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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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冒険者と竜①

「おい、アネギアス! 大丈夫か!?」


 リョウマは駆け寄り、アネギアスの肩を揺さぶる。


「う……」


 呻き声を漏らすアネギアスに、リョウマは胸を撫で下ろした。

 どうやら無事なようだ。


「ったく、心配したじゃねぇか」

「リョウマ、ちゃん……戦いは……?」

「終わったよ。頭目には逃げられたがな。こっちの被害はほぼない」

「よかった……」


 安堵したのか、アネギアスは大きく息を吐く。

 よく見れば血だらけなのは殆ど返り血で、アネギアス自身に大きな外傷はなさそうだった。


「なのになんで、そんなに憔悴してるのかねぇ」

「漢闘滅猛怒で戦いすぎちゃったから、かしらね……」

「おとめもぉど……?」


 言葉の意味がわからず首を傾げるリョウマ。

 アネギアスの持つスキル、漢闘滅猛怒は本人の身体能力を大きく向上させるものだ。

 ただその分体力を消耗するが、短期戦ではかなり強力である。

 アネギアスが倒した野盗の数は、リョウマが倒した数を明らかに超えていた。


「まぁ無事でよかったさね」

「ふふ、ありがとう。肩、貸してくれる?」

「はいよ……ってオイ! ケツを触るんじゃねぇ!」

「んもぉ、ケチケチしないでよぉ」


 軽口を叩き合うリョウマとアネギアス。


「それにしても、大きな犠牲が出なかったのはリョウマちゃんのおかげよ」

「ま、報酬分は働くさ」


 先刻、襲撃を早くから予測できたのはリョウマの建てた「高見櫓」のおかげである。

 高所からの見張りは敵の早期発見を余裕にし、しかも見張りの人数も減らせる一石二鳥である。

 ゴリアテらを発見した見張りはアネギアスにそれを伝え、即座に迎撃態勢を取ったというわけだ。

 見張りの時間変更に気を取られ、ゴリアテは高見櫓の存在に気付かなかったのである。


「リョウマ! 私も頑張ったよ!」

「おう、ナイスだったぜ。ちびっこ」

「うんっ!」


 そう言うと、エリザはリョウマの左手に組み付いてきた。

 重いんだが……そう思いながらもリョウマは二人を振り払わず、屋敷へと帰還するのだった。


「やーお疲れっすアネさん、リョウマもエリザちゃんも」

「ただいまー!」


 屋敷にて、待機していたハチェに出迎えられる。

 屋敷の奥からはいい匂いが漂ってきていた。

 しかもどこかで嗅いだ匂いである。


「……もしかして、お好み焼きかい?」

「いえーす!」


 見ればテーブルにはお好み焼きが人数分、並んでいた。

 以前、リョウマが作ったものが見事に再現されていた。


「あらあら、料理だけはすごいわねぇハチェったら」

「もーアネさんたらひっどーい。料理も、って言ってくださいよぉー」


 バシバシとアネギアスの背を叩くハチェ。

 一応怪我人だろうとリョウマは思ったが、アネギアスは元気そうだ。

 腹が減ったのか、エリザは早々にテーブルにつく。


「あ! 美味しいですこれ! リョウマが作ったのと同じくらい!」

「おーそりゃよかったっすなー見様見真似ですが、ようやく形になったもんで。よかったらリョウマもどうぞ」

「いただこうかい」


 リョウマは勧められるままハチェオリジナル「オコノミヤキ」を口に入れる。

 チーズの入ったパンに具材をちりばめたもの、というのがリョウマの感想だった。

 お好み焼きではないが、これはこれで美味いものだ。


「確かに美味い……がこれはちょっと違うよなぁ?」

「てへぺろー」


 全く反省してなさそうに舌を出すハチェを見て、リョウマは苦笑する。

 元より注意するつもりなどなかったが、まぁ腹に入る美味さならば問題ない。


「さーて、リョウマのお墨付きも出たし、もっと改良を加えるぞー」

「……そうかい」


 ノリノリのハチェを見てリョウマはため息を漏らすのだった。




 ――――翌日、リョウマとアネギアスが先日の戦闘跡へ来ると、人だかりが出来ていた。


「おぉ、これはアネさんにリョウマさん。先日はお疲れ様でした」

「気にすんねぇ」

「一体何の騒ぎかしら?」

「いえね、死体を片付けていたんですが、こんなものが……」


 人だかりをかき分け入ると、民家に激突した荷車が見えた。

 それに縛り付けられているのは、巨大な卵である。


「いやぁ、何の卵でしょうなぁ」

「恐らく地蛇(ミドガルズオルム)の卵ですな。山賊たちの栄養源になっていると聞く」

「大方重石代わりに使ったのでしょう」


 談笑する民衆たちの横で、アネギアスは青ざめた。

 その卵に見覚えがあったからだ。

 幼き日、山遊びをしていて偶然見つけた穴ぐらにあったのとおなじもの。

 ――――竜の、卵である。


 その時、ごおうと風が吹いた。

