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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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小人と魔物使いと冒険者③

仲間の小人たちに捕らえられたエリザ。

数人がかりで組み伏せられ、動くことも出来ない。

それに加え小人たちの手には刃物が握られていた。


「くぅ……はな……して……」

「ちびっこ!」


初めて聞くリョウマの焦り声に、魔物使いは事成せりとばかりに嗤う。

やはりだ。

この男は口ではなんだかんだと言っているが、甘っちょろい男なのだ。

さもなくば魔物の小娘などに情をかけるはずがない。

人質に取ってさえしまえば動けなくなる。


「くっくっく、私の勝ちのようですねぇ。動いてはいけませんよ。一歩でも動いたらこの娘の命はありません……」


勝利を確信した魔物使いだったが、その表情が驚愕に歪む。

動くな、そう言った直後にリョウマは既に跳んでいた。

自分の方へ、刀を振りかざし。

肉薄寸前。魔物使いは飛びのき声を上げる。


「そ、その娘を殺しなさい!」


何という野蛮人! 言葉が通じないのではないかこの男は。

見誤っていた。愚かだと思ってはいたが、よもやこれほどとは。

だが、まずいことになった。

小人たちに自分を守らせねば。小娘を殺した後は命を賭して自分を守れ――――

そう、言うつもりだった。

自らの喉が斬り裂かれていなければ。


「――――! ――――!!」


何もしゃべれない。

先刻ので魔物使いの声帯ごと、喉を掻っ捌かれていたのだ。

薄れゆく意識の中、魔物使いは既に自分に背を向け、小人たちの方に駆けていくリョウマの姿を見ていた。

言葉も、戦力も、駆け引きも通じない……リョウマは魔物使いの想定をはるかに超えていた。


(間に合うか……)


魔物使いを倒せば止まるかとも思ったが、小人は命令を着実に遂行するつもりのようだ。

完全に心を失った肉人形。

既に助かる道はない。

すまん、と心の中で祈りながらリョウマは凩を振るう。


小人のうちの一人、刃物を持った者の腕を斬り落とした。

それでも小人たちに怯む様子なく。

落ちた刃物を拾い上げようとしている者が一人。

懐から新たな刃物を手にする者が一人。

そしてエリザを押さえつける手は緩まない。

エリザは仲間と呼び助けたがっていたが、事ここに至ってはもはや不可能である。

覚悟を決めたリョウマは南無三と念仏を唱えた。


「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


エリザの声が悲痛に響く。

どちらに向けられてのものであるかは明らかだった。

小人が刃物でリョウマを、エリザを狙う。

その度に舞う凩は、小人たちの身体ごと斬って捨てていく。

数は上でも戦力差は圧倒的である。

あっという間に小人全員がリョウマの刃を受け、辺りは血溜まりと化した。

もはや息をしている者はリョウマとエリザしかいない。


「ぁ……ぁ……」


崩れ落ちるエリザ。

力なく投げ出された仲間たちの手をかき集めるように取り、握りしめる。

胴から千切れ、腕だけとなったものも同様に。

嗚咽し、むせび泣くエリザをリョウマは無言で見下ろしていた。


「……みんな……何で、こんな事に……」

「…………」


リョウマは何も言わない。

エリザが仲間の亡骸を前に悲しむ様子を、ただ見ていた。

しばらく、ただじっと見ていたリョウマだったが、凩についた血糊を拭き鞘へと仕舞う。

柄の鈴の音がしゃりんと、寂しく鳴った。


屋敷の外へ出たリョウマはふと、自身の力の上昇に気づく。

先刻、魔物使いを殺した時にレベルが上がったのだ。


(人を殺してもレベルは上がるんだな)


