072
「再び、会えましたな。ニコラス殿」
「会いたくは無かったがな。この状況、会わざるをえまい」
ニコラスは前に会った時よりも痩せこけていた。
すでに出仕は禁じられ、家を出ることも訪問者に会うことも禁じられ、今日も闇に紛れてこっそりと訪問している。
リヒトの派遣した見張りの兵もすでに買収済みだ。
「家中はガタガタ、当主は疑心暗鬼、民は怯えている。というわけですな」
「それを行ったのはお主であろう。アルベルト・フォン・エルウィン」
「そうでしたな。ですが、私はニコラス殿がどうしても欲しいので、この策を使わせてもらった。貴方の力はこのアルカナ領を統治するのに必要だ。いや、エルウィン家にとって必要だ」
「口の上手い男だ。それに謀略を絡めた調略の手腕。見事としか言えない。そのような男が何を私に必要とするのか?」
「ええ、うちは戦闘には強いですが、内を治める者が足りませぬからな。ニコラス殿の人望や見識は是非欲しい。なので、我が家に寝返ってください。すでに魔王陛下の所領安堵の勅許は得ております。アルカナ城が落城後は加増も当主から得られるでしょう」
「うぬぅ……エルウィン家に鞍替えせよと言うのか。私はエラクシュ家の家臣ぞ」
「すでにリヒトは貴方を信用しておりません。それに我が家も討伐に本腰を入れまする」
ニコラスたちを保護するために軍勢を動員するつもりであるが、同時にステファンと協力し、アルカナ城への補給路の遮断を行うつもりだ。
できるだけ損害は避けたい。ニコラスたちも無事保護したい。
俺はわがまま軍師なのだ。
なので切り札を切る。
「でしたら、我が軍勢に捕らえられてください。近々、軍勢を進めます。その際、戦を挑んで欲しい。力及ばず、捕らえられたという形で我が家の客人になって頂けますか?」
「戦だと!?」
「ええ、うちが攻め込みます。ですが、八百長の戦です。ニコラス殿とうちの軍勢だけの偽装戦争ですよ。そうすれば、奮戦虚しく敗れた形になります。そうすれば、主家を裏切ったと後ろ指を刺されることはないでしょう。どうです?」
「八百長!? 何を言っているアルベルト・フォン・エルウィン!?」
「リヒトからの目を誤魔化すためです。しばらくはうちで客人として過ごしてもらい、アルカナ落城後にはしっかり働いてもらうつもりです」
「うぬぅ。すべてもう手配済みか……ここで、私が断るとリヒトからの呼び出し掛かり、首を討たれる手はずとなっているというわけか……」
そんな気は元々ないが、俺がリヒト陣営に仕掛けた謀略によって、ニコラスが自分で勝手に想像していた。
あと一押しでニコラスは落ちそうだ。
最後の一押しを行う。
「ニコラス殿、悪いようにはせぬ。私の家臣となれ」
「ここに到っては仕方あるまい……私の身はアルベルト・フォン・エルウィンにお預けする」
「おおぉ。よくぞ言ってくれた。細かい手はずはこのワリドが連絡役として入る。ことは入念に下準備してある。タイミングだけ合わせてくれ」
「心得た。上手く捕らえられることにする」
細かい打ち合わせをワリドに任せ、俺は一路、アシュレイ城に戻る。
リヒトの周辺はこれでほぼ丸裸だ。あとは仕上げを行うだけ。
「ひゃっはあぁあああ!!! 戦だ! 戦だぁあああ!!! 野郎ども! 準備しやがれっ!! ひゃっはあああ!!」
「わ、妾もいくさにいくのじゃ。うえっぷ。叔父上だけズルいのじゃ」
「マリーダ様、ダメですよ。安定期にまだ入ってませんから、激しい動きで子供が流れたらどうするんですかっ!」
脳筋は人の話を聞かない。この世界に転生して得た教訓だ。
「鬼人族はダメです。マリーダ様とブレスト殿の隊は待機。リゼとうちのミラー君の農兵部隊を使います。どうせ、やらせですから、軍事訓練代わりにします」
「な、なああにぃいいいいいいいいっ!!」
脳筋たちはいちいちリアクションがでかい。それと、暑苦しい。
「酷いぞ! アルベルト! 戦はワシらの領分だと常々申しているではないかっ! なにゆえ、我らが戦えぬのだ! 説明せい! 説明」
「酷くない。今回はデリケートな戦です。マリーダ様とブレスト殿にはお任せできないと申し上げたはず」
「なぜだ! 模擬戦だろう? 俺は上手くやってみせる。勢い余って、五~六人の首が飛ぶかもしれんが事故だ。事故。訓練にはつきものだろ?」
面倒な脳筋がもうう一人いた。ブレストの息子であるラトールだ。
彼もまたいくさを欲する鬼人族の一員であったことを思い出した。
指揮官として経験を積ませてやりたいが、今回のいくさでは慎重さが必須能力となるため、動員するわけにはいかなかったのだ。
