066
「こんちわー、エルウィン家の『方』から来ましたー。強制査察です。ほら、そこ動かないでー。変な動きすると鮮血鬼の剣の錆びにされますよー」
俺は勝手に扉を開けて、ワリドが選んだ村長の家にずかずかと上り込む。
中には数人の男女が暖炉を囲んで食事をしていた。子供から老人まで揃い、まさに家族団欒の真っ最中だった。
「いやぁ、夜分遅くにすみませんねぇ。エルウィン家の当主様がこの村の良からぬ噂を気にされましてな。ちょっと顔を出してみようと申されまして」
「え? え? アルベルト殿? はっ!? これはマリーダ様」
混乱している間に、マリーダと俺の直属の部下となったゴシュート部族が青年たちが入り込み、村長一家が不審な動きをしないように出入口を固める。
「いやあ、お食事中に申し訳ない。白いパンに豚のソーセージ。付け合わせは新鮮野菜のサラダですか。うーん、実に良いものだ」
「いったい、エルウィン家の強制査察とはどういうことですか? ここはアルコー家に属する村ですぞ……。このことをリゼ殿は知っておられるのか?」
村長は保護先の当主であるマリーダを伴ってきた俺の姿を見て、顔から変な汗が滴り落ちていた。
どう見ても心にやましいことを隠した様子である。
家の中には全員で八名。ワリドの部下が内緒で集めた情報によれば、この家には六名しか住んでいないはずである。
すでにゴシュート族の密偵たちにより、村内の住民からも裏どりを済ませ、この村長の家に『勇者の剣』の残党が二名保護されていることは確認済みだ。
情報収集の結果、その二人の面も割れており、見つけるのは容易であるのだ。
「はい。そこ動かない。お二人。ちょっとこちらへ……。大切なお話がマリーダ様よりありますので来て頂けるでしょうか? 拒否権はありませんよ。拒否すれば剣の錆びです」
俺が残党二人を指差し別室での『お話』をお願いすると村長の顔が強張るのが見て取れた。
「こ、この二人は私の遠い親戚で……。今日は泊まりにきているだけですが……」
パチン!
俺は指を鳴らして二人に男を部下に取り押さえさせる。
「村長、悪いんですがすでにバレてますよ。全部ね。丸ごと」
「ひぃ!」
すべてがバレていると言われた村長が腰を抜かして床にへたり込む。
『勇者の剣』の残党をかくまった者への狙い撃ちの強制査察であったと理解してくれたようだ。
「分かってもらえたようですな。さて、お二人ともこちらへ。抵抗は無駄ですぞ」
男たちの身柄を拘束した部下が、武器をもっていないか確かめる。
拘束された男二人はまだシラを切り通そうとしているため、口を噤んでされるがままであった。
「実はね。うちの部下も山の民なんですよ。それも色々な部族とも交流していたワリハラ部族の者たちもいるんですよ……」
シラを切り通そうとしていた二人の身体が震える。
この村長の家は、山の民の住む山岳地帯に近く、農地もそう多くないため、裕福ではないのに、領主のようなあの豪勢な食事。
そして遠い親戚と名乗る男二人。衣服も粗末に見せているが、そこまで使い込まれたつぎはぎも見えない。
そこそこに良い生地を無理矢理、野良着に仕立てたようにも見える。
疑うまでもなく、あの砦から逃げ出した強硬派の一員だった。
確認のため、ワリハラ族出身の部下に面通しさせる。頷いた。はい。クロ決定。
「連行していけ」
捕まえた二人が小屋から出たことを見届けると、ゆっくりと村長に向き直る。
「さて、うちのご当主様は嘘が大層お嫌いでしてな。ああ、ちなみにアルコー家の当主リゼ殿もこたびの件非常に心を痛めておりましてな。エルウィン家との協調路線を維持するには厳罰もやむなしとご同意されております」
「グゥ! それは……リゼ殿の大叔父に当たるグライゼ殿も納得されておるのですか?」
「グライゼ殿? ああ、あの方でしたら、つい昨日、病死されましたなぁ。なんでも急病で倒れられ、そのまま帰らぬ人になったとか、ならなかったとか」
せっかく綺麗にした雑草がまた生えるのは嫌だから、徹底的に草むしりはしておく。
アレクサ王国や『勇者の剣』の残党と連絡を取り合って、叛乱準備に勤しんでいたリゼの大叔父君にはちょっと永遠に黙ってもらった。
誰が手を下したなんて野暮なことは聞かないでもお分かり頂けるとは思う。
ちょっと手間だけど、後のことを考えれば。手間暇を惜しんではいけない。
すでに顔面蒼白の村長の周りをゆっくりと俺は歩く。
グライゼに焚きつけられ、叛乱準備にひた走ってきた村長は生きた心地がしないだろう。
数名の部下に家探しをさせると、ほどなく『勇者の剣』の教団シンボルが入った金塊とグライゼからの密書が発見された。
ご丁寧に取ってあった密書には、匿っていた『勇者の剣』残党と結託し、アレクサ王国軍をアルコー家領南部に引き入れ、グライゼを当主に新たなアルコー家を打ち立てようと画策してたらしい。
