小人と冒険者①
「……あ、寝ちゃってた」
まだ眠い目を擦りながら、エリザは立ち上がる。
空を見上げると日が傾き始めていた。
明らかに寝すぎである。
慌ててゴーレム人形を抱え、村へと走るエリザ。
「……でも、おかしいな」
子供たちが迷ったり、時間を忘れて帰らなかったりしたら、毎度大人たちが血相を変えて探しに来たものだ。
それが何故、今回は探しに来なかったのだろう。
最初はただ不思議に思っていたエリザだったが、疑問は次第に不安に、そして焦りに変わっていく。
先刻のリョウマとの戦いを思い出す。
もしかしてあのニンゲン、帰ったふりして私たちを追い、村を見つけて襲ったのではないか。
小走りだったエリザは、ついには駆け出した。
――――お願い、無事でいて、みんな。
そう祈りながら。
(この林を抜ければ村だ……!)
木々の間を駆け抜け、丘の上に辿り着く。
切らせた息を整えながら、エリザが見下ろすのは……既に廃墟と化した村であった。
「み、んな……?」
抱えていたゴーレム人形がエリザの手元から滑り落ちる。
慌てて拾い直し、坂を駆け下りるエリザ。
「みんなーっ! どこにいるのーっ!」
懸命に声を上げるが答えは返ってこない。
未だ死体の一つすら見えないのは、彼女にとって幸か不幸か。
「……ッ!?」
エリザの視界に何か、不可解なものが映る。
不可解……そうとしか言いようがない、物体。
元は人間だったであろうそれは、手足を千切られ、胴体だけとなっていた。
更に爪も一枚一枚丁寧にはがされ、身体には無数の傷が刻まれている。
傷跡からは臓腑が引きずり出されていた。
恐怖に怯えたまま固まった死顔の主は――――長老である。
「こんな……こんな事って……」
エリザは膝から崩れ落ちた。
ぼろぼろと、とめどなく溢れてくる涙。
何と無残な事をするのだろうか。
やはり自分は甘かった。長老の言ったことが正しかったのだ。
ニンゲンは外道で、悪魔で、鬼畜で、下劣で……
「許せない……」
噛みしめた唇から、つうと赤い筋が垂れる。
エリザは魔法の才能こそあれ、気弱で大人しすぎるとよく言われていた。
自分自身もそうだと思っていた。
自分で戦うのは怖い……だからゴーレムに戦わせていたのである。
そんなエリザの、はじめての殺意。
「あの男……殺してやる……っ!」
エルザの目に、復讐の炎が燃え上がっていた。
一方、リョウマはゴーレムを倒した報告に、村を訪れていた。
そこで待ち構えていたのは数日間に渡る大歓迎。
これで往来が平和になると、村人たちは涙を流し喜んでいた。
そんな中、リョウマはちびちびと酒を飲むだけであったが。
ともあれずっと居座るわけにもいかない。リョウマは街へ帰ることにした。
「本当にお世話になりました! 何とお礼を言っていいか……」
「いや、仕事をしただけさね。そうまで気を遣わんでくれよ」
「是非、またお立ち寄りを……」
「気が向いたらな」
リョウマが立ち去るのを、村人たちは全員で、その姿が見えなくなるまで見送っていた。
彼らの過剰な感謝にため息を吐きながらも、リョウマはふと疑問に思う。
(そういえば魔物使いのヤロウ、村にいなかったな)
もう帰ったのだろうか。あの口ぶりならもう少しいそうなものだったが。
まぁ自分には関係のない事……そう考えた時である。
(なんだ、またつけられている……?)
先日の輩だろうか?
そう思い気を巡らせると、対象は漲るほどの殺気を放ちながら、近づいて来る。
それに単独……先日の輩とは明らかに違った。
迎え撃つべくリョウマも立ち止まる。
一陣の風が吹き抜け、木の葉が舞い上がった。
「死ねっ!」
――――子供の声だ。
気づくと同時にリョウマの足元に大きな影が生まれる。
見上げたその先には巨石が浮かんでいた。
それが、墜つ。
「やった……!」
声の主はエリザである。
あの後、リョウマを探し村へと来ていたのだ。
流石にあれだけの村人たちがいる中で襲い掛かるわけにはいかず、一人になるのを待っていたのである。
そして訪れたチャンス、エリザは迷うことなく実行に移したのだ。
(やった……! ニンゲンを殺した……! 初めて……!)
乱れた呼吸を整えようと胸に手を当てる。
だが鼓動は収まるどころか、更に早く脈打つのみだ。
どくどく、どくどくと、早鐘を鳴らすように。
直接戦うことが苦手なエリザはゴーレムを使い、それでも殺すのは躊躇われ、今まで自分の手を汚したことがない。
殺意を持って人を殺したのは、生まれて初めてである。
その事実がエリザの正気を奪っていた。故に気付かぬ。背後に立つ人の気配に。
「――――まぁ、この程度で殺されるわけはねぇよな」
不意打ちとはいえ素人まるだしの一撃を喰らうようなリョウマではない。
咄嗟に躱し土煙に紛れ隙だらけのエリザの後ろへと潜り込んでいたのだ。
「……!」
首筋に当てられた凩から、赤い筋を垂れる。
青ざめるエリザにリョウマは続ける。
「ふーん、子供の魔法使いか。……一応聞くがどうして俺を狙った?」
「…………」
子供相手、というのは少々驚いたが、リョウマは自分を狙う相手であれば女子供、その両方を満たしていようと容赦するつもりは毛頭ない。
ただ普通の人間ではないようだ。緑色の髪に肌、人間に近いがどこか魔のニオイがする。
「答えないか。別に構わんがね……じゃあ死にな」
リョウマはエリザの返答を待つことなく、そのまま凩を滑らせ喉を掻っ切る……はずだった。
その時、エリザが決死の覚悟で噛みついてこなければ。
「……っ!?」
普段であればこの程度、軽く躱していたであろう。
だが子供相手という事もあり、油断していたリョウマはやすやすとエリザを捕えていた左腕を噛みつかれてしまった。
その隙に逃れるエリザは、憎き仇であるリョウマを睨み付ける。
「あなたが……あなたが村のみんなを殺したんでしょうッ! 許さない! 殺してやるッ!」
「はぁ? 何を言って……」
言いかけたリョウマだったが、エリザが抱える人形に気付く。
それは間違いなく、リョウマが斬ったゴーレムだった。
だが村のみんな、とはどういう意味だろうか。当然リョウマに覚えはない。
「殺してやる……どこまでも追いかけて、必ず殺してやる……!」
「お前、何か誤解を……」
言いかけたところで木の葉が舞い上がる。
それも尋常ではない量。木の葉はエリザを覆い隠してしまった。
しばらく続いた木の葉嵐は次第に収まり、エリザの姿は消えていた。
「気配もねぇ……か。逃げたな」
だが確実にまた来る。リョウマはそう確信していた。
あの殺意に満ちた目……すんなりと収まりがつくとは思えない。
「降りかかる火の粉は払う……が、どうにも妙な感じがしやがるぜ」
編み笠についた木の葉を払いながら、リョウマは山を下りるのだった。




