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帝国歴二六二年 紅水晶月(一〇月)
今年もスラト、アシュレイの作柄は良好で租税として食糧が運び込まれてきていた。
すでに納税に関しては、俺の手を介する必要もなく、ミレビスとイレーナを筆頭に文官団が全部を仕切ってくれている。
おかげで俺はブラック労働から解放され、今は居室の中をアレウスたんを抱いて行ったり来たりできている。
「アルベルト落ち着くのじゃ。リゼたんの子はポンと生まれてくる。アレウスの時は死ぬかと思ったがのぅー。陣痛を思い出すだけで身震いするのじゃ」
「けどリゼは小柄だし、お腹の子が大きくなりすぎてたとか言ってたし! あー、心配だー!」
「鬼人族の産婆たちとリシェールたちが付いてるから大丈夫。父親として狼狽えた顔を見せるのは、アレウスの教育にも悪いのじゃ」
「あうあう」
「アレウスたんっ! パパは狼狽えてるわけじゃないぞ! もうじき弟か妹が生まれるからな!」
あー、心配だー。
でも、アレウスたんに狼狽えた顔を見せるわけにはっ!
ううぅ、パパ業は大変なのだ。
おろおろしながら、室内を歩き回っていたら、奥の部屋から泣き声があがる。
「生まれた!」
「生まれたようじゃ!」
マリーダとアレウスとともに、リゼのもとに駆け寄る。
室内では大仕事を終えたリゼがぐったりとしていた。
「リゼたーんっ! 妾を残して死んではいけないのじゃ!」
ぐったりとしていたリゼを見て、死んだと勘違いしたマリーダがベッドの前で膝から崩れ落ちていた。
「オレを勝手に殺さないでくれる。マリーダ姉様……」
「リゼたん!」
「いや……本当、大仕事だった……よ」
「お疲れなのじゃ! 産後のことは妾に任せるのじゃ! 毎日、お世話してあげる!」
「はいはい、リゼ様はお疲れですから、マリーダ様は端っこで座っててください」
「ああっ! リゼたん!」
リゼに縋りついていたマリーダをリシェールが引きはがしていく。
「アルベルト、オレ頑張ったよ。スラトの人たちもきっと喜びしてくれるはず」
「ああ、ありがとう。本当にありがとうっ! リゼが無事でよかった」
「立派な男の子でしたよ。アレウス様の弟君です」
フリンが抱いていた赤子を俺に見せてくれていた。
赤子は元気に泣いてる。
二人目の男の子。
「アレウスたん、弟だってさ。よかったな。お兄ちゃんになったぞ!」
アレウスは泣き声をあげる弟に興味津々のようで、あうあうと声を出して手を伸ばしていた。
「男の子だったから、名前はユーリだ。アレウスたん、ユーリたんだぞ。ユーリ」
ユーリがスクスクと育ち成人すれば、併合する予定であるスラト領のアルコー家を継いで、エルウィン家の家老職を拝命する予定だ。
アレウスの支えてくれる、よき補佐役になってくれるといいな。
そのためには兄弟に格差なく平等に愛さねばならん。
ちゅ、ちゅー、アレウスたんもユーリたんも可愛いぞ! さすが俺の息子たち!
「ふぅ、アルベルトは、息子たちに夢中なのじゃ。嫁にもちゃんと愛情を注がぬと愛想を尽からされるのじゃ」
嫁がちゅーを所望したので、とりあえず激しいのをあげておいた。
「アルベルトはえっちいのじゃー!」
うむ、うちの嫁はやっぱりいい女だ。
はぁー、マジで幸せだわ。
「えっと、愛人もちゅーが欲しいと思うんだ。ほら、オレ頑張ったし」
嫁の愛人からもチューの催促をされたので、同じのをあげた。
「オレ、二人目も頑張るからね」
「ああ、そうしよう。でも、まずは身体を休めてからにしとこうか」
リゼの頭を撫でてやる。
嫁の愛人も最高にいい女だった。
パパはよりいっそうお仕事に精を出すからね!
「よし、私は仕事に戻る。マリーダ様、一生懸命仕事に励みますぞ! 今日の分はまだ終わっておりませんからな」
「嫌じゃ! 今日はリゼたんの面倒を見るのじゃ! お仕事はんたーい!」
「ダメです! ただでさえ、下の者たちの仕事の処理が早くなって、決済待ち書類が溜まっているのです!」
「鬼! 悪魔! リゼたん! 妾は仕事をしたくないのじゃ!」
「マリーダ姉様……オレの分まで頼みま……す」
「リゼたーん! 逝くなー!」
「はいはい、茶番はそこまで。行きますよ」
俺はユーリとアレウスをリシェールたちに任せると、嫌がるマリーダとともに執務室に戻ることにした。
はい、お仕事、お仕事――。
!?
