表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御徒町樹里の信長公記(四百文字小説)  作者: 神村 律子
巻一 永禄十一年戊辰以来織田弾正忠左京公の御在世、且これを記す
174/2152

観世大夫・金春大夫御能仕るの事其壱

「このたび、粉骨砕身で力を尽くした者達に見物させなさい」


 足利義昭の計らいで、観世大夫に能を演じるように命じました。


 能の組は、脇能の「弓八幡」などで、目録には十三の演目が書かれていました。


 元猿なので、字が読めない左京は目録を読んだふりをし、


「まだこれからも近隣の国を平定しなければならないので、弓矢をしまい込んでいる場合ではない」


 如何にもそれらしい事を告げ、演目を五番に縮めさせました。


「いろいろうるさい!」


 いろいろおちょくっている地の文に切れる左京です。


 能は細川邸で行われました。


 最初のお酌は、細川典厩藤賢がしました。


 この時、左京に、久我通俊、細川兵部大輔藤孝、和田伊賀守惟政を使者として、再三義昭の考えが伝えられました。


 左京を副将軍か管領に任じようとの事でした。


 ところが左京は、


「受けてはなりませぬ」


 樹里に言われていたので、


「ご辞退致します」


 断りました。


 大変珍しい事だと、都の人々は皆感心しました。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