小人以外にも人間と見た目が変わらぬ魔物はいると聞く。

魔物と人の境界はどこにあるのか。

学のないリョウマには分かりそうもなかった。


「待って!」


エリザだった。

屋敷から出てきたエリザは仲間の血に濡れている。

その手には松明が握られている。

屋敷に火を放ってきたのだろう。

ぽつぽつと、窓ガラスが赤く染まっていく。


「なんでぇ」

「……ッ! わ、私は……貴方を……ッ! く……ッ!」


言葉に詰まりながら、エリザは何らか口走る。

だがその言葉は要領を得ない。

助けてくれた感謝と、仲間を殺した恨み、先刻屋敷で起こった事、様々な感情がないまぜになり、エリザの頭を渦巻いているのだ。

元々表現能力の豊かではないエリザにとって、その言語化は容易ではない。

それでもリョウマは待った。

沈黙が二人を包む中、エリザの口がようやく開かれる。


「……助けてくれてありがとう」

「おう」

「でもッ! みんなを殺したのは許せない!」

「だろうね」


エリザは頭に思いつくまま、リョウマに感情をぶつける。

短く、ぶっきらぼうに返すリョウマの言葉はエリザの感情を吐き出させた。


「みんなを助けたかった!」

「仇を討ちたかった!」

「でも私には出来なかった!」

「それをあなたがやってしまった」

「助けて欲しかった」

「見捨てて……欲しかった……」

「……一人は……やだ……」


いつしか、エリザはボロボロと大粒の涙を流していた。

エリザの足元に落ちた涙が、乾いた地面を模様を作る。

元は端正な顔立ちのエリザだが、今は見るに堪えぬ酷い泣き顔である。

不憫に思ったリョウマは編み笠をエリザの頭に載せた。

その瞬間、あふれる涙。


「うわぁあああああああんッ!!」


涙と共にこぼれそうだった感情が全て、溢れる。

エリザはリョウマに抱きつき、小さな拳でその胸を叩いた。

何度も何度も、そんなエリザをリョウマはなにもせず、ただ受け止める。

抱きしめてやることも、慰めることも、涙を拭いてやることもせず、ただそのままに。

エリザの泣き顔が、轟々と燃え盛る炎に照らされていた。




「……気が済んだかい」


どれくらいそうしていただろうか。エリザの嗚咽は収まっていた。


「うん」


屋敷も燃え落ちていた。

離れた一軒家など、燃え始めれば一瞬である。

エリザはリョウマに預けていた身体を、ゆっくりと離す。


「そうかい」


それだけ言って、リョウマはエリザに背を向ける。

もはや語る言葉などはない。

この子の仲間を、今度は本当に斬ったのだ。

恨み言も先刻うんざりするほど聞いた。

これ以上一緒にいても、互いに不幸にしかならないだろう。

そう思ったからだ。

しかしエリザは違う。

まだ感情の整理はつかず、思わずリョウマに声をかけた。


「あなたは……ッ!」


だが言葉が続かない。

元々内向的な性格だし、あんなことがあった後だ。

仲間も失い、住む場所も失い、そして目的も失った。

これからどうしていいのかわからないのだ。

目の前が暗くなるような……心細さにエリザは、すがるように声を絞る。


「あなたはこれから、どうするの……?」


自分に問いかけるべき言葉。

それをエリザは何故かリョウマに問いかけていた。

どうするべきか、その答えを聞きたかったからかもしれない。

リョウマは少し考えた後、その問いに答える。


「さぁてね。風の向くまま気の向くままさ」


リョウマの適当な答えに、途方に暮れていたエリザの視界が開けた気がした。

今までだってそうだ。考えても答え何て出なかったではないか。


「……じゃあ私も」

「ん」

「私も、そうする!」

「そりゃいい。自分のしたいようにしねぇ」

「うん!」


暗く沈んでいたエリザの顔が初めて明るくなったのを見て、リョウマも微笑を浮かべた。

エリザはそれを見て目を丸くする。

仏頂面で何を考えているのかわからぬニンゲン、だと思っていた。

こんな風に笑うのか。

この人は、そこまで怖いニンゲンではないのでは、と思った。


「あなたの、名前は?」

「リョウマだ」

「そう……私はエリザ!」


満面の笑みを浮かべると、エリザはリョウマの元へと駆け寄る。

そして付き従うように、その後ろを歩き始めた。


「お、おいおい。何でついて来るんでぇ?」

「私は私の行きたい方へ行ってるだけですから」

「~~~~」


リョウマは思わず頭を抱える。

参った。また懐かれてしまった。

どうも自分は魔物と相性がいいらしい。

こちらにそんな気は毛頭ないのだが……エリザはいつの間にかリョウマの縞外套を掴んでいた。

エリザの顔は、「何を言っても無駄ですよ」と語っていた。


「……好きにしねぇ」

「そうします!」


長い夜は終わった。

昇りかけた朝日を拝みながら、リョウマは帰途へつくのだった。

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