冒険者と野盗④
しばらく、周囲の魔物を狩り続けたリョウマとエリザは夕方頃、街へと帰還した。
少し早めに帰ったのには理由がある。
出立前、貰いすぎた食材で料理を作ろうと思ったのだ。
広場にて、リョウマは大なべを取り出し食材を並べ始めると、手持ち無沙汰そうにしているエリザに声をかける。
「ちびっこ、街の人たちに声をかけてきてくれるか。器を持参でな」
「はいっ!」
エリザは元気良く返事をすると、広場から飛び出していった。
脱兎の如く勢いに、リョウマは苦笑する。
「さーて、大人数への料理は久しぶりだな」
取り出したる大鍋を使うのは、ダンジョンで魔物に振舞って以来だ。
腕まくりをし、リョウマは取り出した材料を一瞥する。
ダイコン、ニンジン、白菜、トマト、豚肉牛肉鶏肉……肉野菜がたっぷりである。
それに加えてもてなすのは街の人々数十人。
目を瞑りしばし考えていたリョウマの目が、ゆっくりと見開かれる。
「鍋、かな」
そう呟くと、リョウマは手のひらで包丁をくるりと閃かせた。
まな板に乗せた野菜をリズム良く、トトトントトトンと刻んでいく。
その間鍋には水を入れ、ダシとごま油、醤油で味付けし、切った先から鍋へと放り込んでいく。
後は煮込めば完成である。
「鍋って料理感ないからあんまり好きじゃねぇんだよなー」
何せ切って煮るだけだ。
これじゃ料理とは言わないだろう……具をかき混ぜながら、リョウマは物足りなさを感じていた。
「リョウマー!」
沸騰した鍋に浮くアクを取っていると、エリザが駆けてくる。
その後ろを、ちらほらと人々がついてきていた。
アネギアスもいるようだ。あの巨体、遠くからでもよく目立つ。
「あらリョウマちゃん、皆に御馳走してくれるだなんて、優しいのねぇ」
「この人らに食材貰ったんだよ。一人じゃ食べきれねぇしな。……さぁ並んだ並んだ」
お玉で鍋をカンカンと叩き、一列に並んだ人々にひたすらよそっていく。
喜んで欲しいところではあるが、所詮は鍋だしな。
まぁ口に合わなければ良さと言ったところだろう。
そんな風に考えるリョウマのすぐ横で、子供が先刻注いだ鍋を口に入れる。
「ん! なにこれ美味しい!」
「こんな美味ぇもん、初めて食べたぞ!」
口々に美味いと声を上げる人たちに、リョウマは内心驚いていた。
普通にただの鍋なのだが、一体何が彼らの心を捉えたのか。
「スープがウチで作るのと全然違うよな!」
「私は昔、貴族だったのですがらこんな美味いスープは食べた事がありませんねぇ。変わっていますが上品で濃厚、素晴らしい味わいです」
「いやぁ美味い美味い、リョウマさんに調理してもらえてこいつらも鼻が高いだろう」
……まぁ喜んでくれるなら幸いである。
が、彼らが普段何を口にしているのかリョウマは素朴な疑問を感じるのだった。
あまり大陸のものを食べた事がないリョウマだったが、ハチェの作ったケーキとやらは中々に美味だったが。
「ん、そういえばハチェがいないな」
いつもなら飛んできそうなものであるが、彼女の姿が見当たらない。
リョウマの疑問にアネギアスが答える。
「あぁ彼女、街の方へ買い物に出てるのよ。リョウマちゃんのオコノミヤキ? にインスピレーションを受けたみたい。あのコ、料理好きだから」
「へぇ」
マイペースで適当に見えたが、そんな熱心なところもあるとは。
少しだけハチェを見直すリョウマだった。
それからしばらく、野盗の襲撃に備え見回りをしていたリョウマだったが連中どうも顔を出す気配がない。
「諦めたんでしょうか」
手のひらに集めた石ころを、高速回転させながらエリザは呟く。
手遊びのようだが、これはこれで魔法の修行らしい。
「さぁてね。それならそれで楽が出来ていいが……」
「リョウマはそうは思わないのですか?」
「簡単に諦めるタマとも思えんがな」
