冒険者と鍛冶の街①
(参った……)
とりあえず宿に連れ帰りはしたものの、エリザはリョウマから離れようとしない。
魔物を連れているのはジュエ郎もそうなのだが、半魔であるエリザはあまりに人に近い。
とりあえずフードを被せて連れてきたが、いつばれるかひやひやものだった。
知り合いに声をかけられなかったのは運がよかった。
「ここがリョウマの部屋なんですね。へぇ」
そんなリョウマの気持ちを知ってか知らずか、エリザは部屋を興味深げに眺めている。
年相応の顔だった。
仲間を失った悲しみを忘れようとしているのか、単に強がっているのか。
両方なのだろうなとリョウマは思った。
「あまりはしゃぐなよ。バレたらめんどうな事になるからな」
「はい!」
元気良く返事するエリザに、リョウマは不安を覚える。
とはいえ基本、宿の主人であるグルドは部屋には来ない。
まぁそう簡単にはバレはしないだろうと高を括る。それに口裏も合わせてある。
「いいか? 俺とお前さんは赤の他人だ。万が一バレても俺の協力は期待するなよ」
「わかっています。私が勝手について来ているだけですから」
「ならいい」
エリザは自分の正体が何者かにバレそうになったら、すぐに離れて逃げ出す算段だ。
冷たいようだがエリザはそれでもいいと、ついてきているのである。
「おおっ! お前さん帰って来てたのかい!?」
突如、扉を開け入って来たのはまさに宿の主人、グルドである。
やばい。焦ったリョウマは慌ててエリザに布団を被せ、隠した。
「よ、ようご主人、どうかしたのかい?」
「ん……もしかして……」
鋭い目で布団に目をやるグルド。
まずい、と冷や汗を流すリョウマをじっと見る。
が、不意に笑顔になった。
「ははーん、アレはお前さんのコレかい? 隅に置けないのう。このこの」
「お、おう」
小指を立てる動作で、リョウマをからかうグルド。
よかった。どうやら勘違いしているようだ。
リョウマは胸を撫で下ろすと、気を取り直しここに来た理由を問いただす。
「……それで、何の用だい?」
「おっといかん。実はお前さんの持ってる剣を見せて貰いたいのじゃ。いや、カタナというんじゃったか?」
グルドの視線がリョウマの腰に差した刀に移る。
別段断る理由もない。
リョウマは鞘ごと腰から抜いてグルドに渡す。
「どうぞ」
「おお! ありがたいのう。じゃあ早速……」
舌なめずりをしながら、グルドは鞘に手をかける。
すらりと、美しい波紋がグルドの目に映り、キラキラと反射して見えた。
「ほおう、こいつは大したもんだ。やっぱり普通の剣とは全然違うんじゃの」
「そのようだな」
実際、大陸にある一般的な剣とリョウマの使う刀――――凩は全く違う。
大陸の剣はどちらかと言えば鉄塊に近く、斬るというよりは叩き潰すのを目的としている。
一方、刀は斬ることに特化している為、非常に折れやすく、欠けやすい。
だがその斬れ味は、大陸の剣を圧倒的に上回る。
「ふむ、しかしこいつはちょっと……いや、かなり傷んどるのう」
「……まぁな」
苦い口調でリョウマは答える。
切り結ぶたび、ジュエ郎に簡易修復を行わせてはいたが、限界というモノがある。
ジュエルスライムの金属修復能力はあくまでも溶かして固めるのみ。
修復のたび、刃はどんどん短く、脆くなっていく。
つむじ風を使って誤魔化してはいたが、あれはかなり格下の相手にしか使えぬスキルだ。
先日のように強敵だらけの戦いでは使う余裕はない。
硬いものを切れば刃は欠け、血を浴びれば錆びる。
その状態で戦い続ければ劣化は更に激しくなるのだ。
つまりはそれが致命傷だった。
先日の大立ち回りで凩の刃は大きく欠け、使い物にならなくなっていた。
あと数回振れば完全に折れてしまうに違いない。
「ワシが直してやりたいが、ここには設備がなくての。故郷なら直せるんじゃがな」
「ほう、どこにあるんでぇ」
「ここから真っ直ぐ北に行って、川を渡って……あー、言葉だと説明が難しいの……」
「シュニルの街ですか?」
そこへ割って入ってきたのはエリザである。
布団をかぶったまま、ではあるが。
「おお、そうそう。よく知ってるのう」
「そこなら行ったことがあります! 案内出来ますよ、リョウマ」
「ほう、なら話は早い……少し待っちょれな」
グルドがさらさらと紙に何やらしたためると、リョウマに渡してきた。
「こいつは紹介状じゃ。渡せば刀を直してくれるじゃろう」
「いいのかい? わざわざよ」
「うむ、ワシに仲介料が入るって寸法よ」
中指と親指で丸をつくりながら、グルドはへへへと笑う。
金の為か。むしろその方が気安いとリョウマも笑みを返した。
「ところでよ」
グルドはリョウマのみ見物に顔を近づけ、布団の方を指さした。
(お前さんのコレ、どうにも若すぎる……っていうか幼い声じゃのう?)
