異形の街と騎士団②
「久しぶりの我が家、ってか」
港町ベルトヘルンへ帰還したリョウマはまっすぐに宿へと戻った。
ベッドへと荷物を投げ出し、一息をつく。
「お疲れ様です、リョウマ」
「お前さんもな。ちびっこ」
リョウマがベッドに腰を下ろすと、その隣にエリザがちょこんと座った。
しばし、くつろいでいると廊下からどたどたと足音が聞こえてくる。
「わわっ!?」
エリザは慌ててベッドにもぐりこみ、息をひそめた。
がらりと扉を開け、入ってきたのは宿の主人、グルドだ。
「おう、帰ってきおったか。カタナの件はどうじゃった?」
「ばっちりよ。助かったぜ、ご主人」
「お安い御用よ。……ところで完成品、見てもいいかい?」
「どうぞ」
リョウマは凩を抜き、手渡した。
グルドはじっくりねっとり、嘗め回すようにして手にした凩を眺める。
「ほほほ~う、凄いのこれは。流石アネさんじゃ」
「まぁ確かに、凄い人ではあったぜ……ある意味」
「はっはー! じゃろうが?」
豪快に笑うグルドにリョウマは苦笑を返す。
確かに、アネギアスはイロモノではあるが尊敬の出来る漢だった。
あぁいう漢は、中々いないだろう。
リョウマはなんだかんだ言ってアネギアスの事を認めていた。
「そう言えばお前さん、ギルドには顔を出したのかい? 受付嬢さんがアンタの事、聞きに来てたぞい」
「何か用があったかね?」
「今はいないと言ったらさっさと帰ったがの。急ぎの用じゃなかろうが」
「なるほど。まぁ後で行ってみるさ」
グルドがいなくなると、リョウマは大きなあくびをする。
とりあえず本日は疲れてしまったリョウマが睡眠をとるべく布団をめくると、エリザがそのまま眠っていた。
どうやらこちらも疲れていたようである。
ちびっこをベッドから追い出すわけにもいかず、リョウマはその場でごろりと横になるのだった。
――――翌日、リョウマは一人ギルドを訪れる。
エリザは当然置いてきた。
扉を開くと、いきなり槍使いドレントと目が合う。
「おう、異国の。久方ぶりじゃあねぇか!」
「そうだな。槍使い」
「それより……っへへ、これ見ろよ」
ドレントが見せてきたのは金色に輝くプレート。
どうやらまた、ランクが上がったようである。
「辺境で暴れてた不死王を倒したんだよ。中々強かったが、まぁ俺の相手じゃあねぇ」
自慢げに話すドレントの後ろ頭を、横にいた男が小突いた。
「おうこらドレント。俺たち、だろうがよ」
「いでっ! ……ちょっと言い間違えただけだろうがよ」
「いーや、今のは確信的だったね。もしかして普段は俺らがいないのをいいことに、一人でやった、みてぇに吹聴したんじゃねぇのか?」
「うっ……」
周りの白い視線に耐え切れず、声を漏らすドレント。
よくここで高難度クエストを達成して自慢しているが、どうやら仲間と一緒にやった結果のようである。
「じゃあ次は俺一人でやってやらぁ! 見てろよお前ら!」
「あー、頑張れー」
「ちくしょー!」
そう言うとドレントは、ギルドを飛び出していった。
一体なんだったのだろうか。
リョウマにわかろうはずもない。
「あら、リョウマさん」
それとすれ違うように、入ってきたのは受付嬢だ。
受付嬢はいつもの無表情でリョウマを見ると、スタスタと近づいてくる。
「よう、訪ねてきてくれたらしいじゃねぇか。何か用があったのかい?」
「別に。近くを寄ったから挨拶に伺っただけですので。妙な勘違いはしないでいただきたいですね」
そう言うと受付嬢は、逃げるように奥へと歩いていった。
別に咎めても勘違いもしてないのだが……やはりよくわからぬ女だと、リョウマは思った。
「あぁそうだ。こちらを渡しておきますね」
また、奥から出てきた受付嬢がリョウマに渡してきたのは、新しいプレートである。
銅の次、赤銅色に輝く冒険者プレート。
