酔っ払いと冒険者
「邪魔をするぜ」
がらんがらんと、扉に取り付けた鐘が鳴る。
入ってきたリョウマに一瞬、視線が集まるがすぐに皆各々の方を向く。
夜の冒険者ギルドでは、一仕事終えた冒険者たちが宴を始めていた。
「おう! 異国の! 珍しいじゃねぇか!」
「槍使い」
ドレントはすでに出来上がっており、顔は真っ赤だ。
木樽ジョッキに注いだ酒をぐびぐびと飲み干すと、リョウマに酒臭い息を吐きかけた。
「へへへ、一緒に飲むかァ?」
「遠慮しとくよ。それより以前貰った竜糞がまた欲しいんだが」
「ぎゃっはっは! お前竜糞が欲しいのか! 変わってるなぁ!」
お前も人のことは言えないだろう、と内心毒づきながらリョウマは頷く。
「おーおー、そんなもんいくらでもくれてやるぜ! 折角拾ってきたのにおめぇ以外誰も受け取らなくてよぉ。全部もってけ! おらよっ!」
ドレントはそう言うと、アイテムボックスから竜糞を取り出し周りにばらまいた。
途端、辺りに強烈な悪臭が漂い始める。
「うわくっせぇ! ドレント何こんなところで糞だしてんだ!」
「死ね! この馬鹿!」
「んだとぉてめーら! やるならやるぜコラァ!」
飛び交う怒号、罵声に逆切れしたドレントが突っかかり、取っ組み合いの喧嘩が始まった。
アホだ、とリョウマは彼らを呆れ顔で眺めながら、ばらまかれた竜糞を拾っていく。
あらかた拾い終わり、リョウマはもみ合うドレントに礼を言う。
「有難う槍使い。助かった」
「おうよ! また取ってきてやるぜぇ! ぎゃっはっは!」
喧嘩の最中にも拘らず快活な笑顔を返すドレント。
だがその言葉に周りの男たちはさらに激昂する。
「あんなもん二度と取ってくるんじゃねぇ! このクソ馬鹿!」
「あーん!? 誰だクソ馬鹿とか言った奴ぁ! 表でろやぁ!」
……そしてまた、喧嘩は再開された。
付き合っていられないとリョウマは受付嬢の元へ行く。
「いらっしゃい。リョウマ」
「あぁミュラ……だっけ?」
「ここでは受付嬢とお呼びください。くだらない誤解を受けたくはないでしょう」
「別に構わんが……」
自分で名乗っておいて呼ぶなとはよくわからん、とリョウマは思った。
ここ以外で受付嬢と話すことなどないのだが。
「で、ご用件はなんでしょう」
「水路のマッドリザード退治が終わったんでな。報告に来た」
「もう……! 思ったより早いですね」
「ん、そうなのか」
受付嬢はこの依頼、もっと時間がかかると思っていた。
本来は銅等級3人は必要な依頼、それを一人でこの短期間でこなしてしまうとは。
それにもうレベル12。成長速度が妙に早い。
……もう一度ステータスチェックをした方がいいかもしれないと、受付嬢は考え込む。
「どうした受付嬢。これで依頼完了、だよな?」
「……えぇ、すみませんでした。こちらが報酬金です」
リョウマに声をかけられ我に返った受付嬢は、それを悟られぬよう素早く報奨金を用意する。
ステータスチェックをしたいのは山々だが、道具も揃えねばならないし、そう頻繁に行えるものではない。
次回の定期審査を待つしかないのが悔やまれた。
赤銅、下手したら銀等級相当のステータスがあるかもしれない。
自分はとんでもない冒険者を担当しているのかもしれない、と受付嬢は思った。
そんなことはつゆ知らず、リョウマは報奨金を受け取りアイテムボックスにしまい込む。
「どうも」
「……お疲れ様でした」
深々と頭を下げる受付嬢に別れを告げ、リョウマは冒険者ギルドを後にする。
ドレントが「おい、もう帰るのかよ! 一緒に飲まねーか」と言ってきたが首を横に振って返す。
喧嘩中だろうに、余裕である。
(それに飲んでいる暇はねぇんだよな)
成長の木は昼も夜も絶えず周りの栄養を吸い続け、成長している。
たった一日、世話を忘れていた日があったが次の日には葉がしおれ、樹皮は白くなっていた。
絶えず栄養を与えていかねばすぐに枯れてしまう……そういう類の木なのだろう。
リョウマは革袋一杯に水を汲み、畑へと走るのだった。
「ふぅ、もう樹皮がかさついているな。早く肥料をやらねぇと」
アイテムボックスから取り出した竜糞をどさどさと木の周りにかぶせていく。
そして大量の水を。
栄養を補給し始め、木はさらに成長を始める。
目に見える速度で枝を伸ばし、葉を広げ、土の中で根を伸ばしていた。
「これ程の速度で育つ木ってのは見た事がねぇ。また朝も来ないとな」
下手したらもう数日で収穫がいけるかもしれない。
ここまで来たらしばらく冒険者家業はお休みして、こっちに専念した方がいいか。
そんなことを考えながらリョウマは帰途に就くのだった。
