小人と魔物使いと冒険者②
「何だねキミは?」
「いやぁ参ったね。驚いた」
魔物使いの問いを、リョウマは大きな声で遮る。
まるで貴様と交わす言葉はない、とでも言うように。
「一晩の宿を求めてこの家を訪ねてみたはいいものの屋敷は魔物の巣窟……慌てて中に探しに来て見りゃあ、なんと魔物に人間が襲われているってなもんだ」
リョウマはエリザと魔物使いを交互に見やる。
エリザは絶望に目を伏せた。
(そうだ、この人はニンゲンなんだ。ニンゲンはニンゲンの味方をするに決まっている)
殺さなかったのだって、食べ物をくれたのだって、ただの気まぐれに違いない。
気分で逃がした虫を他の人が殺そうとしてたって止めないだろう。
人は人、魔物は魔物、どう考えたって同族の味方をするものだ。
エリザ自身だってそうする。だれだってそうだ。
万事休す、覚悟を決めるエリザの耳に聞こえたのは、信じがたい言葉だった。
「魔物の頭目はてめぇか? 豚鬼さんよ」
「ぶきっ!?」
思わず変な声を上げる魔物使いにリョウマの刀――――凩は向けられていた。
「なっ!? だれがオークだ失礼なっ! 魔物はあの小人、フェアリル共だ!」
「見えねぇな。どう見てもあんたの方が魔物顔だぜ?」
「人を見かけで判断するなと教わらなかったのかね? ったく、今は聞き分けのない魔物を調教中だ。邪魔をするなら……」
ふと、魔物使いが気付く。
どうやって入ってきたのだこの男は。
屋敷の門番は小間使いだが、無理やり入ろうとすれば笛が鳴らし番の魔物が集まってくるはず。
そういえば先刻、かすかにではあるが笛の音が聞こえた。
屋敷の警護をしている選りすぐりの魔物が10体以上、こいつに襲い掛かったはずだ。
(なのに何故……ッ!?)
リョウマの手に握られた刀は血濡れで、たなびく縞外套には返り血を浴びていた。
道中、魔物を斬って来たのは明らかである。
あれだけの魔物を……全て……?
ゴーレムとの戦闘は見ていて手練れだとは思ったが、ここまでだというのか。
(……こいつを敵に回すのは厄介かもしれないな)
数多の魔物と対峙してきた魔物使いのカンがそう言っていた。
所詮、この男は銅等級。銀等級である自分の敵ではない……が、わざわざ戦う必要もない。
何よりこれ以上家で暴れられては困る。
穏便に済ませてやるか、と魔物使いは内心溜息を吐く。
「……今からこの魔物を躾けるところなんだ。入ってきたのはまぁ……後の話にしよう。とにかく今は出て行ってくれ。キミには関係のないだろう?」
「関係ない、ね。確かにそうかもしれねぇ」
リョウマは魔物使いに一歩近づく。
その目は言葉に反して「関係ない」とは言っていなかった。
「その子は同じ釜の飯を食った仲間でね。見過ごせねぇんだわ」
「仲間……だと? 魔物が仲間とは笑わせてくれる」
「おいおい、自分は家族だっていってたじゃあねぇかよ?」
「あぁ家族だとも。私を命を懸けて守り、何も言わずとも身の回りの世話を全てしてくれる……これが家族でなくて何というのですかな!?」
「…………」
魔物使いの言葉にリョウマは目を細める。
この男は家族に対してそう言った気持ちしか感じていないのだ。
感謝も、情もなく只々便利で使い勝手のいい駒、としか。
「やはり、テメェみたいなのは好かねぇな」
「そうですか。私も嫌いですよ。あなたのような愚か者はッ!」
先手必勝とばかりに鞭を振り上げた魔物使いだったが、既にリョウマはその懐に潜り込んでいた。
――――後の先。
打ち込もうとする相手の動きを先読みし、振りかぶった隙を突いたのだ。
大きな実力差がないとできない芸当である。
そして一閃、振り抜かれた刃は魔物使いの鞭を寸断してしまった。
振り下ろされるはずだった鞭はバラバラと魔物使いの足元へ落ちる。
「な……ッ!?」
「遅いぜ、先輩」
驚愕の表情を浮かべる魔物使いの顔にリョウマの拳が叩きつける。
何度もバウンドし、転がっていく魔物使いをエリザはぽかんとした顔で見ていた。
「あ、あの……」
「おぅ、また会ったな。ちびっこ」
「何故、こんなところに……?」
「月がきれいだったから、散歩がてらにな」
今日は月が出ていないはずである。
それを抜きにしてもあまりに適当な理由に、エリザは思わず吹き出した。
「ぷっ、何それ」
「はン」
照れ隠しだろうか、編み笠を被り直すとリョウマはエリザに手を差し伸べる。
「おら、とっとと出るぞ」
「あ……でもみんなが……」
エリザの視線の先、小人たちが虚ろな目で二人を見ていた。
リョウマはそれを見て眉を顰める。
(阿片の類……しかも深いな)