 大きな影が通り過ぎ、全員が空を仰ぎ見る。

 緋色の鱗、白く輝く牙、天を突くかのような立派な角。


 ばさり、ばさりと巨大な翼をはためかせながら降りてきたのは紛れもなく竜であった。

 竜の降り立った重さで、民家は潰れ土煙が上がる。

 口元から洩れる炎、その炎より赤い瞳。

 神々しいまでのその姿に、全員が息を飲む。


「グゥゥゥルォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 竜の、咆哮。

 衝撃波で民家の窓は割れ、辺りの小石は吹き飛ぶ。

 人間たちが存分に怯えるのを見渡した後、ドラゴンは大きな口を開いた。


「たかがニンゲン風情が我が子を盗み出すとは……死する覚悟は出来ておろうな」


 竜が言葉を吐いた時、その気がずんと膨れ上がった気がした。

 言葉には魔力が宿ると言われている。

 魔法を使う際も呪文を詠唱するし、上位の魔物ともなればただの言葉でも魔法として成立するのだ。

 さしずめ威圧の炎といったところだろうか。

 周囲の温度が実際に数℃、上がった。


「死ぬがよい――――」


 竜が開けた口は、地獄の大釜を思い起こさせた。

 民衆たちとて魔物は見た事があるが、そのどれとも比にならぬ圧倒的、力。

 このままでは殺されるであろうことは、彼らも本能で理解していた。


 だが逃げようとするものは誰一人としていない。

 ――――動けないのである。

 気づけば民衆たちの全員が失禁し、涙を流していた。

 アネギアスすら例外ではない。

 それほどの、圧力。

 この場の全員が、これから下される裁きを覚悟した。

 ただ一人、リョウマを除いて。


「逃げろ!」


 短くそれだけ言うと、リョウマは竜に向かって、駆ける。

 先日壊れた刀のスペアを抜くと、竜の腹下へ潜り込み、全力で突いた。


(貫けない……!?)


 内臓をえぐり大ダメージを与える――――そのつもりで放った一撃なのだが、竜の皮膚はあまりに固く、柔らかい。

 刀は飲み込まれるかのように体内に埋まり、弾き飛ばされてしまった、

 皮膚を貫くどころか、かすり傷すら負っていない。


「……ッ! 逃げなさい! 早く!」


 ようやく金縛りの解けたアネギアスが民衆に指示を出すと、彼らもハッとなりその場から駆けだした。

 バラバラに、一目散に。飛び交う悲鳴と怒号の嵐。

 辺りは瞬く間に喧騒に包まれた。


「隠れちゃダメ! 出来るだけ離れるのよ! 大人は小さい子を連れて行ってあげて!」


 アネギアスの声が響く。

 だが迎え撃った場所が悪い。

 野盗たちを囲い、逃がさぬための民家の壁は。民衆たちが一斉に逃げられるほどの広さがない。

 逃げ惑う民衆を見渡し、竜は目を細めた。


「逃すと思うておるのか?」


 恐ろしく低い声でそう呟く竜の口元からは、炎が漏れ出ている。

 ――――炎のブレス。

 竜の代名詞たるそれは広範囲を炎で焼き尽くし、多くの命を奪う。

 このまま竜が炎を吐き散らせ、多くの人が焼け死んでしまうだろう。

 そうはさせまいと竜の前に立ちふさがったアネギアスの目に、リョウマの姿が映る。

 リョウマは竜の身体を駆けのぼり、その頭上へと跳んでいた。


「お……らぁッ!」


 竜の頭蓋を狙い、刀の峰を叩き込んだ。

 斬撃でなく打撃での、脳震盪を狙った一撃だったが流石にそれは叶わず。

 だが、叩きつけられた衝撃で口が閉じ、吐きかけた炎を潰すことには成功した。

 ぶすぶすと肉の焦げるニオイが辺りに充満する。


「貴様ァァァ……!」


 憎々しげに睨み付けてくる竜に、リョウマはニヤリと笑って返す。


「まぁ待ちな1、オオトカゲさんよ」

「トカゲ……だと?」


 竜のこめかみがピクンと引きつったのを、リョウマは見逃さなかった。

 竜というのは基本、プライドが高い。

 こいつも例に漏れないようだ。そして話が通じるタイプだと。

 そう判断したリョウマは手にした刀を竜へとかざす。


「その卵、俺らが持ってきたもんじゃねぇ。先日野盗どもが置いていったんだよ。別に俺らはいらねぇから、とっとと持ち帰ってくんな」

「なんだと?」


 リョウマの言葉に竜はしばし考え込む。


「貴様の言う事が仮に本当だとして、それを我が検める術はない。そもそも人の責は同じ人が払うべきだろう」

「なんだそりゃ? それじゃ俺らはとばっちりじゃねぇか」

「ふん、人とて同じことをするだろう。悪さをした獣「だけ」を駆除出来るのか?」


 花で笑う竜を見て、こいつは思った以上に頭がいいとリョウマは思った。

 喋れるだけではなく、語れる。

 それ故説得の目はありそうだが……

 リョウマの思考を阻むように、竜がその爪を振り下ろしてきた。

 咄嗟に躱したリョウマの袖が、ざっくりと切り裂かれていた。


「話は終わりか? なら死ねぃ!!」

「……ちっ」


 やるしかないか。

 そう内心で呟くと、リョウマは覚悟を決めるのだった。


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