中庭に脳筋たちがフンドシ一丁で集結しているだと!?
これは嫌な予感しかしない!
無視だ。無視。
ここで相手をしたら、絶対に俺が痛い目を見る。
何も存在しないように通り過ぎて、溜まった政務を片付けるんだ。
ニヤリと笑うブレストとラトールが隊列の一歩前に出る。
「アルベルトの次男ユーリの誕生を祝して――」
「鬼人族伝統の寿ぎの舞踏を奉納させてもらいたく――」
「いらん! 持ち場に帰りなさい! 自分の仕事をするように!」
「ブレスト叔父上、ラトール、妾も混ぜよ! アルベルトの次男ユーリの誕生を祝して、寿ぎの舞踏の奉納じゃ! 皆の者かかれ!」
マリーダの命によって、中庭にいた鬼人族の男たちが肉体美をさらけ出し踊り始めた。
と、停めるのが遅かった!
マリーダが許可してしまっては、俺の権限で止めることができない!
「無礼講なのじゃ! 蔵からも酒をもってこーい! 今日は祝いの日なのじゃ! 文官ども今日は仕事は終わりじゃ! 振る舞い酒を飲め、飲め!」
「わっしょい、わっしょい、わっしょい」
マリーダの許可を待っていたかの如く、肌も露わな格好をした鬼人族の女性たちが酒樽を担いで現れた。
長男アレウスの時も祝いの宴席が設置されたのだが、酔っ払っい同士の喧嘩でいろんなものが壊れて、あとの処理が大変だった記憶が蘇る。
「酒がきたぞー! 飲め! 飲め!」
脳筋たちがまた勝手に……。
大事になる前にマリーダに止めるように言わせないと。
「アルベルト殿、ご次男の誕生おめでとうございます! こたびは私たちも祝いの席に参加させてもらいたく」
「ミ、ミレビス! 君まで脳筋たちのお祭り騒ぎに参加し、私を裏切るのか!」
ミレビスやラインベールなど在城していた文官たちまでもが、乱痴気騒ぎに参加しようと集まってきていた。
「裏切るとは心外ですな。私も家臣として上司の祝い事を寿ぐためにまかり越しただけ。あと本音を申せば我が娘イレーナにも早く子を仕込んでもらわねばと注進にきたのですがな」
「父上、それは気がはやいです。私もアルベルト様のそばで侍っておりますので、いずれ――」
たしかにイレーナとも子作りは頑張ってるけど――
それはコウノトリさんしだいだしさー。
って違うそういう話じゃなくって!
この脳筋乱痴気祭りに、文官たちまで参加してしまっては政務が滞ってしまうんだよ!
政務が滞る=収益減=エルウィン家の内情悪化=俺のセカンドライフ危機。
周囲がある程度落ち着いているとはいえ、油断をすれば即座に襲われかねない弱肉強食の世界。
家臣一同、職務放棄して酒飲んで酔い潰れてますなんて知られる訳には――。
「さぁ、主役のアルベルトが飲まないと始まらないのじゃ! 妾が口移しで飲ませてやろうか? それともアレがよいか?」
マリーダからの口移し!? いや、それよりもアレって何さ! アレって!
めっちゃ気になる! 口じゃないなら何なのさ!
この一瞬の油断が、俺の命取りになった。
マリーダに捕まったところで、浴びるように酒を飲まされてしまい、その後の記憶が途切れ、アレが何なのか確認できぬまま意識を失うこととなった。
翌日、お日様が高い位置にある時間に目が覚めると、周囲には二日酔いの頭痛を超える頭痛の種がばら撒かれているのに気付いた。
これは脳筋の酒量に負けた文官君たちが今日も使い物にならん……ぞ。
死屍累々とでも表現するのがピッタリなほど、半裸の文官たちが辺りに転がっており、脳筋たちはいつものごとく平気な顔で鍛錬を続けている。
いてぇ……頭もいてえが、人的被害と執務遅延がさらにいてぇ。
これだから脳筋は――暇を持て余させると碌なことをしない。







