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木枯らしリョウマはぐれ旅  作者: 謙虚なサークル
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小人と冒険者②

 山道を降りたリョウマは街へと帰り、ギルドへと依頼完了の報告に来ていた。


「あらお帰りなさい。リョウマさん」


 ギルドの玄関に植えられていた花に水をやっていた受付嬢に出迎えられる。

 相変わらずの無表情だが、そんな受付嬢がリョウマにあの紹介状を書いたのだ。

 腕は確かで? すぐにでも銀に上り詰めると?

 リョウマは内容を思い出し、むずがゆくなる思いだった。


「どうしたのですか? 私の顔に何かついています?」

「いやぁ何も? 綺麗なお目めと可愛いお口がついてるくらいさ」

「……そういう軽口、似合いませんよ」


 受付嬢の声には、明らかに不機嫌さが混じっていた。

 しまったなとリョウマは舌を打つ。

 どうにも女心ってやつはわからねぇ、と。

 女心は秋空が如し、とはよく言ったものだと思った。


「それで、依頼は終わったのですか?」

「まぁなんとかな」


 そう言ってリョウマは破壊したゴーレムの破片を受付嬢に手渡す。


「確認いたします。少々お待ちください」


 ギルドへと入っていく受付嬢。

 カウンターでしばし待たされたリョウマは、受付嬢から報奨金を受け取る。


「お待たせしました。討伐、確認しました。おつかれさまです」

「ありがとさん」

「……おや、もうお帰りですか?」


 金額を改め、すぐに帰ろうとするリョウマを受付嬢は呼び止める。

 普段であればしばらく新しい依頼があるか、掲示板を眺めて帰るのだがどうかしたのだろうか。

 と、疑問に思っただけなのだが、それを見ていた者がいた。

 槍使い、ドレントである。


「よぉ受付嬢さん。そんなに異国のが気になるのかい?」

「ど、ドレントさん。別に、私は……」

「へへ、珍しくどもっちまって、可愛いじゃねーの」


 からかわれているのに気づいたのか、受付嬢はニヤニヤ笑うドレントを冷たい目で見据える。

 吹雪舞う氷山が如き、視線。

 そのあまりの冷たさに、からかった事を即座に後悔するドレントであった。


「……なんなんだ、あいつらは」


 無視してギルドを出たリョウマの耳に、彼らの騒ぎ声が未だ届いていた。

 それにしてもあの二人、妙に自分に突っかかってくるのはなぜだろうか。

 どうにもリョウマには不思議だった。


「さて、どうしたもんか」


 先日の少女に狙われている身としては、さっさとケリをつけたいものだ。

 帰りがてらに仕掛けてくれば楽だったのだが、幸か不幸か結局街まで無事辿り着いてしまった。

 あまり人通りの少ないところを通りたくはないし、かといって畑仕事をしながら待とうにも、あの老人を守りながら戦うのはしんどい相手だ。


「どちらにしろ、向こうから来るのを待つしかないかねぇ……ん?」


 ふとリョウマの目に、魔物使いの姿が映る。

 あの男、戻ってきてたのか。

 ぼんやり考えるリョウマだったが、彼の引く檻車の中に子供の姿を見つけた。

 緑色の髪、肌を持った子供……リョウマを襲った少女と恐らく同じ種族。


「おい、魔物使い!」


 リョウマは思わず駆け出し、声をかけていた。


「何ですかな?」

「その子供について聞きたい事がある」

「お教えするような事は何もありませんな。それでは」


 取りつく島もなく立ち去ろうとする魔物使いの前に、リョウマは回り込む。

