冒険者と竜②
竜という魔物は、決して気軽に戦える存在ではない。
竜殺しというのは入念に準備を重ね、熟練の戦士を揃えて挑む、一大クエストだ。
炎を大盾で防ぎ、魔法で身体能力を上げ、竜の皮膚を裂くためだけに鍛えられた専用武器で急所を何度も斬る。
最低それだけ、時には十人以上の精鋭でも全滅しかねない魔物なのだ。
竜自身、それは知っていた。
ニンゲンを相手取ったことは何度もある。
一番最初は村人数十人。
住処を追われ、やむなく戦った。
次は冒険者数人。
寝込みを襲われながらも、何とか撃退した。
次は王国の騎士数十人。
手柄の為にと襲ってきた若い騎士を、何人も焼き殺した。
(そんな我に、ニンゲン一匹ごときが……!?)
この変わった格好のニンゲンの動き……普通ではない。
単純な身体能力もさることながら、行動理念がわからない。
炎を吐こうとすれば普通、逃げるか防ぐかするものだが、こいつは違う。
それよりも疾く突っ込んできて、出始めを潰そうとするのだ。
こんな戦い方、無茶苦茶だ。
もし間に合わなかったら、もろに炎を浴びて骨も残らぬだろう。
それが怖くないのだろうか。
剣によるダメージは受けない。
だが、竜はリョウマを不気味に思っていた。
「どっせええええええええええええええいッッ!!!!」
がづん、と鈍い音がして竜の小指に痛みが走る。
アネギアスの愛斧――――羅武覇亜喧は鋼鉄を何枚も重ねて鍛えた業物で、彼(?)の頼れる相棒である。
硬い皮を持つ亜竜や、紅殻蛇程度なら、切り裂くことも可能。
「ぐぅッ!?」
痛烈な痛みに竜の動きが一瞬、止まった。
そこ目掛け、連斬。
だが竜の皮膚はあまりに硬く、ダメージを受けている様子はない。
「ちっ、硬いねどうも」
皮膚の繋ぎ目を狙った斬撃ですら、内部までは届かない。
とはいえ、竜は戸惑いは更に大きくなっていた。
何せたかが一匹のニンゲン風情にここまでかき回されているのだ。
ずっと、逆だった。
自分が何かすればニンゲンは怯え、竦み、そして逃げるか狂乱して向かってくるかという存在だった。
「くそ……なぜ当たらぬ……ッ!?」
焦りは竜の攻撃を短調に、そして大振りにする。
最早手玉。
空は逃れ、ブレスを吐けばリョウマの動きを止められるだろうに、それすら頭から消えていた。
とはいえこのままではジリ貧。
竜が冷静さを取り戻せばあっという間に流れは変わってしまうだろう。
それを理解していたアネギアスは、遠巻きに見ていたエリザに声を上げる。
「エリザちゃん! コガラシを!」
「!は、はい!」
工房に置いてあるリョウマの刀、凩はほぼ打ち直されていた。
鍛え直した凩は、自身の斧に勝るとも劣らぬとアネギアスは自負していた。
エリザが操魔術を念じると、工房の凩はカタカタと震えだす。
そして、まっすぐにリョウマの元へ――――
「リョウマ!」
「でかした、ちびっこ」
飛んできた凩を、リョウマは受け取る。
握り慣れたその感触に、リョウマの口元が不気味に歪む。
指一本一本を懐かしむように馴染ませながら、強く握りしめる。
殺意と気合が入り混じり、リョウマの身体からは強烈な気が発せられた。
「……いくぜ」
「ッ……!?」
明らかに先刻と様子が変わったリョウマを見て、焦ったのは竜だ。
まさか、ニンゲン如きが、本気で我を殺すつもりだと言うのか!?
