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「鮮血姫マリーダか……大陸最強の戦士とか噂されているが、案外大したことがない」


 謎の重装戦士は双剣を構え直すと、顔面を覆った面貌から少しだけ見えた口元が歪むのが見えた。


 次の瞬間、残像だけがその場に残り、一足飛びに双剣の剣先がマリーダの首元に突き付けられる。


 だが、マリーダは分厚い大剣の刃で剣先を確実に受け止めていた。


「甘いのじゃっ! その程度の踏み込みじゃ、妾の首は獲れぬなぁ。これは妾の大剣を止めた礼じゃ! 遠慮せずに受け取れ!」


 ぶおぉんという風切り音が響くと、突風のような風が吹き抜けていく。


「くぅっ!」


 マリーダの反撃を受けた重装戦士の面貌が割れ、顔が露わになっていた。


 は!? 女? 女戦士にラトールもブレストも敗れたのか……馬鹿な……。


 うちの主力であるラトールとブレストの二代看板を叩き割ったのが、女であるという衝撃が俺の脳みそを打ちつけていた。


「あ、あの喉元の鱗!! ありゃあ、竜人の特徴だろっ!! ま、マジかぁ!! 竜人がいるなんて聞いてねえよ」


 勝負を見ていた鉄の腕輪傭兵団の捕虜たちが、女を指差し震えはじめていた。


 俺はすぐに一人を捕まえて女の正体聞き出すことにした。


「お、おい! 竜人って何の話だ?」


「この辺を縄張りにしてた古代種族だよっ! 数百年前に姿を消したと聞いてたけど、女の喉元の黒い鱗が言い伝えられてる竜人の特徴と似てるんだっつーの!!」


 姿を消した古代種族か……。


 少数部族の亜人たちが支配層のエランシア帝国にも竜人種族がいるとは聞いたことがない。


 マリーダとためを張る強さを持つ種族が近くにいるとなると、ヴァンドラの統治戦略の立て直しを図らねばならなかった 


「お、おい。その竜人たちの規模どれくらいだ」


「馬鹿野郎! 竜人なんて当の昔、エランシア帝国独立戦争時に滅亡した種族でおとぎ話の住人のはずだろっ!」


「だが、アレは竜人なのだろう?」


「え、あ、そ、そうだろうな。喉元の黒い鱗を持つ種族なんて竜人以外いないからなっ!」


 謎の重装戦士は圧倒的戦闘力を持つ、竜人種であることは判明したが、どれくらいの数がいるのかは皆目見当がつかないでいた。


 俺は尋問していた捕虜を投げ捨てると、竜人と相対していたマリーダに対し、苦渋の依頼を出した。


「マリーダ様!! その戦士、生け捕りにできるでしょうか?」


 俺の言葉を聞いたマリーダがニタリと笑ったように見える。


「できぬことはないが、一騎打ちが長引くかもしれんのぅ。それでもよいか?」


 あの顔は絶対に一騎打ちをギリギリまで楽しもうと考えているはずだ。


 本当なら大将の一騎打ちなど、百害あって一利なしだが、今は緊急事態なので目を瞑ることにした。


「心得た。その戦士と存分に戦われてから生け捕りされるように!!」


「ふん、私に勝てるとでも」


 竜人の女戦士は口の端を上げてニヤついている。


 面貌が外れ、見えた容貌は凛々しく整っており、一目でマリーダ(つまり俺)の眼鏡に適う美女であることが窺い知れた。


「妾はそなたのことを気にったぞ。剣の腕はまぁまぁじゃが、顔は好みじゃからのぅ。我が側女として飼ってやろう」


 マリーダも好色そうな顔を晒し、舌なめずりをしていた。


 そして、先に動いたのは竜人の女戦士の方であった。


 剣先を後ろに回し、低い体勢でマリーダに突っ込んていく。


 金属のぶつかり合う澄んだ音が周囲に何度も響き渡る。


 マリーダはあえて攻撃せず、竜人の女戦士に好きにさせていた。


「くっ! さっきまでと手応えが違う!! 私をからかっているのか!」


「叔父上から一本取った武人に対して舐めた態度をとるほど、妾も馬鹿ではないからのぅ。突きも斬撃も間合いの詰め方も一級品じゃ。ラトールがいいようにやられたのも納得なのじゃ」


「くっ! 孤高の戦闘種族である竜人の私をからかいおって!! 絶対に許さぬ!!」


 女戦士の周囲の空気に陽炎が立ち上るのが見えた。


 マリーダがおちょくったから、激高してるんじゃなかろうか……。


 わりと手強そうだから、あまり怒らせない方がいいと思うが……。


 陽炎はやがて濃い黒い霧に変化し、竜人の女戦士の姿が変化していたことに気付いた。


 顔が鱗に覆われて……あ、兜から角が飛び出したってばよ。


「竜化まで使えるのかよ……マジで、言い伝え通りにこの街ごと吹っ飛ぶんじゃねえか」


 捕虜の一人が震えながら、竜人の女戦士を指差していた。


「うひょぅうう!! この殺気!! これじゃ、この殺気じゃ!! いくさ場で久方ぶりに感じる肌がヒリヒリする殺気じゃぞ。あくぅうう! 逝ってしまうのじゃあ」


 竜人の女戦士が放つ殺気に、マリーダが恍惚の表情を浮かべ、涎を垂らして喜んでいった。


 完全にあの顔は戦闘中毒者(バトルジャンキー)の顔にしか見えない。


「ふざけるなぁああっ!!」


 挑発されたと思った女戦士は残像を残して、一気にマリーダの懐に移動していた。


「甘いっ!! それじゃ、妾の首は獲れぬと申した!! だが、腕は悪くない!! 妾の側女として仕えよ! そうすれば、もっと武芸を仕込んでやるぞ!」


「ぬかせ、鮮血姫!!」


 首に迫った双剣の剣先をマリーダが大剣の剣の腹で受けると、そのまま竜人の女戦士ごと空中に打ち上げた。


「ふぁ!?」


「もらったのじゃ!!」


 マリーダは大剣から手を離すと、空中に打ち上げられた女戦士の向かい飛び上がり、その鎧の襟首を取った。


 そして、ニタリと笑う。


「ちーとばかし痛いのは我慢せい。痛いのは最初だけじゃ」


「ひぐっ!!」


 次の瞬間、マリーダの拳が竜人の女戦士の顔面に向け、何発も撃ち込まれていた。


 そこで勝負ありだった。


 空中で捕まった竜人の女戦士は、マリーダの拳で打ちのめされ気絶して果てた。


「「「うぉおおおおおおおおっ!! マリーダ! マリーダ! マリーダ! マリーダ!」」」


 竜人の女戦士を倒したマリーダに捕虜やエルウィン家の家臣から喝さいが贈られていた。


 どうやらうちの嫁は最強の脳筋戦士らしい。


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