上斬り倒したのだ。

 手練れの者も多かった。

 見れば自身の身体も傷だらけである。

 それでもリョウマは、満足感に包まれていた。

 

「仇は討ったぜ――――アネさんよ」


 ぽつりと呟くと、リョウマは目を閉じる。

 夜空が少し、眩しかった。

 

 しばし待っていると、巨鳥が飛んで来た。

 鳥の姿を模してはいるが、それは木の葉と枝をつなぎ合わせたもの。

 エリザが操魔術にて作り出したものである。


 リョウマはその足の部分を掴むと、屋根を蹴った。

 ぐん、と巨鳥は上昇し、風に乗って夜空を飛ぶ。


「逃げるぞ! 追え!」

「くそ! 早い!」「馬を出せ!」

「しかし、この夜闇では……」


 松明をかざしてみても空を逃げる賊の姿は見えず。

 せめて月の光があれば違うのだろうが、今夜の空はリョウマの味方であった。


 リョウマが見下ろすと、ポツポツと見えていた松明の火が追ってくるのが見える。

 しかしそれもひとつ減りふたつ減り、最後まで追ってくるものはいなくなっていた。


 砦から数里離れた小高い丘の上にて、リョウマは巨鳥から飛び降りた。

 岩陰から飛び出してきたエリザがそれを迎える。


「お疲れ様でした。リョウマ」

「おう、助かったぜ」


 そう言ってリョウマはぐりぐりとエリザの頭を撫でる。

 念願の待ち人にそうされ、エリザは思わず顔を赤く染めた。


「ん……むぅ……やめてくださいリョウマ……」

「なんだ? 真っ赤だぞお前。もしかして、心配して泣いてたのか?」

「べ、べつにっ! 泣いてるわけないでしょう!」


 ぷいとそっぽを向くエリザ。

 リョウマはやはり女子供の考えることはわからぬと首を傾げるのだった。




 ――――それから数日が経った。

 シュナイゼルを殺したことで付近の街は大わらわだったらしい。

 らしいというのは、リョウマはシュニルの街にて修復作業をしていたからだ。


「ふぃ、少し休憩と行こうか」

「そうですね」


 街の復興は正直ほとんど進んでいなかったが、それでもハチェの連れて逃げた子供たちが住む場所くらいは何とかだ。

 今は子供たちが走り回っていた。

 辛い過去も陰惨な出来事も、子供たちの遊びたい気持ちを止められはしない。

 それを見るハチェの目は、依然より大分ましになっていた。


「あそぼーよーハーチェー!」

「もう、吞気だなぁ」


 彼女も子供たちと同じように笑っていた。

 全てを忘れたように――――無論、彼女がそれを忘れるはずはないが。


 復興後最初の建物がアネギアスの墓の横に建てられたのは、彼女の強い希望であった。

 子供たちと遊ぶハチェを、リョウマらは遠巻きに眺めていた。


「……そろそろ行くかい」

「そう、ですね」


 騒ぎが収まるまで身を隠すついで、であったがこれ以上留まる理由もない。

 街を出るリョウマだったが、エリザがついてこない。

 どうやら何か、思いついたようだ。


「リョウマ、ひとつ試したいことがあるのですが……」

「なんでェ?」

「はい、実は」


 エリザは背を伸ばし、リョウマの耳元で囁く。

 その言葉に驚いていたリョウマだったが、やがて腹を決めたのか真面目な顔で頷いた。


「……なるほどな。しかしハチェは納得するかな?」

「断るなら無理強いはしませんよ」

「いいだろう。聞いてみるとしよう」

「わかりました……ハチェさーん!」

「ほえーい? どうかしたー!」


 駆け寄ってきたハチェに、エリザは神妙な様子で語り始める。


「――――アネギアスさんを蘇らせる方法があります」


 エリザの言葉を聞いて、きょとんとするハチェ。

 それはそうだ。一度死んだ者が生き返るはずがない。

 あるとすれば魔物に操られ不死者となって、とかそんなオチである。

 子供でも知っている事。ハチェも当然それは知って――――