焦りのあまり自問自答する竜に向かって、リョウマは跳んだ。
構えた凩に全力を込め、一刀の元に斬り捨てると、その野蛮な目は語っていた。
そう確信を持たせる程の殺気に、竜はすっかり参ってしまった。
「ま、待て! 参った! 参ったァァァァァ!!」
キョトンと呆気にとられる三人。
リョウマは凩を持つ手を緩め、剣筋を逸らす。
空を切る音が耳元で鳴り、竜はごくりと息を飲む。
未だ殺気を切らさず、リョウマが竜をじっと睨んだ。
「なんでぇ、今更? まさか騙し打つつもりじゃあねぇよな」
「せぬせぬ、こんなところで真面目に殺し合うなど、阿保らしいわい」
参ったといった風に両手を上げると、竜は両膝を地面に下ろした。
どうやら本当にこれ以上やるつもりはないようだ。
リョウマはアネギアスと顔を見合わせると、武器を仕舞い、竜に歩み寄る。
「本当は貴様らが悪くないことはわかっていたのだがな。どうにも腹が立って……納まりが付かんかったのだ。すまんかった」
「本当だぜ、タチのわりぃ奴だ」
「本当よねぇ~」
「本当です!」
「ぐ……わ、悪かったと言っておるだろう……」
リョウマとアネギアス、エリザに苛められ、竜はその巨体をすぼめる。
とはいえ三人の怒りは尤もだ。
何せ八つ当たりで街を滅ぼされかけたのだから。
しかし開き直ってまた暴れられても困る。
アネギアスは穏便に済ませるべく、話を戻す。
「まぁいいわ。竜さん、卵を持って帰りなさいな」
「それが言いにくいのだがな……もうすぐ孵ると思うから動かせんのだ。このまま置かせてもらえないだろうか」
「え……それはちょっと……」
竜の言葉に流石のアネギアスもドン引きである。
街の中心に竜とその卵がいるなど、前代未聞にも程があった。
「まぁ、いいじゃねぇかアネギアスよ」
「ちょっとリョウマちゃん。無責任なことを……」
「そのかわし、ちょっと協力してもらって事で」
リョウマは何か思いついたように、楽しげに笑うのだった。
その頃、ゴリアテは馬を走らせていた。
夜が明け、追跡されていないのを確認したのち、城を目指す。
「はぁ、はぁ、くそ! すまんガッデス……!」
全身鎧の男、ガッデスは近衛兵の一人だった。
どうしてもゴリアテを守りたいと言って、半ば無理やりついてきたのだ。
バレたらどうすると脅しても、顔を隠せば平気だと笑っていた。
そんないい漢を、死なせてしまった……!
歯噛みしながらもゴリアテは、勝利を確信していた。
卵を奪われ怒り狂った竜は、街で暴れ回るだろう。
出来れば無傷でいただきたいところだったが……やむをえまい。
「はて、そろそろ煙の一つも上がっている頃合いだが……」
街のあった方を見るが、どうも様子がおかしい。
何事もなさすぎる。
それに妙な胸騒ぎがした。こういう時の胸騒ぎはよく当たるのだ。
「ギィィィィアァァァァァァァ!!」
遠くから響く金切り声。
どうやらようやく竜が出てきたようだ。
ようやく終わり……そう思い、ゴリアテは感慨にふける。
街の最後を見届けようと振り返ると、何やら大きな影が街から飛び立つのが見えた。
竜が用事を終えたのだろうか? しかし山へと飛び去ると思っていた竜の影は、どんどん大きくなっていく。
こちらに、向かってきているのだ。
「な、なんだとォ!?」
「はは、こりゃいいじゃねぇか。馬よりずっと疾い!」
「当然だ。我を何と心得る」
竜と、その背に乗ったリョウマは野盗の頭目を捕らえるべく、飛んでいた。
初めての空に、リョウマは上機嫌である。
リョウマの条件とは、野党の頭目捕らえる手伝いをしろというもの。
頭目さえ捕らえてしまえばもう襲撃はない。
馬で逃げても、竜の機動力なら追いつけるであろう。
「ほぉらいたぜ、奴らだ!」
「……しかし、よく見つけられたな。半日以上経っていたはずだか」
「夜は馬を走らされねぇだろうし、そこまで距離は離れてないと思ってたからな」
「それもあるが……逃げた方角がわかったのだ?」
「足跡を辿ってるに決まってるだろ。よくわからん事を聞く奴だな」
この高さで? との疑問を竜は飲み込む。
高度は数十(100メートル)以上、しかも高速で移動中である。
人の姿すら、点でしかない。
「目はいいんだよ」
いい、という次元を超えている気がしたが、竜はそれ以上言わなかった。
野盗の頭目への距離は、迫っていた。




