人形使いと冒険者②
めき、めき、めきと音を立て、ゴーレムは大きくなっていく。
ゴーレムの動力は小人たちに注がれる魔力だ。
そしてその中核をなすのがエリザである。
高い魔力を持つ小人族だが、エリザの魔力はまさに飛び抜けたものだった。
特に物体を操る「操魔術」の腕は特級品。
普通の小人族では小石や草花、長老ですら木を飛ばすのが精一杯であるが、エリザは自らの作り出したゴーレムを操る程の使い手である。
ゴーレムの力はすさまじく、更にダメージを受けても容易に修復が可能。
今まで小人族の村に近づく輩を排除し続け、守ってきた存在。
それがエリザのゴーレムなのである。
「でも相手は昨日の奴だよ!」
「ゴーレムの手首を落とした奴だよ!」
「もっともっと、強くしないと」
ゴーレムはさらに大きくなっていく。
ずずん、と土煙を上げゴーレムは一歩踏み出す。
その身体は先日の十尺よりさらに大きな十五尺。
小人族全員の魔力を得て、巨人は力強く吠える。
「――――-―――ッ!!」
びりびりと空気が戦慄き、爆ぜた葉が舞い散る中、ゴーレムは往く。
侵入者を、リョウマを排除するために――――
所変わって森の中。
リョウマはジュエ郎の指し示す方へ進んでいた。
「ぴー! ぴー!」
ジュエ郎の反応が強くなっていく。
追跡はどうやら順調なようだ。
「しかしまぁ、敵はゴーレムだけじゃなさそうだな」
辺りには子供の足跡が散見していた。
無論、こんな場所に子供がいるはずがない。
となれば魔物、それも人型が少数存在しているのだろう。
人型の魔物は手強いのが通説。
あのゴーレムもいると考えれば、簡単には行かないかもなとリョウマは思った。
「――――!!」
遠く、離れた場所で響く咆哮はリョウマの知ったものだった。
「ぴー! ぴー! ぎー!」
ジュエ郎が慌てて飛び跳ねる。
ゴーレムがこちらに近づいているようだ。
「へっ、返り討ちにしてやらぁ」
距離は1丁(約100メートル)、いやもう少しか。
迎え撃つべく出来るだけ木々の少ない場所へと駆ける。
木々が多ければ刀を満足に振り回せない。
すぐに御誂え向きの場所が見つかった。
よく目立つ巨石の上にて、リョウマは周囲を一瞥する。
「……よし」
見晴らしの良い高台、周囲は開かれており奇襲は不可能。
ここならばゴーレムとの戦闘に集中できる。
「いつでも来やがれ」
気を張り、構えるリョウマ。
漲る気に触れた小鳥がバサバサと飛び去る。
――――そして、静寂。
ゴーレムの足音すら消えたその刹那、風切り音がリョウマの耳を掠める。
咄嗟に身を屈めたリョウマの頭上をへし折られた大木が通り過ぎた。
眼前では両腕にそれぞれ大木を握ったゴーレムが走ってくるのが見える。
「へっ、二刀流ってか?」
面白い、とリョウマは笑みを浮かべる。
ゴーレムの振り下ろす一撃に合わせ、凩を抜いた。
吹き荒れるつむじ風。
風の刃に切り裂かれ、ゴーレムの持つ大木が二つに割れる。
拙い剣だ、とリョウマは呆れる。
リョウマの故郷に無双を誇った二刀の剣士がいた。
真似ようとした者は幾多もいたが、まともに使えた者はついぞ見た事がない。
こいつも同じ、ましてや魔物に熟練を要する二刀を使えるはずがない。
「…………!」
と、思った瞬間である。
ゴーレムは割れて宙に舞う大木の破片を投げつけて来たのだ。
だが所詮は苦し紛れ。
軽く躱そうとしたリョウマだったが、ふと違和感に気づく。
(足が、動かねぇ!?)
