人形使いと冒険者①
リョウマはゴーレムを倒すべく山道を下りて行く。
当然ではあるが、夜と昼では道の様相は全く異なる。
あのゴーレム、夜は苦戦したが昼なら十分に戦えるとリョウマは確信していた。
進む事しばし、夜には感じなかった気配に気づく。
「何者かがつけてきている……?」
来るなら来い、そう思い構えるも、リョウマが止まると気配も止まる。
来ないのか、それとも油断を誘っているのか。
ともあれその気がないなら仕方ない。
リョウマは気にせず進む事にした。
道中、あえてゆっくりと道を行くと目算通り魔物が現れた。
狼によく似た魔物、ケルビムである。
「ガルルルル……!」
唸り声を上げ近づいて来るケルビムを前に、リョウマは構えた。
じりじりと、近づいて来るケルビム。
射程距離に捉えた、そう確信したのか一気に飛びかかって来た。
鋭い牙による噛みつき。だがリョウマはそれを紙一重で躱す。
外套が揺れ、空を切ったケルビムの、歯と歯の音ががぢりと鳴った。
「ガァウア!!」
すぐに再度、今度は爪を振るうが、やはりリョウマには届かない。
幾度となく繰り出される連撃をリョウマは全て見切っていた。
反撃はしない。
躱しながらもリョウマは周囲に警戒をするが、どうにもやっこさん、動くつもりがなさそうである。
「……来ねぇのか」
リョウマを襲うつもりなら魔物との戦闘中に仕掛けてくる可能性は高いだろう。
にも関わらず仕掛けて来る気配はない。
という事は襲うつもりではないのか、それとも他に何か別の考えがあるのか。
「なんにせよ、これ以上待っても時間の無駄か」
「ヴガァァァァァ!!」
遊ばれているのを察したのか、ケルビムは怒り狂い飛びかかって来る。
躱すばかりのリョウマだったが、今度は凩を抜いた。
――――陣風一閃。
つむじ風が舞い、ケルビムはあっさりと両断されてしまった。
消滅していくケルビムを尻目に、凩を鞘へと仕舞う。
「まぁいいさ。何を企んでるかしらねぇが、これだけ離れて気づかれてるようじゃ大した事はねぇ」
気配を消すのも強さを測る指標の一つ。
素人丸出しの追跡をする輩など、リョウマにとって問題になるとは思えなかった。
気にせず進むことしばし、リョウマは先日ゴーレムに襲われた場所に辿り着いた。
先日行われた戦闘の跡、ここで間違いはない。
リョウマはゴーレムの消えていった方へと歩み寄り、辺りを探る。
すると見つけたゴーレムの足跡。森の奥へと進んでいる。
「これをつけていけばいいってわけだ」
あの巨体、追跡は楽勝である。
住処を襲えばこちらのペースで戦えるし、不意打ちで倒せる可能性すらある。
楽な依頼だとリョウマは高を括り追跡を続ける。
それから数刻経ったろうか、リョウマは違和感に気づいた。
「……痕跡が……消えた?」
いつの間にか、ゴーレムの移動した痕跡が消えていた。
跡形もなく、まるで何もなかったかのように。
「こいつはどういうこった……?」
見落としはあり得ない。
故郷では獣の痕跡を追い、狩りをしてきたリョウマである。
こんな大きな痕跡を見逃すはずがない。
「となると……魔法……?」
このゴーレム、魔法を使うと聞く。
転移か隠匿か、もしくは別の……いずれにせよ魔法を使った可能性が高い。
ならばどうする? 暗中模索右往左往、苦戦必死のこの状況下で、しかしリョウマは打破の一手を打っていた。
不敵に笑うと肩に乗せていたジュエ郎の頭をなでる。
「まぁいいさ。それじゃあ手筈通り、頼むぜジュエ郎」
「ぴー! ぎー!」
ジュエ郎は張り切って宙返りをしたのち、北方向を指し示す。
実は先日、リョウマはゴーレムが去っていく時に背中へジュエ郎の一部を張り付けていたのだ。
