冒険者と竜③
「ちっ!」
舌打ちをするとゴリアテは、方向を転換し森を目指した。
このまま城へ帰れば全ての目論見が露呈してしまう。
最低でも、こいつらは巻かねばならない。
「森に入れば姿も隠れるしニオイも消せる。暫く潜伏してやり過ごす……!」
レンジャー経験のあるゴリアテは、一ヶ月でも二ヶ月でも潜伏出来る自信があった。
しかしそれも森に入りさえすれば、である。
竜の飛翔速度は想定よりずっと疾く、既にゴリアテの頭上辺りまで来ていた。
「シャアアアアアアアア!!」
真上で聞こえる金切り声に、思わず耳を塞ぐ。
怯み、よたつく馬をなんとか立て直させ、ゴリアテは何とか森へと突っ込む。
追っては来ない。
流石に森までは降りて来られないようだ。
安堵の息を吐くゴリアテだが、ふと嫌なニオイに気付く。
「焦げ臭い……まさか!」
鍵の隙間からチラチラと、赤い帯が流れて見える。
竜が炎を吹いているのだ。
森ごと、燻し焼くために。
(マズイな、このままでは……)
さしものゴリアテも、焦りを覚える。
あの機動力、逃げ場を残すとは考えにくい。
火が消えるまでやり過ごすしかないだろう。
とはいえどこで……辺りを見渡すゴリアテの目に映ったのは、ゴブリンの群れである。
「ギャイ! ギャイ!」「ギー!ギー!」
大騒ぎしながら逃げ惑うゴブリンたちを見て、ゴリアテは思いつく。
そして馬をゴブリンたちの逃げて来た方へ向け、走らせた。
「……思った通りだ」
見つけたのは小さな穴ぐら。
予想通りゴブリンの巣である。
ゴリアテは少し離れた場所に馬を留め、中へと滑り込んだ。
ゴブリンの巣は蟻の巣状に広がっており、たとえ山火事が起きても底の方へ煙が来る事はない。
ここならば竜もやりすごせるだろう。
とはいえここにも火が来るかもしれない。
ゴリアテは穴を、底へ、底へと降りて行く。
しばらく降りた辺りで、何か巨大な影を見つけた。
「ゴルルルル……」
「ふん、やはりいたか」
――――ホブゴブリン。ゴブリンの上位種である。
7尺はあろうかという巨体、明らかに太い腕、脚。
ホブゴブリンは穴の奥へ逃げてきた仲間たちを追い出し、自分一人が穴の奥へと残ったのだ。
無論、そこへ侵入してきたゴリアテも同じように排除する――――
――――つもりであった。
ゴリアテへ叩きつけた拳は歪に曲がり、捻じれていた。
何が起きたかわからぬといった顔のホブゴブリンの首に、剣が突き入れられる。
吹き出す鮮血よりも赤い刃、禍々しく装飾された剣の名は、魔剣紅爪王。
以前、領主が貢物として貰ったものを使っているのだ。
特に気に入っているのが、これだ。
ゴリアテが紅爪王を引き抜くと、ゴリゴリガリゴリ、と音が鳴る。
凹凸の付いた刃が、被害者の肉と骨を砕く音。
まるで骨を弾くような音色にゴリアテはうっとりと目を細めた。
この音色、骨を砕く感触、命を一方的に蹂躙する愉悦。
ゴリアテは思わず笑みを浮かべる。
「いやぁ、趣味の悪いこって」
ゴリアテの背後から響く声――――その主は異国風の男、リョウマである。
こつ、こつと石を踏む音が、ゴリアテの奏でる音と混ざり奇妙な親和を表していた。
ぎょり、と紅爪王を一気に引き抜くとゴリアテはリョウマの方を向き直る。
ホブゴブリンの死体が時折びくんと震えていた。
「……どうやってここを見つけた?」
「教えてやる義理はねぇ。と言いたいところだが冥途の土産に教えてやろう。足跡を追ったのさ」
無論、あの炎の中を追跡できるはずがない。
リョウマは竜に命じ、大風で炎を吹き飛ばしたのだ。
吹き飛んだのは炎だけでなく、燃えた木やら何やら、丸ごとである。