朝、起きてすぐに水をやりにいく。
昼、竜糞を撒き、乾きかけた土に最低限の水を。根の付近にかけると日光で熱せられ煮えてしまう。
夜、しっかりたっぷり水をやる。日中乾いた分、土がドロドロになるまでだ。
それを毎日、何日も続けた。
日々の生活は木の世話が中心である。
「……ん?」
ある朝、畑に来たリョウマは妙な事に気付く。
畑の雑草が全部抜けているのだ。それどころか水まで撒かれている。
夕方に一度撒いておいたが、この感触だと深夜だろうか。
よく見れば獣の足跡もあるようだ。
「雑草をほじくり返しているのか? 水は小便? ……獣が住み着いたのかねぇ」
幸いというか、木に噛り付いたような跡はない。
まぁこの木は硬いし、食用には向かないはずだ。
作物を荒らすついでに雑草が抜けたのだろう。生憎だがこの畑は成長の木、一本のみである。
「とはいえ念のため、網をしておくか」
雑貨屋で買っておいた金属網を木にかけておく。
鳥除けのつもりだったが、兼用で獣にも効果がある奴を買ってよかった。
だがそれから数日経っても、獣は立ち去らなかった。
雑草を抜き、木に水をやっているだけだから問題はないのだが。
(……よくわからん)
不気味ではあるが、悪い事をしているわけではない。
リョウマは疑問を棚上げし、木の世話に専念した。
そして更に数日後、成長の木はついに実を付け始めたのである。
「……とりあえず、ここまでくれば安心だな」
ここまでくればあと一息。
実を付け終えれば世話も終わり。
また時期が来るまで休ませておけばいい。
「ふぅ、だが流石に疲れたな」
数日間、ほぼつきっきりだった事もあり、リョウマはかなり憔悴していた。
元々農作業はあまり好きではなかったし、気分転換で始めたのに大事になってしまった。
だが苦労の甲斐あって実は10以上つけている。
まだ成りかけのも含めると50はあるだろうか。
全ては無理にしろ、これをちゃんと熟したタイミングで収穫すれば……思わずリョウマの口元が緩むのだった。
リョウマが畑から立ち去るのを見送りながら、老人は鍬を持ち畑を耕していた。
行き届いたリョウマの畑を見ると、専門である自分が負けるわけにはいかないと奮い立ったのだ。
痛む身体に鞭を打ち、地面に鍬を打ちつける。
だが長くは続かない。老骨を呪いながら、冒険者となった息子に帰って早くこんかと毒づく。
びっしょりの汗をぬぐい、鍬を杖に一息ついていると畑の隅に男がいるのに気づいた。
「なんじゃいお前さんは」
「あぁこれは失礼。私こういうものです」
差し出した名刺を受け取る老人。
書かれていたのはここいらでは一番大きな商人の名だった。
こんな大人物が自分などに何の用だ? 首を傾げる老人に、男は続ける。
「実は老人、この土地を売ってもらいたいのです。100……いや、300万ルプ出しましょう」
「300万んンンンン!?」
男の言葉に飛び上がる老人。
300万ルプといえばリョウマの提示した額の三倍である。
都市ですらあり得ぬ高額。
すぐにでも売り払いたかった老人だが、目の端に映るのは既に実を付け始めたリョウマの木。
あれさえなければリョウマに金を返し、なかったことにするのだが……いかに強欲な老人とはいえ、人のものを勝手に売ることは出来ない。
「いやぁ、実はこの畑、先日他の者に売ったばかりでしてねぇ。本当に残念なのだが」
「そこを何とか、どうにかなりませんか?」
「恐らくもう少しすりゃああの木は実をつけちまいます。それが終わればまぁ……」
「それでは遅い!」
いきなり口調を強める男に、老人は驚いた。
「あ、あぁ失礼。隠していたようで申し訳ないのですが、実は本当に欲しいのはあの木なのです。あれは特殊な木でね。非常に高価で栽培の難易度が高い事もあり、あそこまで育った事例があまりないのですよ。是非ともどうか! 先刻の詫びを籠めて、500万ルプ支払いますので」
「ふむ……」
確かに、この道何十年の老人ですら見た事のない木である。
男の提示した額は500万だが、もっと価値はありそうだ。
一本だけでこの値段。
種を手に入れ、大量に育てて売れば……あの若造に出来て自分に出来ぬはずはない。
そうすれば1000万……いや、もっと、もっと金を産んでくれる。
老人の妄想は止まらない。
「……? ご老人?」
「あぁいや、すまんすまん。じゃがあれはやはり売れんのう。大人しく帰るんじゃの」
「……わかりました」
渋々去っていく男など眼中に入っていないように、老人は成長の木をじっと見ていた。
その目は完全に金欲に染まっていた。