「おやおや。証拠がでてしまいましたねぇ。確か、アルコー家は保護領で我が領内の法が適用されるはず、叛乱準備の重罪人はどうなるんでしたっけ?」
「……ひぃい……違うんです。違うんです。グライゼ殿が力を貸せとうるさく申されるから、『勇者の剣』の残党の指導者二人を匿ってただけですぅ」
往生際の悪い、村長の首にマリーダが愛用の大剣の刃を突き付ける。
「妾は言い訳は聞きとうない。やるのか、やらないのかはっきりせい。やるなら剣を取らせる時間はやるのじゃ」
「ひいいぃい! やりませんっ! やりませんから、どうか命ばかりは……」
刃を突き付けられた恐怖で失禁した村長がへたり込むと、床に頭を擦り付け命乞いを始めた。
そんな村長の肩をポンポンとかるく俺は叩く。
「うちもね。グライゼ殿に唆された村長の首を取ろうなんて思ってないんですわー。でもね、物事にはけじめってのがあるでしょ? 誠意ってやつ? 見せてもらえますよね? 気持ちでいいんですよ。気持ちで」
叛乱の証拠探しに連れてきた倉庫の中は食料や金銭が溢れ返っている。
グライゼと共謀し『勇者の剣』と関係を持って、甘い汁を吸っていた利益で貯め込んだ物だと思われる。
うちとしては食料、金銭は、基本いくらあっても困らない。
ここは村長の誠意を期待して待ってみよう。まぁ、誠意次第では命は取らないが、叛乱を企てたことで強制代替わり&本人の謹慎幽閉だけは逃れられないだろうな。
「で、村長殿の誠意は如何ほどになります? うちの当主はいくさをしたがりましてね。なにかと物入りなのですよ」
「は、はい。は、この倉庫の物を半分差し出します。これでなにとぞお許しを」
地面に額を擦り付けて土下座をする村長。たが、誠意の額は足りなかった。
「半分じゃと? ならば、妾はお主の半分だけを助けるとしようかのぅ」
マリーダが誠意の額に不満を感じ、村長の脳天に大剣の刃を乗せた。
「……ひぃい! 滅相もありません。ぜ、全部出します! 全て差し出します。ですから、命ばかりはお助けを!! 頼みます!!」
「頑張れば出せるじゃないですか。よかったですね身体を半分にされずにすみそうですよ」
「……ははっ! ありがたきご処置。助かります」
『勇者の剣』の縁者を匿った村長を摘発したことで、周囲の村も匿えばとばっちりを喰らうと理解したはずだ。
周囲の噂になるように、なるべく派手に食糧満載の荷車が村長の倉庫から出ていくのを見送る。
村民たちが遠巻きに荷車の列を不安そうに見ている。
そりゃ、突然来た偉い人が村長の家を囲めば、何があったか気になって確かめにも来るだろう。
「あーすみません。お騒がせしております~。叛乱容疑で村長殿は責任を取られ隠居されることになりましたことをお伝えします」
ざわざわと話し合う村人たちの顔に不安が広がる。
「あー、安心してください。罰はすでに下されておりますので、村人への連座は適用されませんからご安心を」
「叛乱容疑……村長が?」
「ええ、そうです。貴方がたは何も心配する必要はありません」
「ほんとけ?」
「はい。ですが……」
満面の笑顔から、一気に表情を引き締める。
村人たちの注目を集め、不安を助長するようにわざと沈黙を作る。
誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
それと、同時に喋り出す。
「……エルウィン家やアルコー家に対し叛乱を企てている人はいませんよね?」
「エルウィン家やアルコー家に叛乱なんて滅相ない」
「なら、安心ですね。お咎めもないでしょうから、変わらず暮らしてください」
村人たちから安堵の声が広がる。
「それと、信仰の自由は今まで通り保証されますが、『勇者の剣』は禁制とされました。これだけはキチンと守って頂きたい」
とりあえず、頭脳になる叛乱主導者たちを一網打尽しにて、農村での叛乱蜂起の芽は徹底的に摘んでおいた。
ぶっちゃけ、これでも不十分かと思うが、現状であまり厳しくやり過ぎると、それが種火となって本当に叛乱を起こされる。
加減は必要だ。
外にたむろっていた村人へ伝えることは伝えたので、勢いよく扉を開けると、広間にいた全員がビクッッと体をこわばらせた。
「さて、村長を継ぐべき息子は誰だ?」
俺の言葉に深々と頭を垂れる村長の息子。
一家団欒の場におらず、すでに一家を構えて別の家に住んでいた。
今回の父親の叛乱加担には気付いていなかったようだ。
「なにとぞ、父の不行跡の始末付けさせてください」
自分の父親が、黙って敵対者を匿い、叛乱を企てて一家を危機に陥れたのを許せなかったようだ。
この世界、家長の罪は家族だけでなく、親類縁者一族郎党にまで及ぶ。
つまり、家族含めたかなりの者を危険な叛乱に巻き込んでいたのである。
