冒険者と野盗①
「う……ひぐっ、父ちゃん……」
「あんた……なんで死んじまったんだよ……」
咽び泣く声が響く。
野盗に殺された者たちを弔っていた。
弱い奴は死ぬ、そういう世の中だ。
そう理解しているリョウマだったが、無論言葉には出さず喪に服す。
アネギアスはそんなリョウマに話しかける。
「あの子、もうすぐお兄ちゃんになるんだって言ってたわ」
「……俺には関係のないこった」
「そんな顔してないけど?」
リョウマがバツの悪そうな顔をするのを見て、アネギアスはくすくすと笑った。
しかしすぐに顔を顰める。
「少し前からね、あの野盗どもが街を襲うようになったのよ。一応警備はしてるけど、やっぱりみんな素人だからね。防ぎきれなくって」
「それで俺を雇おうってわけかい」
「えぇ、本当に助かるわ。リョウマちゃん。抱きしめてもいい?」
「御免被る」
バッサリと切って捨てるリョウマの目に、馬に乗った一団が映る。
まさか先刻の野盗……?
身構えるリョウマをアネギアスが制した。
近づいてきた一団は鎧兜を身に纏い、騎士然とした格好である。
その先頭の男は特に煌びやかな鎧だった。
「やぁアネギアスさん。こんにちは」
爽やかな笑みを向ける男に、しかしアネギアスは一瞬鋭い目つきになる。
だがすぐに普段の通り、にこやかな笑みを浮かべた。
「あらあらシュナちゃん。また来たのかしら? 私のこともしかして好きとか?」
「ははは、ご冗談を」
シュナと呼ばれた男はそう言って笑うが、その目は全く笑っていなかった。
整った顔立ちではあるが、人を値踏みするような細く、冷たく、鋭い目。
リョウマは嫌な感じを受けていた。
「我々の用はいつもと同じですよ」
「それならこちらの答えも同じね。おととい来なさいな」
どうやら妙な様子だ。
因縁のある相手なのだろうか? 疑問に思うリョウマに、ドワーフの男が話しかけてきた。
(あいつはシュナイゼル。この辺りを治める領主だべ。でもウチが製鉄で稼ぎまくってるから、ここを自分の傘下に加えてぇんだ。数か月前から、何度も来てる)
成る程とリョウマは頷く。
この街は亜人が多く住む街だ。
そういった街に人の法は適応されないのだが、ここはあまりに大きすぎる。
シュナイゼルもそれでここを傘下に加われと言っているのだ。
しかし独力でやっていけるこの街が、それに加わる理由はない……と。
「何度来ても同じよ。ここは亜人の街。アナタたち人間の支配は受けないわ」
しっしっとアネギアスに追い払われるシュナイゼルだったが、動じることなく倒れ伏した遺体に目をやる。
「……野盗に襲われたのですね。可哀想に……我らの傘下に入ってくれれば、このようなことは二度となきよう、守って差し上げますよ?」
「余計なお世話。アンタたちに守って貰わなくても、私たちだけでやっていけるわ。それにアンタを信用する者はこの街にはいないわよ」
「ほう? それはどうでしょうか」
シュナイゼルはぐるりと周りを見渡した。
そして周りの、ドワーフを始めとする様々な亜人たちに語り掛ける。
「同胞よ! 我々は人間ではないからと言って、あなたたちを蔑み、迫害するようなことはしない! それどころか我ら命を賭して守ると約束しようではないか!」
どよめく亜人たち。
襲撃の直後だったのだ。無理もない。
互いに顔を見合わせ、何やら話し合っている。
「二度とこのようなことが起こらぬよう、約束しよう。だがこの男、アネギアスは頑なに我らの協力を拒むのだ! 同胞の力を貸してほしい! 何とか助けさせてほしいのだ!」
シュナイゼルの自信に満ち溢れた表情。
甘い言葉に少なからず、心を動かされた者もいるように、彼には見えた。
決まった……と、酔いしれ顔のシュナイゼルの前に、リョウマが進み出る。