リョウマの故郷にも似たものはあった。
鎮痛剤にも使われていたが、脳の働きを鈍らせ廃人を生んでしまう事から硬く使用を制限されていた薬である。
知識はないリョウマではあるが、薬で壊れ再起不能となった者は見た事がある。
小人たちの様子も同様の末期症状……治療不可能なレベルまで進んでいるのだけはわかった。
リョウマはすがる様なエリザに、首を横に振る。
「やめておくのを勧めておくぜ」
「でも……」
「無論、止めやしねぇ。だが俺は関係ないからな。全部お前が面倒みるんだぜ」
「……うんっ!」
リョウマの言葉にぱあっとエリザの顔が明るくなる。
呆けた仲間たちの手を引き、外へ出るよう懸命に促している。
その甲斐あってか小人たちの足はエリザの方へ向いていた。
「とにかく外へ……」
「おっと、そうはいきませんねぇ」
よろめきながら、顔の腫れた魔物使いが近づいてくる。
その周りにはいつの間に檻から出したのだろうか、魔物たちが固めていた。
エリザがここに来る時に見た魔物たち……千本の毒足を持つサウザンドワーム、歪なほどに発達した筋肉を持つトロール、鋭い牙に炎まで吐くヘルハウンド、そして巨体に加え武器を操る牛頭ミノタウロス。
いずれもこの辺りでは目にかかれない高レベルの魔物たち、魔物使いのお気に入りである。
吹き飛ばされた魔物使いはリョウマらが話している隙に、鍵を開けて回ったのだ。
「くふふ、先刻は油断しましたが、これだけの魔物を相手にしてどうにかできると思いますか? 私を怒らせた罪、その命をもって償ってもらいましょうか」
勝ち誇る魔物使いに、しかしリョウマは冷めた目を返す。
だから、なんだと。憐れむようにため息を吐く。
それが余計に魔物使いをいらだたせた。
「~~~~ッ! 行けっ! 奴を殺すのだ!」
「ブオオオオオオオ!!」
魔物使いの号令で魔物たちが襲いかかって来た。
リョウマはそれを一瞥し、凩を抜く。
まず飛びかかって来たのはサウザンドワーム。
片方数百本、全てが猛毒に彩られた一撃である。
いずれか一撃がリョウマを捉えればそれで終わり――――だがそう甘くいくはずもない。
既に振るわれた刃はサウザンドワームの半身を切り裂いていた。
慌てて振り上げたもう半身も、返す刀でばっさりと。
青色の体液をまき散らしながらサウザンドワームは地面をのたうち回る。
その上に着地したリョウマを狙うべく、トロールが体当たりを仕掛けてきた。
巨大な岩石を思わせる突進だが、その身体は岩石ではなく普通の生肉だ。
なれば斬れぬ道理もない。
トロールの背に跳び乗ったリョウマはそのすがら、首元に斬撃を加えていた。
動脈を深く裂かれ、吹き出す鮮血。
リョウマがその背から跳んだ時、トロールは石床に倒れ伏していた。
そのままヘルハウンドヘ斬りかかるリョウマ。
やらすまじとヘルハウンドが炎を吐き、それを縞外套で受ける。
炎耐性を持つ縞外套は炎を散らし、当然リョウマにもダメージはない。
ならばと噛みつこうとしたヘルハウンドだったが、縞外套の向こうにリョウマの姿はすでになかった。
ヘルハウンドの頭上高く跳び上がっていたのである。
そしてそれをヘルハウンドが気付くことはなかった。
瞬斬、振り下ろされた刃はヘルハウンドの首三つ、まとめて落していた。
「ブルルォォォォォ!!」
一方的な殺戮に飲まれそうになるのを堪えるようにして、声を上げるミノタウロス。
戦斧を携えリョウマに斬りかかるも実力差は圧倒的だった。
叩きつけた戦斧は床を砕くも、リョウマにはかすりもせず。
腕一本、気づけば腱を斬られていた。
しかし怯まず、ミノタウロスは残った腕でリョウマを羽交い絞めにする。
が、力が入らない。
奇妙に思うタラウスだったが、その答えにすぐ気づく。
羽交い絞めにした瞬間、既に腹を貫かれていたのだ。
リョウマが凩を引き抜くと、鮮血と共に臓腑がまき散らされる。
凩を軽く振るうと、魔物たちの入り混じった血が床に美しい弧を描いた。
「さて」
「ひっ……!?」
リョウマの冷たい視線を受け、怯え震える魔物使い。
あっという間の瞬殺劇。魔物使いは声を上げる暇などなかった。
何が銅等級だ。銀……いや、下手をしたら金等級、英雄レベルではないか。
とてもではないが自分の敵う相手ではない。
(いや、待て! そうだ。こいつは小人を助けに来た……ならば)
生き残るべく必死に知恵を絞った魔物使いが、起死回生の一手を思いつく。
「小人共! その娘を捕らえろ!」
エリザに連れられ外へ行こうとする小人たちは、魔物使いの命令を聞くやすぐさまエリザに襲いかかるのだった。