更地となった森の跡地は、くっきりとゴリアテの足跡を残していた……というわけだ。
「さて、それじゃあ講釈も終わったし……死ぬかい?」
「く……ふふっ、はははははっ! なるほど大したものだ。私の部下に欲しいくらいだよ」
ゴリアテはひとしきり笑うと、紅爪王をゆらりと構える。
「……だが詰めが甘いな。一人で来るとは。せめてアネギアスを連れて来るべきではなかったのかね?」
「そうでもねぇさ」
リョウマも応じるように、凩を抜く。
一触即発、冷たい空気が辺りに流れる。
「俺一人で十分だ」
「戯言を……!」
二人の視線が交わる。
瞬間、その姿が消えたかのように見えた。
リョウマが地を蹴り、ゴリアテの懐へと潜り込むべく駆ける。
そうはさせじと紅爪王を振るうゴリアテ。
凩で受けるか? そう考えたリョウマだったが、嫌な予感に刃を傾け、咄嗟に外した。
(ほう、いいカンをしている……)
紅爪王の凹凸刃は、見た目に反して鋭く、硬い。
相手の刃を絡ませるようにして受ければ、簡単にへし折る事が出来るのだ。
受け流し体勢を崩したリョウマに、紅爪王の刃が振り下ろされた。
身を捩り直撃を躱したリョウマだったが、刃が腕に擦り、爪で引っ掻かれたような傷が数本、生まれる。
そこから垂れる血の筋が地面に浅く緋色を刻む。
これぞ紅爪王の由来。
その特異な刃にて刻まれた傷は爪痕の如く、残る。
深く通れば体内からズタズタに引き裂き、その命を奪う。
その意図に気付いたリョウマは、緋色の刃を避ける他ない。
「ふっ! はははははっ! いつまで躱せるか、見ものだなッ!?」
「……」
躱し続けるリョウマだが、そのたび傷跡が増えていく。
一旦、後ろに下がったリョウマは頬から流れる血をぬぐった。
「くくく、我が盟友の仇だ。楽には殺してやらんぞッ!」
その言葉に、リョウマが反応した。
「盟友? あの黒鎧の事か?」
「……だったらどうした」
「あの鎧、領主の引き連れていた兵のと作りが似てたが……やっぱりそう言う事なのかい?」
「!」
馬鹿な、バレるはずがない。
確かに我が軍の旧式鎧ではあるが、紋章も消しているし似たようなデザインはある。
はったりだ、間違いない。
ゴリアテの脳内を思考が巡るその一瞬を、リョウマは見逃さなかった。
一歩、深く踏み込んだリョウマは凩を振り下ろす。
ギリギリのところで身体を引くゴリアテだったが、そこまで想定していたリョウマが放ったのは「つむじ風」。
風の刃はざっくりと、ゴリアテの右腕を斬り落としていた。
「あ、ああああああああーーーっ!? きさっ、貴様ーーーっ!!」
落された右腕を抱え上げるゴリアテ。
切断面を合わせようとするが、当然合うわけはない。
血溜まりが、広がっていく。
「やっぱりお前、おかしいと思ったんだよな……あの領主と関係あるのかい?」
ゆっくり、一歩ずつ歩み寄るリョウマの目は、口調は冷たい。
拷問をするつもりだろう。
容赦などは期待するなよと、その目は言っていた。
この失血、失った右腕、ゴリアテがリョウマに勝てる道理はなかった。
「……ッ!」
自分とシュナイゼルの関係は絶対に、絶対に知られるわけにはいかない。
その為にはこれしかない。
決意したゴリアテは、手にした紅爪王を自分の腹へと突き立てる。
刃をねじ込むと、口から血がドボドボと零れる。
ゴリアテはリョウマを見上げ、にやりと笑った。
口を割る前に自ら死を選んだのだ。
その覚悟にリョウマは思わず口笛を吹く。
「……見事」
リョウマはそう言って、ゴリアテに介錯を下すのだった。




