冒険者と鍛冶屋の街③
「……? どうしたのリョウマ」
「……なんでもねぇ」
悪寒に身を震わせるリョウマを、エリザは不思議そうに見た。
それを見たアネギアスは吹き出す。
「あっはっは、もぉなに勘違いしてるのよ! けーんーぜーん。健全な、普通のお仕事をしてほしいだけなのよぉ」
「……ならそう言え」
笑いごとじゃあねぇぞ。と疲れた様子でため息を吐くリョウマ。
そんなリョウマを見て、アネギアスはとても楽しそうに笑っている。
「ウフフ、だってリョウマちゃんたら、面白いんだもの」
「俺は面白くねぇ」
「やぁだ。怒らないでよぉ」
「……いいから話の続きをしな」
「わかったわよぅ。あら、丁度お茶が来たわ」
「お待たせでした~」
ハチェは各々の前に紅茶とケーキを置くと、自分も席に座った。
「はいそれではいただきます~」
そして真っ先にケーキを食べ始める。
メイドが先に食べていいのか、そしてアネギアスも注意しなくていいのか。
リョウマは疑問に思うが、二人とも気にしている様子はない。
突っ込みは野暮か、とリョウマは諦め紅茶を口に含む。
「わ! これ、おいしーですハチェさん!」
「うむうむ、わかってるねぇエリザちゃん。私の力作紅茶ケーキだよ~どうかなリョウマくん」
「……まぁまぁだ」
言うだけあってハチェのケーキは中々のものだった。
甘すぎぬ上品な味わいにリョウマは舌鼓を打つ。
リョウマの故郷では団子や羊羹が主流であるが、大陸の甘味も悪くない。
皆が半分ほど口に入れたところで、アネギアスはぐいと机に乗り出した。
「じゃ、食べながらでいいからこれ見てくれる?」
そう言うと、アネギアスは懐から取り出した紙を広げた。
紙には何やらびっしりと文字が書かれている。
慣れぬ大陸語に苦戦しながらも、リョウマは目を通していく。
「今、街を守る戦力を集めててね。しばらくアナタに働いて欲しいのよ。コレはその契約書」
「なるほど、傭兵として……ってところかい?」
「えぇ、どうかしら」
「俺が使えるのか、わからんぜ?」
「人を見る目はあるつもりなの。ウフフ♪」
ニコニコと笑うアネギアス。
細めた目の奥では底知れぬものを感じさせる。
見透かされているような……ふざけた外見ではあるが、この男は本物だとリョウマは思った。
リョウマはひとしきり契約書を読み終えると、ふむと頷く。
どうやら普通の傭兵契約書のようだ。金も出るし期間も短い。
街の雰囲気も悪くなさそうだし、受けてもいいかと思った。
「鉱山の魔物退治かい?」
「それもあるけど……」
「大変だ! アネさん!」
アネギアスの言葉を遮り、屋敷に飛び込んで来たのは一人の男。
息を切らせ、言葉が出てこないようである。
ハチェは落ち着いた様子で男に水を手渡した。
「お水をどうぞー」
「は、はい。……んぐ、んぐ、ぷはっ!」
慌てて水を飲み干すと、男はアネギアスに詰め寄った。
「アネさん! また野盗どもです! 街を襲っていやがる!」
「……ま、こういうワケ」
立ち上がるアネギアスの目は、先刻と違った。
鋭く、獣じみた、戦士の目。
これがアネギアス本来の顔である。
「なるほどね……いいさ、乗ってやる」
リョウマの言葉にアネギアスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あらぁリョウマちゃん、来てくれるのかしら?」
「悪党を斬るのは嫌いじゃねぇ」
「ウフフ、やっぱりリョウマちゃん。アタシ好みだわ。チューしていい?」
「それは御免被る」
「残念」
そう言いながら、アネギアスはリョウマに一振りの刀を渡した。
「それ、習作だけど刀よ。リョウマちゃんのが直るまで使っていて」
アネギアスから受け取った刀は凩に比べれば短いが、市販の剣とは比べものにならぬほど、よく鍛えられていた。
何より使い慣れた刀である。
リョウマの手にしっかりと馴染んだ。
「助かる」
「さーて、行きましょうかリョウマちゃん」
