冒険者と野盗②
「ここから入ったんだな」
野盗たちの逃げた方を調べると、外壁が破られていた。
外壁と言っても木を繋げただけの壁である。
その気になれば突破は容易であろう。
「一応塞いでおくけど、また破られちゃうかもねぇ」
「見張りを増やせないか?」
「皆には皆の生活があるからねぇ。それに、これだけの範囲をカバーするのは簡単じゃないわ」
「確かに……」
見張りというのは意外と体力を使う。
それを昼も夜も、となると現実的な話ではない。
「ならせめて壁を破られないように定刻巡回を増やそう。巡回時間も読まれないようにランダムでな」
「そうねぇ。それくらいなら……」
確実ではないがやらないよりはまし、である。
そんな話をしながら二人は帰途につく。
「おー、アネさんたち、帰ってきたよー」
「本当ですね。おーい、リョウマー!」
大きく手を振り飛び跳ねるエリザ。
リョウマに向かって思いきり駆けてくる。
「っとわわわ」
途中、バランスを崩し転びそうになるのをリョウマに抱き止められた。
「おい、大丈夫かよ全く……」
「えへへへ」
照れ臭そうに笑うエリザを、後ろからアネギアスが抱き上げた。、
「あらん、イチャついちゃって♪ ホント妬けちゃうわぁ」
「い、イチャついてません!」
「ほんとぉ?」
「いたっ! いたたたた!も うこしょばゆいです!」
ぞりぞりとひげもじゃのアネギアスに頬擦りされ、エリザは年相応に笑っている。
二人はまるで親子のようだ。
「やー微笑ましいですなー」
「……だな」
のんびりと言うハチェにリョウマはそう答える。
俺にはこんな事は出来ない。
今のエリザには、こんな風に接してくれる大人が必要なのかもしれないとリョウマは思った。
「それより運動したらお腹空いちゃったわ。ハチェ、ゴハン出来てる?」
「あーっ!忘れてましたーっ!」
「んもう、ほんとにうっかりものなんだから」
自分で自分の頭をコツンと叩き、ハチェは可愛らしく舌を出す。
誰に対してのアピールなのか、リョウマは疑問に思った。
「よかったら俺が作ろうかい?」
リョウマの言葉にアネギアスとハチェは目を丸くする。
だがエリザはその提案に目を輝かせた。
「わっ! やったぁっ! ねぇ二人とも、リョウマの作るゴハン、とっても美味しいんですよ!」
「アラほんと? じゃあ御馳走になっちゃおうかしら」
「私は楽出来ればそれで~厨房案内しますね」
「もの凄い本音が出たな……」
「えへ、かわいいっしょ」
この女、ちょっと頭が残念なんだなとリョウマは思った。
厨房に案内されたリョウマはあたりを見渡すと、ふとあるものを見つけた。
「お、小麦粉じゃねぇか」
麦を粉にしたもので、菓子やパンを作るのに使うものである。
これだけでは使えないためリョウマは持ち歩いていないが、様々な料理に使える便利なものである。
小麦粉を手に取るリョウマの頭の中にあるものが浮かんでいた。
「何作るのか、決まったみたいですね~」
「あぁ、それとキャベツと山芋、ついでに卵があるかい?」
「ふむふむ、丁度裏の畑にありますよ~採ってきますね~」
ハチェはそう言うと、駆け足で素材を採ってきた。
腕まくりをしてリョウマは、キャベツをみじん切りに刻んでいく。
その傍で、油の中に小麦粉を入れ天かすを作る。
大きな器に水とたっぷりのキャベツ、天かす、小麦粉、山芋を摩り下ろしたもの、そして卵を入れてひたすらかき混ぜていく。
それを鉄板で焼き、肉を乗せてヘラでひっくり返す。
しばらく焼いていくと、いい匂いが漂い始めた。
「秘伝のタレをかけて……完成だ」
お好み焼き、である。
実家が煎餅屋のリョウマは多種多様なタレ壺をアイテムボックスに入れており、用途に合わせて使い分けている。
本当なら青のりとかつお節も欲しかったが、無い物ねだりしても仕方ない。
ハチェの用意した皿に、ぽんぽんぽんと乗せていく。
「おー、玉子焼きみたいっすねー」
「ある種似たようなものかもな。さてみんなを呼んできてくれ」
「ほいさー」
ハチェに呼ばれて来たエリザとアネギアスも、お好み焼きを見るのは初めて見るようだ。
「これがオコノミヤキなのねぇ。変わった食べ物だわぁ」
