腐れ領主と冒険者①
「リョウマさん、丁度いいところにいらっしゃいました」
依頼をこなし、冒険者ギルドへと戻ってきたリョウマに受付嬢が声をかける。
「何か用かい?」
「お客人です。若い女性の方ですよ」
「? ふぅん」
心当たりのないリョウマだったが、ともあれ受付嬢に奥の応接室へと通される。
「リョウマさんっ!!」
待っていたのはハチェだ。
普段の、のほほんとした様子とは全く違う、余裕のなさ。
リョウマは余程の重大さだと瞬時に悟った。
「リョウマさん! アネさんが、アネさんがやばいんです! すぐに来てください!」
「落ち着けよ。……一体何があった?」
「実は……」
ハチェは息を整えながら、ぽつぽつと語り始める。
リョウマが立ち去った後、シュナイゼルが軍を率いて街を攻めて来た事を。
そして、降伏する事も認められず、戦いになってしまった事を。
リョウマはそれを聞くにつれ、表情を厳しくしていった。
「私は子供を連れて逃げろって言われて……リョウマさん! 助けてください!」
「すぐに行く」
リョウマはそう言うと、すぐに立ち上がる。
出る時、リョウマは受付嬢と目が合った。
何の要件かと聞こうとした受付嬢だったが、それ以上言葉を発することは出来なかった。
彼の尋常ではない雰囲気に、何も言えずただ見送る。
「行くぞ」
「……どしたの? リョウマ。怖い顔して」
「アネギアスがヤバいらしい。手を貸せ」
「ち、ちょっと? 一体どうしたんですか!?」
エリザの手を掴み、足早に征く。
宿の外には既にハチェが馬車を用意していた。
「すぐに出してくれ」
「はいっ!」
「リョウマ! 説明してください! 私、話について行けてないんですけどー!?」
――――馬車で走ること数日、リョウマたちはようやくシュニルの街に辿り着いた。
ただ、彼らの到着はあまりに遅すぎた。
街は既に焼け落ち、動くのは死体を漁るカラスや虫、獣くらいだ。
リョウマらを見つけた獣たちは、一目散に逃げていく。
「そ……んな……」
崩れ落ちるハチェを尻目に、リョウマは中へと行く。
「わ、私も……!」
「……お前は来るんじゃねぇ」
ついてこようとするエリザをリョウマは制する。
――――手を貸せと言ったくせに。
言い返そうとしたエリザの頭にリョウマの手が載せられる。
「ハチェについていてやってくれ」
見ればハチェは目に涙を浮かべ、その場に立ち尽くしていた。
表情も虚ろ、誰かがついていなければということはエリザでもわかった。
だから、渋々頷く。
「わかり……ました……」
「いい子だ。手はまた貸してもらうさ」
リョウマは二人を置いて、街の中へ入っていく。
入り口付近では激しい戦いがあったのだろう。
敵味方の死体が入り乱れていた。
リョウマは仏に手を合わせ、先を急ぐ。
ひどい腐敗臭に耐えながらも進んでいくと、死体の山の真ん中に一人、立つ者がいた。
見慣れたシルエットを見つけたリョウマは思わず駆ける。
「アネギアス!」
その名を叫ぶ。
矢ぶすまにされたアネギアスは、まるで生きているかのような雄姿。
だが――――すでにその命は尽きていた。
目は見開かれ、身体中から流れていたであろう血は既に風化している。
にも拘らず、アネギアスの身体は獣に食われてはいなかった。
死して佇むアネギアスの亡骸からは、未だ覇気に近いものが感じられていた。
「……みんなを守るために戦ったんだな。こんなになってまで」
リョウマは傷だらけとなったアネギアスの背を、軽く叩く。
安心したかのように崩れ落ちるアネギアスを抱き止め、寝かせてやる。
アネギアスの身体はまるで魂が抜けたかのように、軽くなっていた。
「おつかれだったな、アネさん」
リョウマの言葉を受け、アネギアスは笑みを浮かべているようだった。
近くを飛んでいたカラスがリョウマのすぐ上を通過しようとして、ふと下を見た。
眼下には大量の餌。
その中の一つ、何故か立っていた餌を警戒し、カラスは手を出せなかったのだ。
だがそれも、ようやく倒れたようである。
一番乗りだと喜び勇み、降下しようとしたカラスだった、が――――
「……ッ!?」
カラスは即座に旋回し、飛び去った。
リョウマの発する気に当てられ、恐れ慄いたのだ。
その周囲にいた虫や、小動物たちも同様である。
まるで波が引くかのように逃げていく小さな命たち。
殺気に任せ、リョウマは呟く。
「――――仇は、取ってやるからよ」
編み笠の下で、リョウマの目が鋭く光る。
冷たい風がひゅるりと、縞の外套を揺らした。
一方、アネギアスらの討伐を終えたシュナイゼル軍は疲弊しきっていた。
ゴリアテの仇打ちという名目の戦いではあったが、殆どの兵たちにとっては無駄骨に等しい戦いだった。
兵たちの士気は地に落ち、訓練中でもぼやく者が絶えない。
あの戦いに意味はあったのか、あまりに無計画ではないか、ただの私怨ではないのか、と。
「全く、シュナイゼル様は何を考えているんだ?」
「おい、滅多なことを言うもんじゃないぞ」
「しかし、あまりに無意味ではないか! あの街を落としたとて給金が増えるわけでもなく、仲間たちは無駄に死に……我らの命はあのお方の駒ではないのだぞ」
相手は難敵だった。被害は大きく、死傷者も多数。
更に本来は守るべき民草を殺して回ったのだ。
文屋には正義なき戦いと罵られ、身内ともども肩身が狭くなった。
彼らの不満は爆発寸前。
それでモチベーションなどあるはずがなく、訓練はおろか、城の哨戒、警備に至るまで、やる気がある者など一人もいない。
それがわかっていた騎士団長も、彼らを咎めることは出来なかった。
いい機会だし、骨休めさせておこうと、シュナイゼルにもそう報告したのである。
シュナイゼルもそれを渋々受け入れざるを得なかった。
――――そして、ある月のない夜。
二つの影が城を見下ろしていた。
影は互いに頷き合うと、崖を音もなく駆け下りて行く。
影の主は言うまでもなくエリザと、リョウマである。
目指すはシュナイゼルの首一つ。
闇の中、影の――――リョウマの目がぎらりと光った。




