冒険者と野盗⑤
一番後方にいた野盗は、反応の暇すらなく首と胴が離れていた。
つむじ風、初手にて放たれていたそれは容易く野盗の命を奪った後、その次の男の背中を薙ぐ。
鮮血が夜闇に舞い、彼らの視界を一瞬塞いだ。
そのわずかの間にリョウマは姿を消す。
「消えた……ッ!?」
目の前で友の首が飛んだ。
その事実を未だ受け止められぬ野盗の男だったが、そのことに思考を裂いている暇などはない。
自分には妻子がいるのだ。
ずっと、ずっと苦労させてきた愛する妻と子供……ようやく楽をさせてやれる。
この仕事が終わればここに立派な家を建て、捕らえた亜人を奴隷にして、何不自由なく暮らすのだ。
その為には死ぬわけにはいかない。
走り抜ける。そうすれば活路はある。
自らの未来の為、駆け出そうとした野盗だったがそれは叶わない。
動かぬ右足を見やると、男の右膝は逆方向に曲がっていた。
リョウマの蹴りが男の出足を文字通り、挫いたのだ。
勢いのまま、膝を折る男の肩に駆け登るリョウマの目には、馬上のゴリアテが映っていた。
(こいつ……あの時の異国人か)
数日前、街を強襲した時に邪魔に入った冒険者である。
その時の戦闘をゴリアテは遠くからちらと見ただけだが、中々の殺しの手際だった。
プレートは銅であるが、油断ならぬ相手だとゴリアテは熟練のカンにより察していた。
(やるか……!)
長槍をぐるりと廻し、構えるゴリアテと刀についた血を振るうリョウマ。
対峙は一瞬。
リョウマが足蹴にしていた男が崩れかけた刹那――――ゴリアテの手にしていた槍が、伸びる。
距離にして20尺(約6メートル)はあろうかという距離を、一気に。
見ればゴリアテは石突の部分を握っていた。
ゴリアテの槍の重さは2貫(7.5kg)を越える豪槍である。
それを、片手で。
ゴリアテの技量、剛腕にリョウマは口笛を吹いた。
――――と、同時にリョウマは身体を捻り、それを躱す。
槍は縞外套を貫いたのみだ。
「ち……!」
舌打ちをし。槍を引き戻すゴリアテだったがその視界を縞外套がわずかに塞ぐ。
その隙をリョウマは見逃さなかった。
死角を縫うように野盗どもの頭を跳び渡り、ゴリアテへ迫るリョウマ。
(殺った!)
そう確信を得た一撃。
しかしゴリアテはすんでのところで首を捻り、刃を肩で受ける。
鎧の隙間を狙った奇襲の一撃だったが致命傷を負わせること叶わず、刀は折れてしまった。
舌打ちをしながらもリョウマの気は切れていない。
取り出した「ただの剣」を一本ずつ、両手に握ると着地際にいた左右の男の首に一撃ずつ、叩き込んだ。
深く食い込んだ刃は抜けず、剣を諦めリョウマはまた、新たな剣を取り出し握った。
「ぅ……」
リョウマをすぐ下に見下ろしながら、野盗の一人が呻く。
ようやく彼らは気づいたのだ。
戦いはとうの昔に始まっていたことに。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」
雄叫びを上げる男の喉元に、ずぶりと切っ先を埋める。
そして背骨の感触を確認した後、すぐに引き抜いた。
鮮やかな手際、その軌跡を鮮血が彩る。
「一斉に斬りかかれぇぇぇぇッ!!」
男たちが、手にした武器を振り下ろすがそこにリョウマの姿はなし。
一番近くにいた男が棍棒を振り上げた瞬間、リョウマはその懐に潜り込み胸に剣を突き立てる。
胸骨の隙間を縫い、心の臓へとまっすぐ。
(……ん)
その時、リョウマは力の上昇を感じた。
レベルアップだ。
更にスキルも習得したらしい。
――――鎧通し
衝撃波にて体内の内側に振動を与え、強烈に揺さぶることで相手の防御を無視して――――
「うおらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
スキル習得による膨大な情報処理はリョウマの動きを一瞬、止めた。
そこを狙い振り下ろされる手斧。
脳天をかち割る!そう目論んだ野盗の一撃であったが、それは叶わない。
リョウマは身体を少しだけ傾け、躱した。
「野郎!」
「まぐれに決まっている!」
「死ねやオラァ!」
続いて繰り出される周りの野盗の攻撃も、当たらない。
全ての野盗の動きを、リョウマは既に把握済みだ。
どの程度の力で、どう動き、どこを狙い、どういう順で行動するのか。
その全てを。