 はいそうですかと引くくらいなら最初から声をかけてない。


「……あなたは一体、なんなんですかな? 私は忙しいのですが」

「その子供をどうしようってんだい?」

「子供? これは魔物ですよ。小人族というのです。面白いでしょう? これでも大人なのですよ」


 見れば檻には十人以上の小人たちが捕らわれている。

 その時、リョウマの思考が繋がった。

 ゴーレムを倒した時に付いてきていたのはこいつだったのだ。

 小人を捕えるため、その邪魔となるゴーレムを誰かが倒すのを待っていたのだ。

 その為にあの村へ足を運んでいたのである。


 魔物使いはまんまと小人たちを捕え、一人だけ難を逃れたあの少女がリョウマの仕業だと勘違いし命を狙ってきたのだろう。


「では、急いでいるので……おい、行け」


 小間使いはリョウマに頭を下げ、檻車をまた引き始める。

 それ以上リョウマが口を出すことは出来なかった。

 何せここは往来、それに魔物使いは別段「悪い事」をしているわけでもない。

 騒ぎを起こした場合、どちらが悪者にされるかは言うまでもない。

 リョウマは魔物使いを見送るしかなかった。


「くそ、胸糞のわりぃ」


 宿に帰ったリョウマは荷物を放り投げ、ベッドへ腰を下ろす。

 魔物使いの奴、あの小人を他の魔物と同じように扱うつもりだろうか。

 鞭で殴り、剣で斬りつけ……見た目は殆ど人間。しかも子供である小人たちに。

 だがそれでも、自分には関係のない事だ。関係ない、そのはずである。

 そう自分に言い聞かせ、リョウマは無理やりに目を瞑る。


 ――――夜、小さな影が宿へ侵入していた。

 エリザである。

 廊下を歩くも木が軋む音はなく、だれも目を覚ます様子はない。

 足元に纏わせた木の葉を操ってわずかに浮く事で音を消しているのだ。

 小さな身体、そして高度な魔力操作が出来るからこそ可能な技である。


(ここね)


 エリザはリョウマの部屋の前で立ち止まる。

 昼間のうちにリョウマの行動を探っておいたのだ。

 彼のいる宿を、部屋を突き止め、夜確実に殺すため、である。

 人の多く住む街故、遠くから、しかも隠れながらの追跡であったがどうにかエリザは目的を達した。


(やっと、殺せる……!)


 ドアノブに手をかけるエリザの動きが止まる。

 気づけば手は震えていた。

 もう一方の手で震える手を押さえ、ゆっくりと扉を開けていく。


 ベッドに見つけた膨らみは、あのニンゲンに相違ない。

 手にしたナイフを強く、強く握りしめ、思い切り振り下ろす――――


「やっぱり来たか」

「ッ!?」


 後ろから聞こえる声にエリザの身体はびくんと震える。

 振り返りエリザが見たのは、壁にもたれかかったリョウマの姿。


「あ、あなた……! 気づいていたの!?」

「あれだけ殺気を放たれちゃあね。気づくなって方が無理ってもんだ」

「くッ!」


 やぶれかぶれでナイフを構え、突進してくるエリザ。

 リョウマにとっては何ら脅威足りえない攻撃。

 軽くいなすと、なお暴れようとするエリザを押えつけて縄で縛りあげてしまった。


「くそっ! 殺してやる! 絶対殺してやるッ!」

「物騒だねぇ……ちょっとだまりな」

「んぐ~っ! むぐ~っ!」


 エリザの口を押さえつけると、リョウマは猿轡を噛ませる。

 ここで騒ぎを起こせば大変だ。

 エリザをひょいと抱え上げ、宿の外へ出ていく。


(人気のないところで殺すつもりなんだ)


 そう悟ったエリザの目が涙で滲む。

 自身の弱さに、無力さに、そして無念さに。


(私は殺されるんだ。みんなの仇を討てぬまま……ごめん、みんな……)


