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 開拓村を後にした俺たちは近場で行われている水路の開削と堤防作りの現場を馬車の中から見学していた。


 大河ヴェーザーの支流がアシュレイ城の水堀に利用されているのだが、その支流も結構な水量を誇る川で何度も洪水の被害を出している暴れ川でもあった。


 その川はヴェス川と呼ばれ、山地から流れ出した綺麗な水を領内に行き渡らせてくれるともに、滋味に富んだ山の栄養をアシュレイ領内に行き渡らせ土地を肥沃にする仕事も担ってくれている。


 そんなヴェス川であるが、ひとたび暴れ出して決壊すれば、平野が続く領内は水に浸かり、深刻な被害を十数年に一度はもたらす川でもあるため、領民たちは毎年川の主への感謝と称し祭りを行い、怒りを買わないようにしているのだ。


 だが、俺の元にもたらされた堤防建設の見立てでは、大河であるヴェーザー河との合流点を中心に堤防で補強を加えていくのと、新たに水路を開削して川の流れを変えてしまえば、その支流であるヴェス川が決壊し洪水に巻き込まれる被害をかなり減らせると見積もっていた。


 そして、新たに開削する水路は開拓村へ水を供給するためにしておけば、既存の村との水を巡る争いも起きないで済むはずなので、今急ピッチで捕虜や奴隷を投入し水路開削と堤防作りを進めていた。


「ふーむ。こっちはむさい男どもばかりじゃのー」


「まぁ、敗残兵たちですからね。マリーダ様が掴まえたアレクサ王国のやつらです。死なない程度に食事を与えて水路や堤防を作らせますよ」


「うちの家も一歩間違えば、こいつらと同じ目に遭っていたんだよな」


 リゼが水路建設に汗を流す、元アレクサ王国の敗残兵を見てため息を吐いていた。リゼも元はアレクサ王国側に付いていた領主で、囚われてエルウィン家の保護領となっている。


 状況が少しでも違っていれば、リゼもここで強制労働をさせられていた可能性もあるのだ。


「リゼたんは妾の愛妾としてのお仕事に励めば良いのじゃぞ。んー、ちゅ、ちゅう」


 マリーダが隣に座っていたリゼの頬にキスの嵐を浴びせていく。


「マリーダお姉様、アルベルト殿が見てるから……。あっ」


「アルベルトにはリゼたんを貸す約束はしてるが、妾も自由にするのじゃ。ほら、フリンもリゼにちゅっちゅしていいのじゃぞ」


「あ、はい。リゼ様失礼します」


 抱き寄せられたフリンが恥ずかしそうにリゼの頬にキスをしていた。


「フリン、そ、そのありがとう」


 リゼも百合の気は持っているので、かわいい女の子からのキスを照れている様子だ。


「んんっ! マリーダ様、あまり羽目を外しますと帰城後にリシェールに密告致しますぞ」

 

「アルベルトはすぐにそうやってリシェールに密告するのじゃ。妾は愛妾二人と組んずほぐれず楽しんでおるだけなのじゃ」


 マリーダは美少女二人を抱き寄せると、二人の胸に手を入れてまさぐっては頬にキスをしていた。


 これが男の当主であったら、即座に悪徳領主のレッテルを貼られることは間違いないのだが、マリーダが女性であることが隠れ蓑となり、領民からは恐れられているものの、悪徳領主とは思われていないのである。


