冒険者と鍛冶の街②
「そういえば、シュニルの街ってのはどんなとこなんだ?」
「いい街ですよ。ドワーフやエルフとか亜人……それだけでなく私たちみたいな半魔も多く住んでいます」
「へぇ、普通の人間はいねぇのかい?」
「いますが少しですね。それにリョウマのような変わり者ばかりです」
クスクスと笑うエリザに、リョウマは複雑な顔になる。
どういう意味だとは敢えて聞かなかった。
「昔時々、お祭りが開かれてたんです。私もみんなとよく行ったなぁ」
遠い目をするエリザの瞳が少し潤んで見えた。
死んでいった仲間に想いを馳せているのだろうか。
リョウマは慰めるように、エリザの頭を撫でる。
「そうかい。なら案内しっかり頼むぜ。ちびっこ」
「むぅ、わかっていますよ」
子ども扱いに不貞腐れるように頬を膨らませるエリザであった。
そしてしばし、街道を行くと白い煙が立ち昇るのが見えてきた。
「あれですリョウマ! あそこがシュニルの街ですよ!」
「ふむ、たたら場の煙だな」
もうもうと上がる煙は、リョウマの故郷にあるたたら場を思い起こさせた。
シュニルの街は川沿いに面し、森に囲まれている。
製鉄の際に必要な大量の熱と水、木を備えているというわけだ。
街道も近く、製鉄には理想的な土地に思えた。
鍛冶の街として栄えているのも納得である。
街へ近づくと、番のドワーフが声をかけてきた。
「おう、あんたらドコの何モンだい?」
「ベルトヘルンから来た冒険者のリョウマという者だ。こっちは連れのエリザ」
「人間に……ほう、小人族か。珍しいな。まぁ入れよ」
男はリョウマだけでなく、エリザもあっさりと中に入れてくれた。
冒険者プレートのお陰である。本来なら面倒な手続きを多くしなければ、街へは入れない。
中へ入るリョウマとエリザに、番人は思い出したように声をかける。
「おっとそうだ、新参はアネさんに会いに行ってくれよな」
「アネさん?」
「ここを取り仕切ってる人だ。名前はアネギアス。そこをまっすぐ行ったところにある、大きな屋敷にいるだろうからよ」
「わかった」
了承するリョウマに小走りに駆けてきたエリザが懐かしそうに言う。
「アネギアスさん、懐かしいなぁ」
「ちびっこは会ったことがあるのか。どんな奴だい?」
「そうですね……一言で言うと、インパクトのある方でしょうか」
「……?」
「まぁ会えばわかりますよ。ふふっ」
楽しそうに笑いながら、エリザはリョウマの横を歩くのだった。
しばし歩いていると、言われた通り大きな屋敷が見えてくる。
「あれです!」
屋敷を見上げる二人の前に人影が一つ。
どうやらメイドのようである。
「あれ~お客さんかな~」
のんびりした声のメイドは、声と同様ゆるんだ顔をしていた。
メイドはにこやかに笑いながらリョウマに声をかけてくる。
「やぁやぁあなたはよそ者さんだね! アネさんにあいさつに来たのかな?」
「あぁ」
「それじゃ中に入りなさいな~確か今は自室だったと思うから呼んでくるよ~」
女が屋敷に入ると、どたばたと駆けまわる音が聞こえてくる。
「あれれ~」「おかしいな~」という声と共に。
……大丈夫だろうか。
若干心配になりながら、リョウマは女が出てくるのを待つ。
「あら、アナタ……」
と、不意に後ろから聞こえてきた野太い声にリョウマは咄嗟に飛びのく。
(俺が背後を取られた……!?)
危うく剣を抜くところだったが、相手に敵意はなさそうである。
目の前にいたのはドワーフの大男……だが、珍妙な格好をしている。
ドレスというか、妙にひらひらした女物の服のようだった。
筋骨隆々の大男にはあまりに不釣り合いの格好……だがふざけた格好とは裏腹に、強い事だけはわかった。
リョウマの背筋に冷たいものが流れる。
「アネギアスさん! お久しぶりです!」
「あぁんもう、エリザちゃんたら懐かしいわぁ。元気してたかしら」
「うん! ……会いたかった」
抱き着き顔を擦りつけるエリザを大男は優しく撫でる。
どうやらずいぶん懐いているようだ。
大男は視線をエリザからリョウマへと移す。
「アタシはアネギアスよ。アナタ、挨拶に来たコかしら?」
「……リョウマという者だ」
「そ♪ リョウマちゃんね。可愛らしい名前してるじゃない? ウフフ」
ぞわぞわとくる感覚に、リョウマは先刻とはまた別の悪寒を感じていた。
確かにエリザの言う通り、インパクトのある男である。
「ねぇ二人とも、屋敷に入りなさい。お茶をごちそうするわ」
「いや俺は……」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
リョウマが断ろうとするのをエリザが遮った。
そして和気藹々しながら、屋敷の中へと入っていく。
こうなっては逃げられぬ。リョウマは覚悟を決め、二人の後をついていく。
屋敷の中は貴族の屋敷を思わせるような立派なものである。
白塗りの壁に床、そこへ赤い絨毯が敷き詰められていた。
「わぁ、やっぱり立派です! アネギアスさんのお屋敷」
「ウフフ、ありがと♪ エリザちゃんもやっぱり可愛いわよ。もちろんリョウマちゃんもね」
「……どうも」
リョウマは困惑していた。
アネギアスは自分の出会った事のないタイプの男である。
そうこうしてるうち、二人は屋敷の応接間へと迎え入れらた。
「どうぞ、お茶を用意するわね。それにしてもあのコ、どこ行ったのかしら」
「ハチェさんですか? 屋敷の中でアネギアスさんを探してましたよ」
「あらまぁ、あのコったら」
ため息を吐くと、アネギアスは大きく息を吸った。
そして、大声を上げる。
「ハーーーーチェーーーー!!」
直後、どたどたと階段を転げ落ちる音。
応接間を開け、飛び入ってきたのは先刻の女である。
「アネさんどこへいたんですか?」
「どこ行ってたじゃないよ。街の視察に行くって言ってただろ!? 今帰ってきたんだよ」
「あららすんません。うっかりしてました」
ハチェと呼ばれた女はてへぺろと舌を出す。
どこ向けのアピールなのだろうかとリョウマはふと疑問に思った。
「全く……いいから、お茶の用意をしてちょうだいな」
「は~い」
そう言うとハチェは台所へ駆けて行った。
「いやぁゴメンなさいね。あのコはちょっとうっかり者だから……あぁでもお茶は美味しいから大丈夫よ!」
「ちょっとアネさーん、お茶はってどういう意味っすかー」
「そういう意味よ。お菓子も忘れずにね」
「はいー」
「……さて」
アネギアスはリョウマの方を向き直ると、先刻とは打って変わり真面目な顔になる。
「さて、何の用でここにきたのかしら?」
「こいつを直してもらいに」
リョウマはテーブルの上に、凩を差し出す。
ふむと頷き凩を受け取ったアネギアスは、あっさりそれを抜くと目を細める。
「刀……ね。相当ガタが来ているみたい」
「グルドから紹介されてきた。ここなら直せると」
「あらあらなるほどねぇ。まぁここの施設なら直せるかもしれないけれど……」
アネギアスはリョウマを見て、ばちんと強烈なウインクをした。
「代金は身体で払ってもらうわよ♪」




