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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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腐れ領主と冒険者③

 ――――対峙する近衛兵とリョウマ。

 その間に一陣の風が、吹いた。


「おおおおおおおおお!!!」


 突進して来る近衛兵たちを前に、リョウマは凩を大きく構える。

 そして走りざま、振り抜く「つむじ風」、否、風の刃は紅い焔を纏っていた。

 紅爪王を吸収した事による、焔える風刃。

 風が炎を乗せ、走る。


「が……ッ!?」

「ぎゃあああああああッ!!」


 狭い通路に燃え広がる炎は重装備の近衛兵を焼いていく。

 肉の焦げる臭い、男たちの悲鳴が辺りに響き渡る。

 リョウマはその技を「野火」と名付けた。


(……ッ! この技、思ったよりも疲れるな……!)


 つむじ風と比べると精神力の減り方は顕著である。

 恐らくは通常のスキルではなく武器の特性を混ぜた特殊な使い方であるからか。


 これ以上は使えないと悟ったリョウマは、そのまま炎の中へと飛び込む。

 足並み揃わぬ彼らが気づいたのは、先頭の一人がリョウマに首筋を貫かれた後だった。


「一つ」


 降り注ぐ鮮血を編笠で受けながらリョウマは呟く。

 その隣にいた男の顔は、鮮血で朱色に染まっていた。

 男は今、首から鮮血を吹き出す男と親友だった。

 共に騎士団で成り上がり、シュナイゼルを守ろうと誓い合った仲である。

 どちらかが死んだら、残った方がその仇を取る、とも。


「あああああああああああ!!」


 誓いを胸に、男はリョウマに斬りかかる。

 巨大な両手剣による、振り下ろし。

 刀身は凩の三倍以上、厚みはその数倍はあるだろうか。

 死の気配を色濃く纏った一撃。


 が、それはリョウマの編み笠を軽く裂いたのみである。

 裂け目から見たリョウマの目が、二つに割れる。

 ――――返す斬撃が彼の頭を、その眼球ごと絶ち切っていたのだ。


「二つ」


 冷たく言い放つリョウマ。

 その間にもリョウマは次の獲物に狙いを定めていた。

 後方にて弓を構える男が一人。


 男は弓の名手であった。

 幼い頃から鍛錬を積み、ようやく夢だった騎士団への入団を果たしたのだ。

 それでも近衛兵ここまで上がってくるには尋常ではない努力を強いられた。


 ただの修行、鍛錬、であれば彼に文句はなかった。

 だが必要だったのは騎士団での立ち回り。

 農村出身だった彼は先輩の為に茶を汲み、食事を作り、長い下積みを経てようやく評価の対象に上がったのである。(しかもそれすら、実力主義であるゴリアテが偶然見つけたからこそだ)


 そうして近衛となった彼だが、当然仲間たちに疎まれた。

 農民の出だと馬鹿にしていた者がエリート揃いである近衛になど、許せるはずがない。

 妬まれ、脅され、近衛となっても彼は精神が休まることはなかった。


(だが、ここで賊を倒せば……!)


 実力を認めてもらえる!

 兵でごった返す狭い通路からでも、自分の腕ならば狙える。

 確信した彼は引き絞った弓を解き放つ。


 一直線に伸びる矢はリョウマの額、その中心に突き刺さるはずだった。

 しかし当たったのは隣の男。

 鍛錬不足か気負いすぎか、ともあれ男は本来の技量を発揮することが出来なかった。

 それは彼の命運が尽きた事を示していた。


 愕然とする男の首が飛ぶ。

「つむじ風」、死線を潜り続けてきたリョウマの技量が男を上回った。


「四つ」


 近衛兵の数はすでに半数を切っていた。

 あっという間の惨殺劇に、斬りかかろうとしていた近衛兵たちは二の足を踏む。


「何をしている! こういう時のために待機させているのだろうが! 行け! 殺せ!」


 そこへ飛ぶシュナイゼルの罵声にハッとなったのか、近衛兵の一人が雄叫びを上げた。


「おおおおおおおおお! 行くぞ!」

「おうっ!」「敵はたったの一人だ!」


 持ち直した近衛兵たちが一斉に斬りかかってくる。

 応じるリョウマだが敵もさるもの。

 徐々に追い込まれ、前後を囲まれてしまった。

 前に二人、後ろに一人。

 左右は無論、石の壁。


 ただでさえ満足に剣の振るえぬこの狭さ。

 応戦するも、前方にかまえば無防備な後方から攻められ、振り向けばまた前方から攻められる。

 自由に戦えず、リョウマはじりじりと追い詰められていく。


「は、はははっ! 雑魚が! 調子に乗るのもここまでのようだな! 者ども! 奴を倒せば褒美は思うがままだぞ!」


 主の命を受け、近衛兵たちも色めき立つ。

 得物を前に舌なめずり……とはいえ近衛兵たちの士気が上がったのを見てリョウマは舌を打つ。

 この状況、少々しんどい。

 だがそれでもやらねばならない。

 アネギアスの――――シュニルの街の人々の仇は必ず討つ。


(まだ、手詰まりではない……!)