「よかろう。どう、父親に責任を取らせる?」
俺の言葉に一度は助かったと安堵した村長が震え出す。
よもや、村長職を継ぐ息子が自分を裁くとは思っていなかったようだ。
「叛乱を企てた関係者と付き合いがあったとして告発し、身柄をアルベルト様にお預けします。煮るなり焼くなり自由にして下さい」
「お前! 父親を売るのか!」
「村を危険に晒す者を父とは呼べませぬ」
新しい村長は胆力が座っているようだ。実父を告発しても顔色一つ変えないでいる。
普通の農民かと思ったけれど、修羅場でも顔色を変えない男はわりと戦でも使える奴かも知れない。
新たに村長になった男のことを記憶の隅に留め、今一度、新村長になった息子に告発された元村長を見る。
「っというわけだ。悪いが新たな村長から、告発を受けたので、取り調べをせねばならなくなった。悪いがアシュレイ城にまであの二人とともに来てもらうぞ」
「馬鹿な! 財を差し出せば許すと仰せだったではありませんかっ! 約束を反故にされるのか!」
「いや、あれは前任者だった元村長との取り決め。後任者が該当者を告発するって話になると別だよ。別。取り調べだけでも受けてもらわないと」
「酷い! 詐欺だ! こんなの詐欺だ!! むぐぅ!」
「城で妾の試し切りの検体にするかのぅ……」
マリーダが元村長の首に大剣の刃を当てると、失禁して失神してしまう。
気を失った元村長は俺の部下によってさるぐつわされ、外に連れ出されていった。
「エルウィン家を裏切れば待つのは死だ。うちの情報網を甘く見るなよ」
「はいっ! 心に留めます! アルベルト様の寛大なご処置に感謝します」
新たに村長なった息子は額を床に擦りつけていた。
一家親族郎党皆殺しでもおかしくないほどの重罪が、父一人の犠牲でお咎めなしになる。
親を売った息子は心苦しいだろうが、けじめは必要だ。
エルウィン家に背けば、きっちりと罰を与えなければならない。
そのためには人身御供が必要となるのだ。
「おお、そうだ。うちは『勇者の剣』の信仰を捨てた者までは迫害する気はない。とだけ言っておく。もちろん、過去にやっていた者もだ。我々は宗教が武力を持つのを嫌うのだ。そこを間違えてはいけない」
「ははっ! 村人たちにはそのように布告いたします」
視察に同行したワリドが俺に耳打ちしてくる。
『甘過ぎではありませんか? もっと厳しく処罰しなくてよろしいので?』
「構わん。俺はこの新たな村長を信頼しておる。裏切られたら俺の眼が節穴だっただけだ」
村長になった男がハッと顔を上げ、ブワっと涙を流した。
人を使うには心を掴むが上策。何が人の心を掴むかって?
そらあ、信頼と誉め言葉よ。『任せる。責任は俺が取るから自由にやれ』と『お前に任せて良かった』は、ついぞサラリーマン時代には上司から言ってもらえなかった言葉だ。
その教訓を元に新たな村長には期待を与えておいた。もちろん、気付かれないように予防策だけは張っておくが。
「アルベルト様! ありがとうございます。誠心誠意、働かせてもらいます」
ペコペコと土下座してする村長を助け起こすと、その後、彼を交え歓待して飲みにケーションをしておいた。
マリーダが気に入った新村長の末の妹にお酌させて、セクハラして悦に浸っていたこともあり、たいした血が流れることもなく叛乱を企てた村の処罰は終えることとなった。
この処罰が山の民と境を接する村長たちに知れ渡ると、潜伏していた『勇者の剣』の関係者の摘発が容易になり、叛乱を企てていた村長連中は軒並み代替わりし、アルコー家領内における『勇者の剣』の影響力と叛乱勢力は完全に排除されることとなった。
そして、『勇者の剣』と戦いに掛かった収支報告書がこちらになる。
対『勇者の剣』収支報告書
支出(帝国金貨換算)
・山の民へのお土産代……帝国金貨二五〇枚
・ワリドへの情報工作費用……帝国金貨二九八〇枚
・ユーテルの高位神官への工作費……帝国金貨四五八〇枚
・俺専属情報組織の機密費……帝国金貨三四二〇枚
・山の民への懐柔工作費……帝国金貨二五〇〇〇枚
・討伐出兵費用……帝国金貨三六七〇枚
・損耗品補充……帝国金貨一二四〇枚
収入(帝国金貨換算)
・『勇者の剣』の財宝及び接収物資……帝国金貨五三四二三枚
収支総計:帝国金貨一二二八三枚増
っとまぁ、こんな感じで帝国金貨換算で一二〇〇〇枚以上の利益が出ていた。
『勇者の剣』とガチの力圧しいくさでやっていたら、赤字どころか、エルウィン家自体がひっくり返ったかもしれない案件であるのだ。
黒字収支はオマケでしかない。
それ以上の価値をもたらすのは、山の民との間に太いパイプを作れたことあろう。
彼らとのパイプは、エルウィン家家を更に強くさせるための栄養素となるはずだ。