 気づいたハチェに、エリザは言葉を続けた。


「……そうです。不死者として、ですが」

「それは――――」


 流石に、言いかけたハチェの動きが止まる。

 死者を蘇らせるのは言うまでもなく禁忌。

 その恐ろしさにハチェの手は震えていた。


「いかがいたしますか」

「…………」


 当然無言。

 死者を蘇らせるなど、本来であれば口に出すことすらはばかられる行為だ。

 だが、しかし、それでも――――


「……欲しい」


 ハチェは言った。


「アネさんに……生き返ってほしいっす……!」


 エゴでも、何でも、それがハチェの心の底からの想いだった。

 ぽろぽろととめどなく溢れる涙。

 エリザはそれ以上何も聞かなかった。

 リョウマとてそれは同じである。

 無粋な真似は彼が最も嫌う行為の一つだ。


「では、いきます」


 その夜、アネギアスの墓前にて儀式が始まる。

 エリザが手を広げると、辺りから瘴気ともいうべき魔の気が漂ってきた。

 生者にはやや強い気、リョウマはともかくハチェは口元を覆い隠し、身体をこわばらせている。


「――――、――――、――――、――――」


 瘴気はエリザの前に集まると、球体を形作り始める。

 禍々しいまでの黒い球体を、アネギアスの墓に沈めた。

 しばらくすると何か音がし始めた。


 がたん、と音がして墓石が浮き上がる。

 そこから伸びたのは一本の細い腕。

 というか白骨である。細いというのは腕として、という意味で骨としては異常な部類であった。

 土をかき分け出てきたのは、巨体の骨漢スケルトン


「あ、あーあー、んー? なんか変ねぇ?」

「アネ……さん……?」

「あらハチェ、どうしたのこんなところで」


 からんと首を傾げるアネギアス(骨)眼窩の底で怪しい光が燃えていた。

 アネギアスはエリザの操魔術により、スケルトンとして転生したのだ。


「あら、あらあらあらどうしたのよ。みんなまで。変な者でも見ているような顔をして」

「いやまぁ、変なものを見ているわけなんだが」

「?」


 首を傾げるアネギアスの首がからんと鳴った。


「なるほどねぇ。やっぱり私、死んじゃったのねぇ」

「あぁ、残念ながらな」


 全てを聞いたアネギアスだったが、それでも動じる様子はない。


「あはは♪ 男女を乗り越えた私にとっては魔物化くらいわけないわよ。どんな姿になっても私は私、だからね」

「違いねェ」


 がはははと豪快に笑う二人を見て、ハチェとエリザは顔を見合わせる。


「これでよかったんですか……ねぇ」

「えぇ! よかったです! はい!」


 ハチェはそれでも満面の笑みであった。

 姿はどうあれ、アネギアスが帰ってきたのだ。


「アネさーん、あそんであそんでー!」

「ちょうかっけー!なにそれなにそれ!」

「わーい! だっこしてー!」


 子供たちにも大人気なようだ。

 亜人揃いの街では骨人間すら「かっこいい」対象らしい。


「でも昼は出歩かないでくださいね。不死化アンデッドした肉体は日の光に弱いですから。一発で消滅してしまいます」

「あらあら、大変ねぇそれは。日焼け対策しなきゃだわ」


 全然大変そうではない様子でアネギアスは言う。

 自由なこの街らしいとリョウマは思った。


「それよりリョウマちゃん。私の仇、討ってくれたんだって?ありがと~~~~っ!!」

「おわっ、いてぇ抱き着くな。壊れるぞお前」

「ンふふ~壊れるほどに愛してるわん♪」

「勘弁してくれよ……」


 彼らの、彼女らの、そんな様子にリョウマは苦笑を浮かべる。

 異形の集う街、シュニル。

 主たるアネギアスさえも異形と化し、なおも健在であった――――


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