 アイテムボックスから取り出した球体を地面に投げつける。

 と、白い煙が広がり廊下を覆い尽くした。

 ――――煙玉。

 常日頃から一人で戦うリョウマは囲まれることを想定していた。

 これはその手段の一つ、こんな事もあろうかと自作し携帯していたのだ。


 姿を見せたリョウマに戸惑った男の足元に閃く切っ先。

 下段を狙った斬撃は男の両足を切断した。

 よろめき倒れる男の首に突き立つ凩。


「五つ」


 引き抜いた凩を、リョウマは正眼に構える。

 後ろを塞いでいた男は死んだことで、挟み撃ちの形は崩れた。

 ニ対一、とはいえリョウマの腕が勝っているのは、明白である。


 煙が晴れ、視界が回復するその一瞬にて、リョウマは斬り込んでいた。

 ×の字に、放たれた剣閃が二人の男の首筋を通り抜けた。

 血煙に手辺りは赤く染まっていく。


「七つ……と」


 崩れ落ちる近衛兵を足蹴に、リョウマは歩を進める。

 その先にいるのは当然-―――シュナイゼルだ。


「ひいっ!? よ、寄るなっ!?」


 無論、戯言に耳を貸すリョウマではない。

 払った凩が床に彩る血の軌跡。

 あまりにも鮮やかなそれに、シュナイゼルは震えた。


「た、助けてくれ! 命だけは! この通りだ!」

「命乞い、ね……だがアネギアスのそれにも応じなかったんだろ?」

「馬鹿な!? あんな人外共の言葉なぞ信じられるものか! 奴らは平気で嘘を吐き、騙すような輩だぞ!? 信じたとて背中からバッサリやられるのが関の山だ!」

「アネギアスはそんな漢じゃあ、ねェ」


 鋭く冷たいリョウマの言葉に、シュナイゼルは息を飲んだ。

 腰が抜けたのか石床にへたり込み涙を流している。

 圧倒的な恐怖がシュナイゼルを支配していた。


「……だが、あんたも将だ。街を焼いたのも何らかの事情があったんだろ?」

「そ、そうだ!やりたくてやったわけがないじゃあないか! だから許してくれ! 頼む!」


 頭を地面に擦り付け、必死に詫びるその姿にリョウマは哀れみを覚えていた。

 確かに人の上に立つものであれば、何らかの事情があって動いたのだろうと。

 許してもいいか、と。


「わかった。許そう」

「本当か!?」

「あぁ」

「……ぁ、ありがとう……ありがとう……ッ!」


 涙ながらに頭を下げるシュナイゼル。

 しかしその腹のうちでは、リョウマを「馬鹿め」と嗤っていた。


(カスが! この私をコケにした代償……必ず支払ってもらうぞ!)


 とりあえず付近に指名手配を出し、絶対に捕まえる。

 冒険者ギルドを探せばすぐに見つかる。

 なにせこいつもプレートを下げている冒険者だ。


 そうしたら私自ら嬲り殺してくれる。

 これ程の屈辱、ただ殺しただけでは飽き足らぬ。

 一枚ずつ爪を剥ぎ、指を落とし、四肢を落とし……「殺してくれ」と泣き叫んでも、許さぬ!


 地面に顔を伏せながらも下卑た思考をまき散らすシュナイゼル。

 その目の前に何かが投げ落された。

 リョウマの取り出した、一本の小刀である。

 シュナイゼルは小刀とリョウマを交互に見比べた。


「あ、あの、これは……?」

「それで腹を切れ。介錯してやる」

「腹……カイシャク……? い、一体何を言って……許してくれるのでしょう?」

「許すさ。だが将たるもの、責任は取らなきゃなるめェよ。だからほれ、それで腹切って責任取るのさ。それで許してやる」

「は……?」


 シュナイゼルの脳内を、「何故」だとか「理解不能」だとか「不条理」だとか、そんな言葉がぐるぐると回る。

 だがすがるようにリョウマを見ても、彼自身それを当然とでも思っているような顔である。

 何かを試しているわけでもなく、交渉事をふっかけようとしているわけでもなく、ただ、当然のように。


「い……いやだ……腹を切ったら死ぬじゃあないか! 許してくれると言ったじゃあないかッ!! 嘘つき! 外道! 人でなしッ!」


 好き勝手に吠えるシュナイゼルに、リョウマの目は冷たく、細くなっていく。

 何と往生際の悪い男か。

 野盗の頭ですら、仲間の情報を漏らすまいと自ら腹を切ったのに。

 所詮この程度の男か。リョウマはため息を吐くと、凩を軽く握り直した。


「……もういいよお前」


 リョウマの言葉と共に、閃く刃。

 シュナイゼルの視界が何回転もし、止まる。


 首元に冷たい感触。

 そしてシュナイゼルの視界には、自身の身体が映っていた。

 首のない、身体が。


「――――――――ッ!!」


 声を上げようとしても上げられず、表情だけで訴えるもそれを見ている者は誰一人としていない。

 次第にシュナイゼルの意識は失われていった。


 闇の中、シュナイゼルは尊敬する兄ゴリアテの姿を見たような気がした。

 ゴリアテはシュナイゼルを落胆したような顔で見ている。

 幼き頃から向けられていたその目、だがいつも最後にはゴリアテはシュナイゼルの頭を撫でるのだ。


「――――」

「――――」


 だが、ゴリアテはシュナイゼルを冷たく一瞥すると闇の中へと一人歩いていく。

 追おうとするシュナイゼルだが、脚を何者かに掴まれ動けない。

 振り払っても振り払っても絡みつく、人の腕。

 泥に沈むように、シュナイゼルは闇の中に消えていった。


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