異形の街と騎士団③
「行くぞ者共!」
「おおおおおおおおおッ!!!!」
鬨の声を上げるシュナイゼルに命じられるまま、兵たちは突撃を開始する。
咆哮を上げ、武器を掲げ、馬を走らせ、街へと迫る。
一応、申し訳程度の外壁はあるが、下手をすると馬の突撃でも破られるレベルのものだ。
そうはさせじと弓を射るシュニル街兵団。
降り注ぐ矢は騎兵をある程度怯ませはしたが、完全に止めるには至らない。
「構えーーーーッ!!」
先頭数名が長槍を前方に向け、構える。
一か所に固まったそれはさながら破城槌。
止められぬと判断した弓兵が散った直後、槍を構えた騎兵が外壁へと直撃した。
ごごごん、と音を立て破壊される外壁。
散らばり落ちる木片、落馬する者もいる中、残った騎兵は土煙の中を駆け抜ける。
このまま突き抜け、蹂躙する。騎兵の誰もがそう思った時である。
アネギアスが彼らの前に立ち塞がった。
弓での攻撃は敵を一箇所に、アネギアスの立つ場所へと誘導する為、である。
「死にたい人だけかかってきなさいな」
ゆらり、とアネギアスの髪が赤く揺れる。
――――漢闘滅猛怒。
アネギアスの両腕が太く、隆起する。
「死ね! 化け物が!」
「あらやだ、失礼しちゃうわ……ねッ!!」
アネギアスは構えた愛斧を振りかぶり、真横に薙ぐ。
剛力無双の一撃は、空気をうねらせ風を巻き起こし、その衝撃波にて騎兵を馬ごとなぎ倒した。
散らばる鎧兜、馬から転がり落ちた者たちに、容赦なく突き立てられる剣と槍。
無論、相手とて負けてはいない。
降り注ぐ矢がシュニル街兵の肩を、腕を、頭を貫く。
倒れていく、両軍の兵たち。
辺りが血に染まっていく。
膠着状態――――そう思われた時である。
空を一つの影が通り過ぎた。
「やれやれ、仕方のないドワーフだ」
低く、響くような声と共に空が赤く染まる。
そのすぐ後、炎の嵐が巻き起こった。
影が、地上へと舞い降りる。
のそりと首をもたげたのは、竜であった。
「どれ、我も手を貸してやるとしよう」
「それはどうも、助かるわ……ッ!」
竜が炎を吐けば、矢は消し炭と化し、敵兵は鎧ごと焼き尽くされる。
炎、というのは対多数用に無類の強さを発揮する。
敵兵の動きが、止まった。
「今よ! 押し返しなさい!」
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
勢いに乗ったアネギアスたちは、シュナイゼル勢を押し戻していく。
敵にすれば厄介だが、味方にすればこれほど頼もしい者もいない。
(……しぶといな)
予想外の抵抗に、爪を噛むシュナイゼル。
雑魚どもはともかくとしても、アネギアスと竜が厄介だ。
「シュナイゼル様! あの竜、あまりに手強く苦戦を強いられております」
「そんなものわかっている!」
苛立ちながらも、シュナイゼルはふと気づく。
何故あの竜はこんな街にいるのだろうか。
恐らく何か理由がある……そしてそれは、この戦いの急所になると、シュナイゼルは感じていた。
そしてふと、思いつく。
「お前、何人か率いて家を焼いてこい」
「は……い、今でありますか!? しかし……」
「いいから行ってこいッ!」
「はッッッ!!」
慌てて敬礼を掲げ、兵は街へと駆けていく。
竜は街の中から現れた……ということはここを住処にしているという事である。
竜が街へ住み着くとは考えられないが、理由があるとすればそれは子供だ。
親竜というのは子供が動けぬ間は、絶対にその場を動かない。
予想が辺りさえすればこの戦い、楽に勝てるはず。
「ぬ――――ッ!?」
竜が顔を上げ、聞き耳を立てる。
遠くから聞こえるパチパチという火の爆ぜる音。
焦げたニオイが漂ってくる。
「どうしたの? 竜ちゃん」
「奴ら、火を放ちおった……!」
ごおう、と風が吹き、火の粉が舞い散る。
その向きは、竜の卵がある場所だった。
「まずい――――ッ!」
「あ、ちょっ……!? 待ちなさいってば!」
翼をはためかせ、竜はその場を飛び立つ。