「でもとっても美味しそうです!」
「とりあえずいただいてみましょかー」
三人は、各々お好み焼きを口に運んだ。
口に入れた瞬間、目を丸くする。
「これ、美味いわ!ただのパン生地かと思ったけど、サクサクふわふわで初めての食感ね!」
「はふ、はふ、もぐもぐ……」
「ほほう、これは興味深い味っすねー」
反応は三者三様。
しかし皆、同様にお好み焼きが気に入ったようだ。
一心不乱に口に入れていく。
「おいひーです!流石リョウマさん!」
「ホントねぇ素晴らしいわリョウマちゃん。料理も出来るなんて、アタシ惚れ直しちゃった♪」
「……ふむ」
エリザとアネギアスが手放しに誉める中、ハチェは珍しく真剣な顔をしている。
「このオコノミヤキ、まだまだ改良の余地がありそうですね~」
「まぁお好み焼きは家庭によって調理方法が大きく異なるもんだからな」
「ふふふ、メイド魂に火が付いちゃいましたよ~後日いらしてください。本物のオコノミヤキをお見せしますよ」
「……楽しみにしとこうかい」
「ふふふふふ、ふふふふふ」
皆の食べた皿を片付けながら、ハチェは何やらぶつぶつ呟いていた。
「ま、まぁいつもあんな感じだから気にしないで頂戴。アタシはリョウマちゃんのコガラシを工房で見てくるわね。」
「私も行っていいですか?」
「だーめーよ。危ないから。疲れたでしょう? リョウマちゃんと一緒に寝てなさい」
「むぅ、疲れてなんていないです!」
頬を膨らませるエリザを、いつの間にか片づけを終えたハチェが抱き上げる。
「はいはーい。夜も遅いですからね~お休みしましょうか~」
「子ども扱いしないでください!」
「リョウマさんもこちらへどうぞー」
「あぁ」
案内された場所はかなり広い客間。
大きなベッドが3つあり、エリザはその一つに飛び込んだ。
ゴロゴロと転がりながら、枕に抱き着く。
「わー♪ すごーい! こんなの初めてー!」
「おい、身体を洗ってからにしろよ。汚ぇな」
「き、汚くないです!」
「浴室は隣にありますので、どうぞどうぞー」
リョウマとエリザは互いに目を見合わせる。
どちらが先んじるか、だがすぐにリョウマはエリザに目くばせする。
「先に入りな。ちびっこ」
「でも」
「いいから。ゆっくり一人で入りてぇんだ」
「……それじゃ、遠慮なく……」
浴室に入ると、エリザは衣服を脱ぎ始める。
しゅるり、と紐を解くたび、薄布は落ちエリザの肢体が露わになっていく。
浴室に入り、湯で身体を洗い清めていくと、汚れと共に疲れまで落ちていくようだ。
(血だ……)
先日の戦いで汚れたものだろうか。
魔物の? 仲間の? それとも自分の?
その何れもが違う事に、エリザは気付く。
(リョウマの、だ)
自分を守るために庇い、ついた傷。
それが自分が浴びていた事を。
私の、為に。
エリザがリョウマを想うたび、その胸は高鳴りを強める。
(あ、あれ……どうしたんだろ私……)
気づけば顔は紅潮し、心臓は早鐘の如く鳴っている。
一体何に動悸しているのか、経験のないエリザにはわからない。
きっとお湯で身体が温まったせいだ。
そう思い、風呂桶で湯を思いきり、被った。
「で、出ましたよ!」
「おう」
寝巻きに着替えたエリザを一瞥し、リョウマは浴室に入った。
すれ違う時、視線が交わっただけでエリザの胸はまた、トクンと鳴る。
やはりどうにもおかしい。
リョウマが浴室で水浴びするのをチラチラと横目で見ながら、エリザは枕を抱きしめた。
(そういえばお母さんが言ってた気がする……)
なぜ父と一緒に寝るのか?そう問うた幼いエリザに母が顔を赤らめ答えたのは、好きな人が出来たら一緒に寝るものだと。
今の現状を照らし合わせると……
気づいたエリザの顔が、真っ赤に染まる。
(わ、私……リョウマのこと……)
ジタバタとエリザはベッドの上で悶える。
その意味もよく知らぬまま……
「ん? もう寝てるのか」
しばらくして、リョウマが風呂から上がって来ると、エリザはスヤスヤと眠りこけていた。
その寝顔が故郷の妹にそっくりで、リョウマは可愛らしく思った。
「ま、すずには敵わんがな」
「んぅ……♪」
そう言って髪を撫でると、エリザは幸せそうに声を漏らすのだった。