一瞬動きが止まった程度では、問題にはならない程の実力差がリョウマと野盗たちの間にはあった。
「遅ェよ」
そして四閃、振るわれた刃は野盗たちの急所を深々と裂いていた。
舞う血しぶきを浴びながら、舌舐めずりをするリョウマの好戦的に目に野盗たちは背筋を震わせる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
総崩れとなった盗賊たちは、蜘蛛の巣を散らすようにリョウマから逃げ出す。
武器を捨て、必死に、形も振りも構わずに。
「逃がすかよ……ッ!」
雑魚はともかく先刻打ち合った野盗の頭目、少なくとも奴だけは逃せない。
確実に殺さなければまた、仕掛けてくるだろう。
リョウマは馬を走らせ逃げようとするゴリアテに、つむじ風を放つ。
ただの剣でのつむじ風。
ゴリアテの鎧を切り裂くのは無理だろうが、馬に当たれば逃げ切れまい。
まっすぐ、馬目掛け飛んで行く風の刃はすんでのところでかき消されてしまった。
かき消したのは黒い鎧を着た、男。
「……ここは通さぬ」
黒ずくめの、顔まで隠した全身鎧。
ざり、と土を踏み、両手剣を構える。
その一挙一動でリョウマはかなりの使い手だと理解した。
こいつもあの頭目同様、ただの野盗ではない、と。
逃げていく馬に舌打ちをしながら、リョウマは全身鎧の男と相まみえる。
手にした剣は既に血濡れで刃もボロボロ。
これで相手をするのは少々役不足に思えた。
新たに剣を取り出そうとしたリョウマに、全身鎧の男が迫る。
「ぬゥん!!」
剛剣一閃、叩きつけられた両手剣の衝撃でリョウマはバランスを崩してしまう。
土にめり込むほどの一撃だが、全身鎧の男は横薙ぎに追撃を加える。
咄嗟に剣で受けるリョウマをそのまま吹き飛ばした。
「ち……い……ッ!?」
リョウマは転がりながら受け身を取り、何とか体勢を立て直す。
ちらりと胸元を見やると、剣は既にへし折れていた。
(あの剛剣に加え、全身鎧……ついでにこちらは武器もなし、か)
はてさて、どうしたものかと思案するリョウマの頭に、一つ考えが浮かぶ。
……あまりにぶっつけ本番、しかし戦える見込みはある。
やってみるかと心持を固めたリョウマは、全身鎧の男に向かって、駆ける。
「武器もなしで――――やけくそならばありがたい……ッ!」
一刀両断すべく振るわれる剛剣を、リョウマは潜って躱す。
編み笠が浮き、結び紐が千切れ舞う。
そのまま折れた剣を鎧の隙間へと叩き込んだ――――が、その間はあまりに狭く、刃は金属部に当たりカリカリと火花が散る。
これだけの隙間、狙えるはずがない。
全身鎧の男が「馬鹿め」と罵った瞬間である。
彼の口から血が零れた。
「ごぼ……ッ!?」
全身を何度も揺さぶられるような感覚に、全身鎧の男は膝を折る。
止まらぬ吐血は男の視界を暗く染めていく。
――――改めて、鎧通し。
衝撃波にて体内の内側に振動を与え、強烈に揺さぶることで相手の防御を無視してダメージを与える。
先刻リョウマが習得したスキルである。
文面通り、硬い相手には効果は抜群なようだ。
「とはいえ、武器が一発でダメになっちまったな」
鎧通しを打った剣は衝撃で刃がぐしゃぐしゃである。
凩では打てないな。
そう考えながら、リョウマは全身鎧の男の首元に折れた剣を突き立てた。
「ゴリアテ……さま……ご武運を……」
「ゴリアテ、ね」
あの頭目の名前だろう。
当然、ゴリアテの姿はすでにない。まんまと逃げおおせたようである。
それにしてもたかが盗賊が命を賭して守るとは、相当慕われているのか、それとも別の理由があるのか。
(全身鎧の野盗なんて珍しすぎる……他国の干渉、てのもありうるのか)
どちらにせよ、とりあえずは街が無事でよかったと思う事にした。
事切れた全身鎧を一瞥し、辺りを見渡すとまぁ何というか、死屍累々である。
十人以上の死体があちこちに散らばっていた。
無論、リョウマが一人で殺ったわけではない。
アネギアスがもう半分を――――
ふと、思い出したリョウマの目に巨体の影が映る。
足元に死体の山を転がせ、最初持っていた戦斧は破壊され柄の部分だけとなっていた。
全身血まみれ、目を血走らせたままアネギアスは立ち尽くしていた。
よかった。どうやら無事かとため息を吐くリョウマだが、その様子がおかしい事に気づく。
「……アネギアス?」
返答の代わりに、アネギアスは地面に突っ伏した。