こんなところで飛べば矢の餌食だ。止めようとしたアネギアスだが、自らも囲まれており追う事ままならない。
迫る槍を防ぎ、敵の頭を叩き潰す。
自分のところは自分でやるしかないようだ。アネギアスは覚悟を決めた。
竜の向かう先は村の端にある藁ぶき小屋である。
そこに卵を隠していたのだ。
今、その小屋は火が迫っていた。
竜はそのまま小屋の上空に来ると、叩きつける風で火を吹き飛ばした。
「竜だ! 竜が来たぞ!」
「シュナイゼル様の言ったとおりだ! あそこに竜の卵があった!」
吹き飛んだ小屋の中からは、卵がのぞいていた。
「下等なニンゲンどもが……!」
竜はその傍らに着陸すると、周りを囲む兵に向け、炎を放つ。
燃え盛る炎が兵を焼き尽くす――――かに思われたが、彼らは壁や大盾を構え、炎を防いでいた。
ならば我が爪で直々に……そうしたいのは山々であるが、降り注ぐ火矢を払うので精いっぱい。
動けば我が子がどうなるだろうか。竜は、一歩も動けずにいた。
「どんどん射ろ! 矢の雨を降らせッ! 射潰せッ!」
竜は執拗に降り注ぐ矢を振り払うが、全てとはいかず、幾つかは竜の身体に刺さっていく。
矢は掠り、鱗の隙間に刺さり、わずかではあるが竜は痛みを自覚しつつあった。
それでも竜は動けない。
卵を守るため、次第に反撃すらも諦めた竜は翼を畳み、首を下ろし、卵の上に覆いかぶさった。
そしてただ、耐える。
いつか矢が尽きる、そう信じて。
「ぐっ……! アネさん、ご武運を……!」
一方アネギアス側も苦戦を強いられていた。
一人、また一人と倒れる仲間たち。
包囲は狭まり、先頭に立つアネギアスは気づけば傷だらけになっていた。
「しつこ……いわ……ねッ!?」
ぶうん、と斧を振るうが、払いきれなかった矢が一本、肩に突き立つ。
矢は一本や二本ではない。抜くのも面倒になる程の数が、アネギアスの背に刺さっていた。
仲間を庇い、隙を突かれ、手が回らず、様々な理由によって、である。
周りの兵たちは全て力尽き、残すはアネギアスのみとなっていた。
更に、荒い息を吐くアネギアスの髪は、うっすらと茶に戻りつつある。
漢闘滅猛怒の時間切れ――――がくり、とアネギアスは膝をついた。
「いまだ! 化け物の動きが止まったぞ!」
「殺せ!」
「ッがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
それでもアネギアスは抵抗はやめない。
最後の力を振り絞り、暴れ続ける。
その気迫に敵兵は近づけずにいた。
「何を手間取っておるのだ。無能共が」
シュナイゼルの声がアネギアスの耳に、届く。
しびれを切らしたのか、それとも最後を見届けようとしたのか……ともあれ近づいてきたのだ。
アネギアスは最後の力を振り絞り、吠える。
「うぅぅぅぅぅおおおおおおおおおお!!!!」
最後の、本当に最後の一欠けらを燃やした漢闘滅猛怒。
アネギアスの命を燃やした渾身の一撃が、振り下ろされた。
―――――ずずん、と途轍もない衝撃が大地に響く。
巻き起こされた衝撃波の嵐で兵は吹き飛び、大地は割れ、その中に何人もの兵が吸い込まれていった。
凄まじいまでの破壊の跡、残った兵たちは息を飲む。
「……………ッ!」
そしてそれはシュナイゼルも同じく。
渾身の一撃は目当てのシュナイゼルには僅かに外れていた。
まともに食らっていれば確実に命はない……そう確信出来る一撃だった。
あまりの威力には唖然としていたシュナイゼルだったが、ゆらめくアネギアスを見てハッと我に返る。
「な、何をしている!早く! 早くアネギアスを殺せ!」
シュナイゼルの号令で兵たちも武器を構え直す。
じりじりと、包囲の輪を狭めていく中、兵たちの動きが止まる。
だがアネギアスに動きはない。
不可思議に思った一人が近づいてみるが、それでも動かない。
それもそのはずである。
アネギアスの命は既に、尽きていた。
最後の一撃は、文字通り彼の命を燃やし尽くしていた。