(ん? あぁ……)
エリザの事だ。
そういえばリョウマは隠したエリザを、自分の女として話を進めていたのを思い出した。
(人の趣味にとやかく言うつもりはねぇが、あまりガキに手を出すのは感心しないぞい)
「ざっけんな」
「はは、まぁお前さんはそんな輩ではないと思うがの。何せ向こうから好かれそうじゃからな。老婆心ながらの忠告じゃよ! がっはっは」
グルドの豪快な笑い声が遠ざかっていく。
ひょこ、と布団から出てきたエリザがリョウマを見て首を傾げた。
「あの人、さっき何言ってたんですか?」
「さてね。子供が知るような事じゃない」
「……一応私、9歳ですよ」
不機嫌そうに返すエリザだったが、十分子供じゃねぇかとリョウマは思った。
それからすぐ、リョウマはエリザを連れ件のシュニル村へと向かう。
「ほらほら、こっちですよ!」
「走るな。転ぶのは構わんがフードが脱げるぞ」
浮かれるエリザを窘めながら、リョウマは腰に手を当てる。
そこにはいつも通り凩――――ではなく、店で買った剣が納まっていた。。
(念のため市販の剣は買ってきたが、心元ねぇな)
刀と似た形状を持つ剣を買ってはきたが、その使い勝手は凩に及ぶべくもない。
いつ折れるか知れぬ状況下では使うわけにもいかず、今は予備の数本と共にアイテムボックスにしまっていた。
どこかで試し切りをしたいところだが……考えていたところに丁度一匹、ゴブリンが現れた。
「ギシシシシ」
「丁度、いいところに出てきたな」
ずらり、と腰の剣を抜き放つと正眼に構える。
たったこれだけで感じる、重さと握りの違和感。
出来るだけ早く慣れた方がいいとリョウマは思った。
「手を出すなよ。ちびっこ」
「わかってますよ」
「いい子だ」
エリザにそう命じ、リョウマは踏み込む。
一瞬にして間合いに入られたゴブリンは手にした棍棒で受けようとするが、遅い。
既に剣は振り下ろされた後。
肩から下腹まで、ざっくりと斬り裂かれた。
のたうち回るゴブリンを苦しまぬよう、首元へ剣を突き立てる。
うめき声をあげ、ゴブリンはすぐに動かなくなってしまった。
「お見事です」
ぱちぱちと手を叩くエリザだったがこの手際、見事などとは到底言えない。
本来なら首筋のみを斬り、即座に絶命させるつもりだった。
だがこのザマである。
刀身は無駄に重いし、切れ味も鈍く、握りが雑で手にしっくりこない。
やはり相当使いにくいなとリョウマは感じた。
(今までのようには戦えない、か)
剣についた血をジュエ郎に食べさせながら、リョウマは苦戦を予感していた。