「ランクアップ、おめでとうございます」
「ありがたい」
受付嬢から受け取ると、首元にそれを付ける。
色が変わっただけではあるが、どこか誇らしい気持ちになった。
「これからも励んで下さい」
「おう、そうさせて貰うぜ」
「折角だし依頼を受けて行きますか? こちらなんかおすすめですが」
「どれどれ」
額を付き合わせて話し始めるリョウマと受付嬢。
距離の近さに周りの者たちが嫉妬の視線を送るが、二人とも知った事ではないと言った様子である……というか、そもそも気づいてないのであった。
「さて、これは一体どういう事なのか、説明してくれるのよね? シュナちゃん」
一方その頃、シュニルの街は、兵に囲まれていた。
その中から進み出たシュナイゼルに応じるアネギアス。
この状況下に関わらず、動じないアネギアスにシュナイゼルは苛ついていた。
「そのようなもの、必要ないッ! 貴様らの狼藉、もはや見逃せぬというだけのこと!」
「あーらら、何をそんなにお冠なのかしら……」
「貴様の胸に聞いてみろッッ!」
キョトンとした顔のアネギアスは、自分の胸を掴み、揉みしだく。
「ねぇアナタ、わかるかしら?」
「ふ、ふざけおって……もういいッ!」
踵を返し去っていくシュナイゼルを見送りながら、アネギアスは嫌な予感が的中してしまった事に嘆息を吐く。
あの野盗の頭、どうやらただの腕利きではないようだ。
恐らく要人……シュナイゼルの兄がかなりの切れ者だと噂に聞いたことがあるが、まさかなとアネギアスは思った。
「アネさん! どうするつもりなんですか!?」
街内へ帰ってきたアネギアスをハチェが出迎える。
その後ろには大人数の亜人、半魔たち。
武器を手にした彼らの、表情は険しい。
「どうもこうも……やるしかなさそうねぇ」
「まじ……すか……」
ハチェはがっくりと肩を落とす。
彼我の戦力差は一目瞭然、勝てる勝負ではないのだ。
無論、アネギアスもそれをわかっていた。
ハチェの肩を掴み、真っ直ぐに目を見る。
「ハチェ、子供たちを連れて逃げなさい」
「そんな……無理っすよ!これだけ囲まれているんですよ!?」
「ウチに隠し通路があるでしょ? あそこからなら逃げられるわ。今回はうっかりしてはダメよ」
「で、でも……」
「いいから」
そう言ってアネギアスはハチェの頭をグリグリと撫でる。
優しく、そして暖かい、目。
ハチェは言葉を失うしかない。
不意にどん、と突き飛ばされ、蹌踉めくハチェにアネギアスは言った。
「行きなさい」
「アネさ――――」
言いかけたハチェの唇をアネギアスの指が塞ぐ。
ぱちんとウインクを一つするアネギアスに、ハチェはそれ以上何も言えなかった。
踵を返し、街の方へと駆けていく。
子供を連れ、逃げるために。
アネギアスはハチェを見送ったあと、皆の方を向いた。
皆、怯える様子はない。
その理由の一つは彼らを覆う、大きな影である。
「やはり戦うことになるのか? アネギアスよ」
「みたいねぇ」
見上げたアネギアスの目に映るのは、数日前に戦った竜である。
竜は卵を守るため、ここに住み着いているのだ。
最初は早く帰ってほしかったが、ここに来ると頼れる仲間である。
竜の戦闘力は言わずもがな。彼らはその戦いぶりを見ていたのだ。
いけるかも……そう皆が思うのも無理はない。
「――――さぁて、それじゃあ不本意だけどやってみる?」
「おうさ!」「あんなへなちょこ共、蹴散らしてやろうぜ!」「おおーーーーっ!!」
幸か不幸か、全員の士気は高い。
まともにやりあえば勝てるはずのない戦い……にもかかわらずだ。
このまま本気でやり合えば、数多くの死傷者が出てしまうだろう。
「全く、どうしたものかしらね」
愛斧、羅武覇亜喧を担ぎながら、アネギアスはため息を吐くのだった。




