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武衛様と吉良殿御参会の事其壱
清洲の隣、三十町(約三・三キロメートル)隔てた下津の郷に正眼寺という修行僧がいる寺がありました。
そこそこの構えになっている場所で、上の郡の織田伊勢守安京が砦として造り直すという噂が流れました。
その噂を聞きつけた左京が、
「清洲の町人達を集めて、寺の周りの藪を刈り取ってしまえ」
そう指示を出し、町人が駆けつけた軍勢を数えてみたら、騎馬隊八十三騎程度でした。
それに対して安京の軍も動き、たん原野に三千程の兵を出しました。
左京は更にそれに対してあちこち駆け回り、町人達を集め、竹槍を持たせて後方を固めさせ、足軽を出して敵を威嚇させました。
そして、双方が互いに兵を引き揚げさせました。
「これでしばらくは時が稼げましょう」
全ては正室の樹里の策なのでした。左京はその通りに動いただけなのは内緒です。
「だから本当に内緒にしておいてくれ」
何でもバラしてしまう口が羽毛のように軽い地の文に血の涙を流して懇願する左京です。