 街の外へと出たリョウマは、エリザの猿轡を外した。

 縄はそのままで、転がされる。


「こいつは借りるぜ」


 リョウマはそう言ってエリザからナイフを取り上げると、くるくると手で弄ぶ。

 あぁ、これで私は殺されるんだ……

 死を覚悟し目を瞑るエリザ。……だがいつまで経ってもナイフが自身の身体に食い込む事はない。


「……?」


 不思議に思い目を開けると、何とリョウマはそのナイフで野菜を、肉を刻んでいた。

 それを手鍋に入れて炒め始める。

 エリザの頭は突然の事態についていけない。


「何を……してるのよ……?」

「腹が減ったからな。夜食を作ってるんだ」


 聞きたかったのは当然、そんな答えではない。

 だがリョウマに真面目に答える気はなさそうだ。

 縄で体を縛られたエリザには、それを見ている他なかった。


「ごま油で風味をつけて、ニラも入れちまう。あとはぐちゃぐちゃっと炒めて卵を入れて……完成だ」


 リョウマが作ったのは焼き飯だ。

 熱々のそれを皿によそい、おもむろに食べ始めた。


「ん、美味い! いい味だ」


 心底美味そうに食べるリョウマに、エリザは釘付けだった。

 無論、腹が減っているからである。

 そういえば昨日の朝から何も食べていないのを思い出した。

 途端、ぐるぐると鳴る腹の音。


(情けない……!)


 仇を前にして無様に腹を鳴らす自分が憎くて仕方なかった。

 押さえようと頭で腹を殴りつけるが、そんなもので止むようなものではない。

 その情けなさ、惨めさに、気づけばまたエリザは涙を流していた。


「……あー食った食った、これ以上は食えねぇな」


 リョウマは態とらしく呟くと、エリザの前に焼き飯がたっぷり入った皿を寄越してきた。

 香ばしい香りがエリザを包む。

 気づけばエリザの口元から、たらりと涎がこぼれ落ちていた。


「……ッ!」


 だがエリザとて、易々と仇に懐柔されるつもりはない。

 ない、のだが。

 その心は激しく揺さぶられていた。


「んじゃ寝るわ」


 エリザの動揺を知ってか知らずか、リョウマはそう言うと横になり、すぐに寝息を立て始めた。


(寝たふり……いや、完全に眠っている……!)


 食べるべきか、食べざるべきか…数秒間の葛藤の後、天秤はあっさりと食べる方へと傾いた。

 かぶりつく様にしてリョウマの作った焼き飯を食べるエリザ。

 焼きたてのご飯はすごく熱い。

 本来は猫舌のエリザだったが、空腹の方が遥かに勝っていたようだ。

 はふはふと口の中を冷ましながら喉に押し込んでいく。


「……はふぅ」


 至福の吐息がエリザの口から漏れた。

 こんな美味いものは初めてだ。

 空腹である事を差し引いても、エリザが今まで食べた中で圧倒的に美味い。

 至福の余韻に、しばし浸る。


「こいつは寝言だが」


 リョウマが向こうを向いたまま、そう呟いた。

 一瞬驚いたエリザだったが、そのまま聞いてみる事にした。

 どうにもこの男、仇というには様子がおかしい。


「俺はお前らの仲間を見た」

「! ど、どこで!?」


 寝言、とのリョウマの前振りを無視し、食いつくエリザ。

 リョウマはそのまま続ける。


「デブの魔物使いだ。奴が俺の後をつけ、村へ攻め入ったのだろうよ。昼間にお前の仲間を連れ歩いていたぜ」

「……!」


 それを聞き、エリザは息を飲む。

 リョウマが仇ではなかったこともそうだが、仲間たちがまだ生きているという事実。

 今まで沈んでいたエリザの目に、光が宿る。


「本当か!? 本当なんだな!?」

「……むにゃむにゃ」


 そういえばこの男、寝言とか言っていたか。

 あまりにもわざとらしい寝たふりに思わず吹き出すと、エリザは足元の石ころを操作し縄を断ち切った。


「――――ありがとう」


 そして寝たままのリョウマに、ぺこりと頭を下げる。

 自由となったエリザは、晴れ晴れとした顔でその場を立ち去るのだった。


「……危ういな」


 ゴロンと寝返りを打ち、街へ行くエリザを見送りながらリョウマは呟く。

 あの少女、魔法使いとしては悪くないが如何せん性格が戦闘向きでなさすぎる。

 恐らく魔物使いにはかなわぬだろう。

 無論、自分とは関係のない事である……が。


「やれやれ」


 リョウマは立ち上がりため息を吐くと、宿とは反対の方へ足を向けるのだった。




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