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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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小人と魔物使いと冒険者①

 ――――数日後、エリザは魔物使いの屋敷を見つけた。

 確かにリョウマの言う通り、屋敷には仲間の小人族が捕らえられているようだ。

 何度か出入りするのを見たのである。


「でも、ちゃんと助け出せるかしら……」


 屋敷は高い塀で覆われ、中には魔物が放し飼いにされている。

 玄関こそニンゲンが番をしているものの、他の勝手口や裏口は全て屈強な魔物が交代で番をしていた。

 侵入は困難、仲間を連れての脱出はもっと、である。


「もう少し、中の様子がわかればなぁ」


 遠くから監視するのが精一杯で、エリザは近づくことも出来なかった。

 これじゃあいつまで経っても皆を助けるなど出来はしないだろう。

 落胆するエリザだったが、全くの無策というわけでもない。


「あ、ちょうどいい風……!」


 エリザは精神を集中させ、舞う木の葉に意識を乗せる。

 木の葉は屋敷の窓から部屋を抜け、廊下を通り、階段を下り、そこから東、壁に当たり地面に落ちた。

 すぐさま紙を取り出したエリザは、そこへ何やら書き込んでいく。

 紙に描かれているのは屋敷の見取り図。


 エリザが行なっていたのは屋敷のマッピングである。

 屋敷へ舞い込んだ木の葉の動く方向をある程度魔力で制御し、その触れる感覚で壁の位置を把握していたのだ。

 気の遠くなるような作業、だがある程度屋敷の見取り図が完成していた。


「一階は小部屋が殆どだから檻を入れてるスペースは多分ない。二階の大部屋かもしれないけど、人の出入りがなさすぎるから違う……となると、地下かな」


 エリザは各部屋に木の葉を隠している。

 そのうちの一枚、一階の小部屋に忍ばせた木の葉が、時折風もないのに大きく揺れていた。

 不自然な風の流れ……地下室の可能性は大いにある。


 だがこればかりは侵入して見ないとわからない。

 とはいえこれ以上時間をかけると、仲間たちが……


「行くしかない、よね」


 決行は今夜、エリザはそう覚悟を決めた。

 屋敷を見渡せる大木にて待機する。


 日は暮れ、月が顔を覗かせ始めた。

 まだ、早い。

 屋敷の明かりが消え始める。

 まだ、早い。

 もう少しだけ待つ。住民が寝静まったのを見計らい、エリザは跳んだ。


 ふわりと浮かんだまま、エリザは夜空を滑空する。

 その手に持つのは大きなフキの葉だ。

 強度を上げ、風をよく受けるよう操作したフキの葉は容易にエリザを屋敷まで運んだ。


「よいしょ……っと」


 ベランダへと辿り着いたエリザは、足に纏った木の葉で音もなく着地し、窓へと手をかける。

 昼のうちに鍵穴へ仕込んでおいた枝を引き抜くと、鍵が外れた。

 中に人がいないのを確認し、窓を開け中に入る。


(侵入 成功……)


 月明かりもない夜だが、ずっと外にいたため目は慣れている。

 廊下を渡り、まっすぐに階段を降りたエリザは一階へ辿り着く。

 部屋には高価そうな調度品が並び、中央には大きな絨毯が敷かれていた。


(この部屋だ、間違いない!)


 絨毯を剥ぎ取ると……あった。

 地下室への階段である。

 息を殺し、階段を降りて行くエリザ。

 足音を殺していても軽く響く音に怯えながらも、仲間を助けるため、勇気を振り絞る。

 階段を降りたそこは、石畳の敷き詰められた空間が広がっていた。

 かなり広い……そしてエリザの予想は見事に当たっていた。

 地下室には檻に囚われた魔物が多種、存在していた。


「グルォウ! ガオゥ!」

「ギャウ! ギャァァァァァウッ!!」


 エリザに気づいた魔物たちは怯えるように檻の隅へと逃げ出した。

 ここらでは見ないような、かなり強そうな魔物までもである。

 あまり声を出されるとまずい。人差し指を立て「静かに」とジェスチャーするも、魔物たちは震え怯えるばかりだ。


(あの魔物使い……そこまで恐れる相手だって言うの……?)


 冷や汗を垂らすエリザだが、立ち止まってもいられない。

 足早に奥へと進んで行く。

 道中に見た魔物はいずれも怯え竦むものたちばかり。

 拍子抜けするほどあっさり進めてはいるが、その分仲間たちが無事かどうかが気にかかった。


(無事でいて……みんな……!)