あの頭目、全てを見透かすような冷たい目……あれはただの野盗に出せるものではない。
熟練の将軍か強者侍か、いずれにせよまた手を打ってくるだろうことはリョウマは予測していた。
そして無論、その対策も。
「ちびっこ、お前にも協力してもらうからな」
そう言って笑うリョウマを見てエリザは思った。
これは何か悪い事を考えている顔だ、と。
――――その夜、シュニルの街に近づく多数の影があり。
言わずもがな、野盗たちである。
彼らの引く荷車には、竜の卵がしっかと結び付けられていた。
その先頭では、ゴリアテが馬を走らせている。
「ハッ、巡回時間を変えたって無駄よ! 一撃で破ってしまえば問題はないのだからな」
荷車には先端を削った木が何本も取り付けられている。
そこへ乗せられた竜の卵は、大人数人がかりでやっと持てる程の重さだ。
勢いの付いたそれの突進力たるや――――
ずずん、と重音が響き渡る。
突き刺さった木槍の威力は壁を貫きなぎ倒す程であった。
散乱する木片を踏み潰しながら野盗は夜の街を駆ける。
「このまま行くぜ野郎どもァ!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
ゴリアテの目的地はアネギアスの屋敷である。
そこへ卵ごと荷車をぶつけ、卵も屋敷も破壊出来れば一挙両得だ。
卵を破壊された竜は怒り狂い、屋敷の主を確実に殺すであろう。
(奴の屋敷は街から離れた場所にある……上手くいけば兵にも見つからず、事を成せる!)
いい具合に街には人が少ない。
このままバレずに屋敷まで行けるかもしれない。
そう考えるゴリアテであったが、ふと違和感に気付く。
(おかしい……あまりに人がいなくねぇか?)
街の灯は消え、人の気配すら感じない。
ゴリアテはその歴戦の経験から、嫌な予感を感じていた。
「ヒャーハーァ! なんだなんだ? ビビって出てこれねぇのかァ!?」
「このまま行っちまおうぜ、お頭ァ!」
「……うむ」
とはいえここにきて、止まるわけにもいかない。
馬を走らせながらも警戒を強めるゴリアテのカンが馬の動きを緩めさせた。
刹那、ゴリアテの目前を一本の矢が掠める。
矢の方を向くと弓兵が数人、建物の隙間から狙っていた。
それだけではない。大量の石がバラバラと。
(手伝いってこれないわけね……)
石を放っているのはエリザである。
地面の石を空中に上げては落とし、上げては落とし、直接的なダメージこそないものの、戦意を奪うには十分だ。
矢と投石の雨あられを受け、盗賊たちは完全に混乱していた。
「ひぎっ!?」「ぎゃあーっ!」「いてぇよお頭ーっ!」
上がる悲鳴、止まる荷車。
何かしらの対応があるのは想定内ではあったが、いつ来るかわからぬ相手に、ここまで的確な対応が出来るものだろうか?
何が起こっているのかはわからないが、これ以上作戦を進めるのはあまりに危険。
もはやこれまで。最低限の仕事は果たした今、ここは逃げの一手である。
即座に判断したゴリアテは馬を逆方向へと向けさせた。
「撤退だ! 荷車は置いて構わん! 固まって走るのだ!」
幸い、敵の数は多くない。
野盗たちは傷を負いながらもほうほうのていで逃げ始める。
だが時すでに遅し。
傷ついた野盗らの前に立ちふさがったのは、アネギアスである。
「ウフフ、ざーんねん。アナタの行動はバレバレよん♪」
「ち――――」
巨大な戦斧を肩に担ぐアネギアスの形相は、まさに鬼。
口調こそ普段通りであるが、こいつは本気だ。
勢いで突破できる相手ではないとゴリアテは馬を止める。
ならば多少の犠牲を払っても、逆へ――――
振り向いた瞬間である。
――――しゃりん。この場に不釣り合いな美しい音が鳴る。
その鈴の主、異国姿の男は不敵に笑う。
「わりぃが……こっちも通行止めだ」