「だまらっしゃい! 今回はその事故すら起こしてもいけないと申し上げたはず! 『あ、ごめん。手が滑った』じゃ許されないんですよ」
「ぐぬぬぬっ! ならばワシら何をせよと」
脳筋たちがいくさの匂いを嗅ぎ取って、そわそわしているので、このまま放置すれば、喧嘩、狼藉、下手すればアレクサ王国への進軍もしかねない。
なので、適度なガス抜きを実施することにした。
要はこの人らはいくさの匂いを嗅げれば落ち着くので、万が一アレクサ王国が介入してこないように睨みを効かせる仕事を与えることにした。
「補給路の封鎖をします。アルカナ城への物資納入を阻止しておいてください。現状の補給路はココとココの二カ所だけです。この辺に関所を作り人の往来を止めてもらえば」
二人の前に広げた地図でポイントを指し示す。
アルコー家がうちの保護領になった現状、アレクサ王国からアルカナ城へ物資搬入の補給路となっている二つの街道で、一番隘路となっている二カ所だ。
その二カ所を止めれば、アルカナ城周囲はすべてエランシア帝国領なので、物資搬入が途絶え干上がる。
すでにエランシア帝国領の商人たちには、アルカナ城への出入りを禁じており、禁を破って物資を売りに行った者は財貨没収という厳しい処置を下している。
おかげでエランシア帝国側からアルカナ城に物資を売る者は皆無となっていた。
しかも、このアルカナ領、周辺は標高の高い山岳地帯である。
平野が少なく、大規模な城や街を作るには向いていない。
猫の額のわずかな平地に、各集落を作って生活しているのだ。
だから、ニコラスたちも登城しなければ、早々にリヒトに襲われることはない。
アルカナ領は天然の要害といってよい複雑な地形をしており、山々が城壁代わりとして立ち塞がっている。
集落そのものが砦や出城ように作ってあり、大軍で攻めようとすれば、大きな損害と多大な物資を必要とするであろう。
その山中の要害アルカナ城へ続く、アレクサ王国からの街道を封じろと二人に依頼している。
アレクサ王国から駆け付けるかもしれない援軍は大惨敗の記憶も新しく、ステファンの駐留する国境やうちの領地を通ることを避け、この街道を通るしかない。
そこにうちの狂犬二人の隊が陣取れば、抜ける軍勢はほぼいないだろう。
そういった配慮で二人を据えているが、脳筋は戦闘したがりで困る。
「アレクサ王国からの援軍が来たら、その隘路をきっちりと守って下さいよ。追いかけていった隙にその場所を抜かれたら、軍の指揮権を取り上げますからね。それと、武器も取り上げます。今後一生いくさには参加させません。田畑を耕して暮らしてもらいますからね」
「なに!! 援軍がくるかもしれんのか! そいつらはぶっ殺していいんだよな? な?」
ラトールは俺の話の後半を見事にスルーしてくれた。
脳筋は話を聞かない。
指揮官として成長してきているが、鬼人族としての血が滾ってしょうがないらしい。
だが、指揮官として一皮剥けるには守るいくさも覚えさせなければならないので、今回は特に厳しく注意を伝えておく。
「ラトール、私の話をきいてましたか? 関所を作って、敵の侵入の阻止が目的だ。抜かれたら、指揮権剥奪、武器も取り上げ、一生田畑を耕す生活だと申したのだぞ」
「ああ、大丈夫だ。『抜かせる』前に撃滅してやる。よっしゃああ!! いくさだ!! いくさぁ!! 早く来やがれアレクサ王国!!」
うう、頭が痛い。
ラトールも攻撃型の将としてしか使えなさそうだ。
じっと耐えて守ることに長けた将が欲しい……。うちで守るのに使えるのは客将のリゼだけというお寒い状況だし、やはり鬼人族以外も家臣を増やさないと……。
「アルベルト、どっちの街道がアレクサ王国が来る可能性が高い? ワシは高い方に配置してくれ」
「親父! ずるいぞ! 俺が可能性の高い方だろ!」
とりあえず、アレクサ王国からの援軍はないとワリドから上がってきた情報で得ている。
アレクサ王国はすでにリヒトを見切ったようだ。
下手に援軍出して、うちに絡まれると火傷すると思って、物資の援助だけでお茶を濁していると報告が上がっているのだ。
二人には残念だが、最後の攻城戦まで出番はないだろう。
こうして、俺たちはニコラスたちとの八百長いくさから始まる、アルカナ城攻略作戦を開始することにした。
ただ、一つの懸念は雪の季節であり、天候の悪化だけはマジ勘弁して欲しいと思っていた。
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