 祈りながら走るエリザの目に飛び込んできたのは、大きな檻である。

 中にいるのは見知った姿……仲間たちだ。

 目立った外傷はなく、皆、生きている。

 それを見たエリザは、へなへなと崩れ落ちた。


「よかったぁ……!」


 ふにゃついている暇などない。

 エリザは起き上がり、仲間へと声をかけた。


「みんなお待たせ、助けに来たよ」

「…………」


 だが小人たちはエリザの言葉に答えない。

 ぶつぶつと、何か独り言を言っているようだった。

 不思議に思いながらも何らかのショックを受けているのだろうと考えたエリザは、ゴーレム人形を檻の中へと放り投げた。


「今、出してあげるね」


 エリザが魔力を注ぎ込むとゴーレムは巨大化し、そのまま檻を破壊した。


「いいよ! 早く!」


 その箇所からエリザは皆に逃げるよう促す。

 だが、誰一人として動こうとしない。


「ちょっと、どうしたの? 早く逃げなきゃ!」

「…………」

「ガイアス! ルリア! ヴィストンさん! キャナリーさん!」

「…………」

「みんな……みんな、どうしちゃったのよっ!?」


 呼びかけるのに必死でエリザは気づかない。

 そのすぐ後ろに忍び寄る影に。

 影はエリザの背後に立つと、おもむろに声をかけた。


「無駄ですよ。お嬢さん」


 振り返りエリザが見たのは、魔物使いだった。


「……ッ! ゴーレムッ!」

「――――!」


 飛び退き身構えるエリザの前に立つゴーレム。

 だが魔物使いは動じる様子はない。


「ゴーレムね……中々手こずらせてくれましたが、今となってはどうということはない相手です。何せ見えている本体を押さえればいいだけの話ですから」

「何を言って……?」

「――――行け」


 魔物使いの言葉に応じるように、小人たちは檻から出てエリザにのしかかり始める。

 手を、髪を、足を、十数人に押さえられ、エリザはあっという間に動けなくなってしまった。


「みんな! やめて! 離してよッ!」

「…………」


 彼らはやはり無言。

 その生気のない目に、エリザは竦んだ。

 少なくとも仲間に向ける目ではない。

 自分の見知った仲間の目では……


「ニンゲン! みんなに何をしたの!?」

「単なる調教ですよ」


 魔物使いが鞭をしならせると、全員が魔物使いの方を注目した。

 まさしく操り人形が如く。完全に魔物使いに操られているようにエリザは感じた。


「魔物も動物も同じ、飴と鞭で上下関係をしっっっかりとその心の刻み付ければ、ちゃんという事を聞くようになるものです」


 魔物使いは説明を省いたが、他にも使ったものがある。

 それはいわゆる麻薬。

 強い幻覚作用と中毒性を持つこの薬は、小人たちの未熟な脳を容易く破壊し、魔物使いを新たな主として認めたのだ。

 彼らが慕っていた長老を目の前で無残に殺したのも大きい。

 強いショックはより、薬の作用を深める。


「なんて……何てことを……!」

「まぁ口まで利けなくなったのは誤算でしたがね。これでは芸の幅が狭まってしまいますよ」

「私たちに何の恨みがあって、こんな事をしたのッ!? 答えなさいよ!」

「恨み……? 恨みですか? ふむ」


 エリザの問いに魔物使いは、顎に手を当て考え始める。


「そのようなものはありません。ただ単に金の為にです。知っていますか? あなた方はとても珍しい種族だ。とてもお金になるのですよ」

「金……? そんなもののために、私たちを……!?」

「何をおっしゃるやら。普通の冒険者なら理由なく殺して終わりなところを、私は生かしてあげているのですよ。感謝されこそすれ、恨まれる言われはありません」


 心底不思議、とでも言いたそうな魔物使いの顔がエリザの怒りを燃え上がらせた。

 心を壊され、仇の操り人形のようにされるなんて……こんなもの、殺す以下ではないか。


「許せない……! 許せない……ッ!」

「はは、そこのお嬢さんも同じことを言っていましたよ」


 魔物使いが顎で指したのはエリザを押さえつける女性だ。

 彼女はエリザが姉のように慕っていた女性。

 いつも花のように笑い、、皆の人気者だった。

 しかしそんな彼女の面影はもはやない。

 虚ろな目でエリザを見下ろすのみだ。


「さて、もういいですかな?」


 魔物使いが取り出した注射器に、エリザはえも言えぬ恐怖を抱いた。

 あれが皆の思考を奪ったに違いない。


(私も同じにされちゃうんだ……!)


 何も言えない人形みたいに、それも仲間の仇に。

 身体は仲間に押さえられ、動かせない。

 ゴーレムも仲間を傷つけてしまうと思うと……ダメだ。

 ただでさえ臆病な性格のエリザだ。仲間を攻撃するような気には全くなれなかった。

 万事休す。とめどなく溢れる涙を気にする素振りすらなく、魔物使いはエリザの細腕に針を突き立てる。

 そして――――


「いよう」


 背後からの声に、魔物使いの手が止まる。

 声の主は異国姿の冒険者――――リョウマであった。


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