スライムの分離した身体は本体と感覚をリンクしており、ある程度場所の特定が可能。
見失った際の保険にしていたのだが、やはり役に立ったとリョウマはほくそ笑む。
「ぴーぎー! ぎー!」
「さらに真っ直ぐ北、か」
リョウマはジュエ郎の言う通り、森を進むのだった。
「大変、大変!」
「ニンゲンが近づいて来るよ!」
「場所が分かってるみたいだよ! 真っ直ぐに近づいて来るよ!」
「まずいよまずいよ!」
「やるしかないよ!」
森の中にて囁き合っているのは小人たち。
身長は人の子供と同程度だろうか。
だがその中には青年や老人も混じっている。
――――彼らは小人族。森に住み魔法を使う魔物である。
緑色の髪と肌、悪戯好きの性格で森に迷い込んだ人間をおもちゃにして遊ぶのだ。
だがその戦闘力は低く、人間や他の魔物に狩られ続け、ついには絶滅寸前となっていた。
ここはその小人族、最後の村である。
「ね!」
「だよね!」
「だからゴーレムでさ!」
小人たちの視線の先にあるのは、木の傍に横たわる小さな人形。
それは先日リョウマが倒したゴーレムと同じ形をしていた。
壊れた右手首も同様である。
「でもまだ治ってないよ!」
「でも戦えるよきっと!」
ゴーレム人形の右手首は完全に繋がっていないが、戦闘には十分耐えられるように見えた。
小人たちの視線はゴーレムの傍の少女へと移る。
「ねぇねぇエリザ! ゴーレムを出しちゃおうよ!」
「そうだよ! それでニンゲンを倒しちゃおうよ!」
エリザと呼ばれた少女はゴーレムをじっと見つめる。
触れようとした小人から守るようにして、ゴーレムを抱き上げた。
「……やだ」
エリザは口をへの字に曲げ、小人たちを睨みつける。
その強い意志を宿す瞳に焦ったのは小人たちだ。
何せゴーレムに戦ってもらわねば、ニンゲンはここまで来てしまうだろう。
小人たちはエリザを囲み、口々に声を上げる。
「何言ってるんだよ! ワガママ言ってる場合じゃないだろ!」
「ニンゲンが来ちゃうんだぞ!」
しかしエリザは頑としたものである。
強い口調で言い返す。
「まだこの子、治ってないもん」
「ばか! ニンゲンが来たら殺されちゃうんだぞ!」
「……」
ざわめく小人たちに囲まれながらも、エリザはゴーレム人形を抱きしめるのみだ。
このままではらちが明かぬと、そう思われた時である。
「のうエリザよ」
一歩、進み出て来たのは白髭を伸ばした老人。
小人族の長老である彼は、あやすような口調でエリザに話しかける。
「どうしてもダメかのう?」
「……」
エリザは答えない。
「ワシらには、お前さんのゴーレムしか頼れるものがおらんのじゃ」
「……でも、また壊されちゃう……」
「しかしこのままでは、ワシらはニンゲンに滅ぼされてしまうのだぞ」
「……そう、なのかな」
口ごもるエリザ。
そんな彼女に長老は、なおも根気強く語り掛ける。
「そうじゃ! ニンゲンは外道で、悪魔で、鬼畜で、下劣で……とにかくとんでもない奴らだ! ワシらや、お主も、無残に殺されてしまうんじゃぞ?」
「…………」
エリザをじっと見る長老。
しばし沈黙ののち、ゴーレムがエリザの手を跳ねのけて地面へと降り立った。
そして長老たちの気持ちに応えるように、大きくなっていく。
ゴーレムはエリザを遠慮深げに見つめる。
「…………!」
「……行きたいの?」
こくり、とゴーレムは頷く。
同時に上がるのは小人たちの歓声。
複雑な顔をしていたエリザだったが、ゴーレムを見てため息を吐いた。
「……わかった、行っておいで。でも無理しないで」
「…………!」
心配するなとばかりに両腕を上げ、力強さをアピールするゴーレム。
こうなってはもはや止めようもない、
エリザは諦め、ゴーレムを見送るのだった。