即座に足元を見やると、いつの間にか太い蔦が巻き付いていた。
逃れようとするがゴーレムの投げつけた木片が迫る。
避けきれない、そう判断したリョウマは直撃を防ぐべく外套をなびかせた。
「~~~~ッ!」
どすどすどす、と重い衝撃がリョウマを貫く。
だがダメージに身体を折っている余裕はない。
外套の隙間からは、ゴーレムがリョウマへとまっすぐ駆けてくるのが見えたからだ。
足を絡めとる蔦を凩で斬り落とし、そのままゴーレムへ刃を走らせる。
逆袈裟に振るう刃の軌跡はゴーレムの上半身を裂く……はずだった。
その軌跡の間に、突如大岩が飛んでこなければ。
「また……ッ!?」
いつの間に、一体どこから飛んできたのか全く気付かなかった。
ばっくりと割れた大岩の間から、ゴーレムの拳がリョウマのどてっぱらを貫く。
「か……はっ!?」
リョウマは苦悶の表情を浮かべ、受け身すら取る間もなく岩壁へ叩きつけられてしまった。
「やったよ!」
「ニンゲンめ! ざまーみろ!」
仕業の主は小人たちの魔法である。
蔦を急成長させリョウマの足を絡めとり、大岩を飛ばしてゴーレムを守った。
これが魔法を使うゴーレムの正体。
確かにゴーレムは強い。
だがそれ単体であれば所詮一体の魔物……数で押せばどうという事のない相手である。
見えないところから放たれる小人たちの放つ魔法の不気味さが、ゴーレムを難敵足らしめていた。
(少し、可哀想)
エリザは呟く。
ニンゲンは邪悪だ。けして容赦などしてはならぬ、とは長老の教えだが、大人しい性格のエリザにはそれがよくわからなかった。
そうまでしてニンゲンと戦わねばならぬのだろうか。
こちらが攻撃をするから、相手の憎しみも増すのでは、というのがエリザの考えである。
だがそんな事を言えるはずもない。
エリザはリョウマにとどめを刺すべく、ゴーレムに命じる。
――――「行け」と。
「げほっ! ごほっ、ごほっ!」
土煙の中、リョウマが立ち上がる。
思わず吐いた息には、赤いものが混じっていた。
とはいえ未だ戦意を漲らせる竜馬に、小人たちは驚愕する。
「あ、あいつ立ったよ!」
「血を吐いてるのに!」
「化け物だよ! 魔物だよ!」
しかしリョウマとて無事ではない。
何とか立ってはいるものの、膝は震え、血も止まらない。
満身創痍……小人たちもそうわかってはいたが、それでも立ち上がるリョウマが不気味で仕方なかった。
「で、でも流石にこれ以上は無理だよね」
「そうだよ。ニンゲンだって生き物だもの!」
「血を吐いたら死んじゃうよ」
囁き合う小人たちに突如、リョウマの殺意が向けられる。
「……こそこそしやがって、テメェらが本体かよ」
編み笠を上げたリョウマの視線が、小人たちを射抜いた。
焦った小人たちは青ざめ、互いに顔を見合わせる。
「あいつ! 僕たちに気付いてる!?」
「そんなはずはないよ! 馬鹿なニンゲンに見破られるわけない」
「そうだよ! それにあいつをやっちゃえば関係ないよ!」
「いけ! ゴーレム! やっちゃえ!」
「―――――――――――ッ!!!!」
咆哮を上げ、ゴーレムがリョウマへと迫る。
小人たちの魔法により、リョウマの全身に蔦が絡まっていた。
動くことは不可能。ゴーレムはとどめを刺すべく拳を叩き下ろす。
「やっっったぁぁぁぁーっ!」
「ざまぁみろニンゲンめーっ!」
舞う土埃、響き渡る衝撃音。
小人たちが勝利にはしゃぐ中、その一人が違和感に気付く。
リョウマを捉えているはずの蔦の手ごたえが、ない。
ゴーレムの一撃で吹っ飛んだか、それとも蔦が千切れてしまったか。
どちらにせよ問題はないはず……なのだが、引っ掛かる。
そしてその予感はすぐに現実のものとなった。
「…………ッ!?」
ゴーレムの叩き下ろした拳の先にはリョウマの姿はなかった。
蔦を切り拘束を抜け出したリョウマが向かうのは、小人たちの方である。
真っ直ぐ、自分たちの方へと走り寄るリョウマを見て小人たちは震えあがった。
即座に魔法を放ち、必死の抵抗を試みるがリョウマが相手では分が悪い。
石のつぶても、木々の槍も、木の葉の目くらましも軽々と躱されてしまう。
「ご、ゴーレム! 私たちを守って!」
「――――ッ!」
エリザの命によりゴーレムは懸命に駆けてくる。
リョウマを襲った時とは比べ物にならない速さ。
それもそのはず。警戒や防御、攻撃すらかなぐり捨てて、速さのみを求めての全力疾走だからだ。
そしてそれこそが、リョウマの狙いである。
リョウマはニヤリと口角を歪めると、振り向きざまに一閃、凩を振り抜いた。
ずるり、と斜めに崩れ落ちるゴーレムの身体を見下ろし、リョウマは呟く。
「あまり気乗りのしねぇ戦い方だったがな」
ゴーレムに使い手である小人たちを守らせ、そこを斬る。
汚いと罵られても仕方のない戦い方だが、リョウマ自身、武士でも騎士でもない身分である。
気は乗らないが抵抗はない。
凩を鞘に納め、一瞥すると声を上げる。
「さぁて……まだやるかい?」
リョウマの言葉にはっとなった小人たちは、散り散りに逃げていく。
散っていく気配を確認しながら、構えを解いた。
これでいい。狙いはゴーレムのみ、無駄な仕事は非効率的だ。
――――と、自分に言い聞かせながら踵を返す。
「はぁ、我ながら甘いな」
編み笠を被り直し、リョウマは山を下りるのだった。
そんなリョウマを後ろから見つめる男が一人。
男はリョウマがいなくなるまで見送った後、小人たちが逃げた方へと足を向けるのだった。