「アンタ、この辺の領主ってことはベルトヘルンも傘下なのかい?」
「いかにも」
「俺は異国民だがよ。あそこでは田舎者だの粗暴者だのと散々な目にあったぜ」
ギルドでは不当な評価を貰い、道行く人々には奇異の目で見られた。
その恨みは、元々執念深い性格であるリョウマに根深く残っていた。
リョウマの言葉に一番動揺したのはシュナイゼルである。
何せ先刻の大演説が丸々ひっくり返る様な事を言われたのだ。
慌てて反論を返すシュナイゼル。
「そ、それは元々の風土の問題で、ここは亜人の方が多いのだからそうはなるまい!」
「さてどうだか。アンタ自身、彼らに差別思考を持っているようだが?」
「そんな馬鹿な! 何を根拠に……」
言いかけたシュナイゼルに、リョウマは亜人の子供を抱き上げ差し出した。
人型ではあるが、全身に触手の生えた亜人、幻想種の子供である。
控えめに言って異形。それを目の当たりにしたシュナイゼルの顔が引きつる。
「や、やめろ! 近づけるなッ! 汚らわしい!」
思わず出たシュナイゼルの拒絶の言葉。
リョウマはそれを見て、ニヤリと笑う。
「……ま、そういうわけさね」
亜人たちは落胆の息を吐き、シュナイゼルを冷たい目で見ていた。
あまりに早い露呈……シュナイゼルも咄嗟の事で反応できなかったのである。
だがそれこそ彼の本性、本心だとこの場にいる全員が悟ってしまった。
痛恨のミスにシュナイゼルは歯噛みする。
「ぐ……ッ!」
「ウフフ、一本取られたわね♪ シュナちゃん。もう二度と来ないことをお勧めするわ」
「……私は諦めませんよ……行くぞ!」
シュナイゼルは団を率い、馬を反転させる。
その時、リョウマと目が合った。
冷徹で執念深く、燃え上がる様な怒りに赤く染まる、目。
――――このままで済むと思うなよ、と唇を動かすのをリョウマは見逃さなかった。
「くそ! 化け物どもが!」
激昂するシュナイゼル。
鎧を脱ぎ捨て、床へ放り投げた。
がしゃんがしゃんと金属音が部屋に響く。
「落ち着け、弟よ」
「はぁ、はぁ……」
息を荒げるシュナイゼルに声をかけたのは黒髪黒髭の……先刻野党として街を襲った男だった。
「兄者……」
「お前は感情的になりやすい所がたまに傷だ」
シュナイゼルの肩に手を載せ、落ち着かせる。
彼の名はゴリアテ。
シュナイゼルの兄である。
有能ではあるが悪人顔であるゴリアテは、表立ってのまとめ役を顔の良いシュナイゼルに任せ、自分は様々な手を使い辺りの街を傘下に置いてきたのだ。
今回で言えば、野盗を利用し街を襲う事で危機を持たせ、シュナイゼルに説得させようと試みたのである。
いわゆるマッチポンプ。
しかしその企みは、先刻失敗に終わった。
「兄者ですら苦戦するとは、あの街を落とすのは難しいかもしれませんね……」
「あの辺りで燻っていた野盗をけしかけてみたんだがな……どうにも奴ら、練度が低い。俺の作戦も真面目に聞かぬしな」
「愚かな野盗どもに戦い方を教えてやりますか?」
「ははは、やめておこう。いつか我々に牙を剥きかねん」
訓練された野盗が野に放たれれば、大きな脅威足りうる。
領主であるシュナイゼルらは本来、それを鎮圧する立場なのだ。
ブラックジョークにも程があった。
「では如何に? 兄者の事だ。何か考えがあるのでしょう?」
「まぁな」
悪い笑みを浮かべるゴリアテに、シュナイゼルは頼もしさを感じていた。
兄はいつもそうだ。
自分には想像も出来ないことを簡単にやってのける。
傘下に収まらない街に圧力をかけるこのやり方も、ゴリアテのアイデアである。
頼もしいこの兄を、シュナイゼルは尊敬していた。
「このシュナイゼル、兄者の考えに従うまで」
「おう、このゴリアテ様に任せておけ!」
豪快に笑うゴリアテは、本当に野盗のようであった。