二人はあっという間に、街へと駆けて行った。
「じゃあエリザちゃん、私たちはお家入ってよっかー」
「はい」
そんな二人を見送った後、ハチェとエリザは屋敷へと戻るのだった。
「ヤーッハァーーーー!!!!」
甲高い声が畑中に響く。
うす汚れた格好の男たちは馬を駆り、手にした槍を振り回しながら駆け回っていた。
助けを求め逃げ惑う人たちを、手当たり次第に突き刺すたび、下卑た笑い声がこだまする。
「ケケケ、たまんねーぜ。逃げる奴を殺すのはヨォ!?」
そのうちの一人は女、子供ばかりを狙っている。
彼は人の柔肌を貫くのが何より好きだった。
野盗になって初めて人を殺した時に覚えた、感触。
その甘美さを忘れられず、彼は今日も人を殺す。
「おっ、獲物はっけーん♪」
「ひっ!?」
逃げ遅れた子供を見つけ、舌舐めずりをしながら馬を走らせる男。
迫る槍が子供を貫くかと思われたその瞬間、槍の穂先が断絶される。
何処からか投げられた手斧が、地面に突き刺さっていた。
「にゃに――――ッッ!?!?」
飛んで来た方を振り返る男の脳天を直後、手斧が叩き割った。
吹き出る鮮血と脳漿と共に、男は馬から転がり落ちる。
野盗の視線が集まる中、仁王立ちするのはドワーフというにはあまりに大きな―――――
「「「アネギアスだ!!!!」」」
野盗たちの声が重なる。
民衆は怯え逃げるのをやめ、野盗たちは動きを止め立ち竦む。
明らかに、周囲の空気が変わっていた。
「あなたたち、ずいぶん好き放題してくれたわねぇ」
ずん、ずんと近くアネギアス。
後ずさる野盗たちだったが、その中の一人、頭目の男が皆を奮起させるべく声を上げる。
「慌てるな! 奴は一人だ! 全員で囲んで殺せ!!」
「おおおおおおおおお!!!!」
怒号を上げ、野盗たちはアネギアスを囲うように馬を走らせる。
土煙が舞い上がり、散る野盗たちをアネギアスの目が右、左と追う。
「ふんんんんん!!」
そして、取り出した手斧を、鍛え上げられた豪腕にて放つ。
高速回転しながら投擲された手斧は、馬に乗っていた野盗の胴体を両断した。
「あらやだ、下品な声出しちゃったわ♪」
「ば、化け物め……!」
アネギアスの迫力に、恐れおののく野盗たち。
だが野盗の頭目は焦らず、更に命令を飛ばす。
「民衆を人質に取れ! それを盾に戦うのだ!」
「おっしぇーい!!」
野盗の手が逃げ遅れた子供に伸びる。
アネギアスはそうはさせじと手斧を投げようとするが、他の野盗の攻撃を防ぐので精一杯だ。
「く……ッ!?」
「へへっいただきだァ!」
万事休す、そうアネギアスが考えた瞬間である。
子供に伸びた野盗の腕が、飛んだ。
「へぇ、よく斬れるじゃねぇか」
飛び入ってきたのはリョウマである。
返す刀で野盗の胴を斬り裂いた。
安堵の表情を浮かべるアネギアス。
「あらあら、カッコいいじゃないリョウマちゃん。惚れちゃいそう♪」
リョウマの出現により、盗賊たちの足並みが乱れる。
民衆たちも既に家へと逃げ込み、人質に取るのは難しいと判断した頭目の男は、即座に命令を下す。
「引けっ! 引けーーっ!」
それに従い、野盗たちは走り去っていく。
かなりの判断力、そして統率力。
野盗ながら大したものだとリョウマは口笛を吹いた。
走り去る野盗たちを見送るアネギアスに、街の人が群がってきた。
「さすがアネさんだ!」
「ありがてぇ、ありがてぇ」
「アネさんすげーーー!!」
「ウフフ、ありがと。リョウマちゃんもナイスよん」
アネギアスの言葉でリョウマにも賛辞が向けられる。
「おおっ!あんたも凄かったぜ」
「変わった格好だけどな! ははは」
「……はン」
だがどうにも照れ臭いリョウマは、編笠を被り表情を隠す。
とはいえ態度とは裏腹に、リョウマは彼らに好感を持っていた。
異国の格好を珍しがる訳でもなく、蔑みの目を向けるでもない。
亜人の多く住む、シュニルの街か。
(いい街じゃねぇか)
リョウマは編笠の下で、そう呟くのだった。