 むしろ、世話役の女官として傍に仕えることは名誉とも思われている。


 だが、女官というのは建前で実際は愛妾であるのだが、それらの話が外に伝わることはなかったのだ。


「んんっ! フリンやイレーナ、リシェールは女官としての採用ですし、リゼは保護領の当主であられるのをお忘れなきよう」


「分かっておるのじゃ。城の外にいる時は妾の自由にさせて欲しいのぅ」


「さて、外に出てもう少し詳しく進捗を見て来ますよ。衣服を正して下さい」


 俺はマリーダたちに衣服を正すように促すと、馬車の扉を開けて、外で行われている水路開削や堤防作りの進捗を確認することにした。



 外は鍬を振るって水路を掘る捕虜たちに交じり、鍛錬名目で派遣された鬼人族の若い連中も混じっていた。


 肉体を鍛えるのに力仕事はピッタリであるため、非番の従士たちや戦士たちが剣を鍬に持ち替えて、地面を掘り返している。


 下手をすると捕虜たちよりも鬼人族の方が仕事量でいくと多くこなしているようにも思えるが、その辺りはさすが脳筋と言うしかなかった。


 鬼人族たちがものすごい勢いで掘り返した水路の土を土嚢にして捕虜たちが堤防建設現場の方へ運んでいく。


 土木工事もいくさ場での塹壕掘りの練習だと言えば、喜んでやる鬼人族であるため、肉体仕事には今後とも積極的に筋肉を動員していこうと思う。


「あ、これはマリーダ様とアルベルト殿。お越しいただきありがとうございます」


 俺たちの前に現れたのは、小太りの中年男であった。近隣の村長たちから依頼されて堤防建設を提案してきた男で、普段は街道整備や建物を作るのを仕事としている大工のたちの頭領をしている男であった。


 名をレイモアという。


 長年放置政治を行ってきたエルウィン家に代わり、インフラ整備事業を代々続けてきた家の当主で、村長たちからも信任の厚い男でもあった。


「レイモア殿、こたびは堤防工事と水路開削の指揮を執ってもらいありがとうございます。ご不便はありませんか?」


「いえいえ、不便などありませんよ。今までで一番仕事がやりやすいくらいです。鬼人族の方も手伝ってくれていますし、罪人たちも鬼人族の方の凄さに怯えて仕事をさぼりませんからね。助かっております」


 レイモアは汗をぬぐいつつ、こちらに近寄ってきていた。


 自らも鍬を取り、水路を開削するのを手伝っていたようだ。


「レイモア殿のご提案には、このアルベルト感服しておりまして、当主マリーダ様を説得し、こたびは全額我が家の負担でと申し出た甲斐があります」


「助かります。近隣の村長たちから何度も嘆願されていたのですが、予算的な兼ね合いもありまして、こちらとしても手を出せなかった事業への出資はありがたいです」


 インフラを整備することを主な仕事にしているレイモアの元には、領内の村長たちからの嘆願が集まっているのだ。


 これは今までエルウィン家が何もしてこなかったためにできた自治組織みたいなものである。


 各村の村長が金を出し合い、街道整備や水路建設などをレイモアの家に依頼してきた歴史があるのだ。


 そのため、アシュレイ領内のインフラについてはレイモアの方がエルウィン家よりも詳しいのであった。


「そう言って頂けるとありがたい。なにせ、私も領内の街道整備や水路整備など門外漢でしてね。詳しい者を探していた次第。ところで、この前提示させてもらった話はお受けしてもらえるでしょうか?」


「ああ、エルウィン家のお抱え大工衆となる話ですか……。悪い話ではないと思いますが……。我らは鬼人族ではありませんぞ?」


「構わぬ。妾はアルベルトが欲しいといえば、種族は問わず採用することにしたのじゃ」


 フリンとリゼを両脇に侍らせたマリーダが、レイモアに対して家臣になるように説得をしていた。


「もったいなきお言葉……。私のような非才の身を直接勧誘して頂けるとは……。分かりました。これよりはエルウィン家お抱えの大工衆としてお仕えいたします」


 レイモアはマリーダに対して頭を垂れると、拝礼を行っていた。


 エルウィン家がマリーダに代替わりしてから、内政に人を募っていることが領内に知れ渡り始め、今まで自治組織で内政を担っていた者たちが文官としてエルウィン家に採用されていくことが増えていた。


 レイモアも先に文官入りしたイレーナの父と親交があり、そういった話を聞いていたようで、俺からの勧誘に対して快諾を返してくれていたのだ。


 エルウィン家の放置政治のおかげで無駄に自治能力が高い領内には、優れた内政人材がゴロゴロとしているため、積極的に取り立てて内政を担わせておいた方が、叛乱等も防げるのでありがたいのだ。


 レイモアの持つ街道建設や整備の知識、水路や堤防などの建築技術は、今後はエルウィン家主導の領内整備計画で発揮されることになるだろう。


「まずはこの水路開削と堤防工事を見事に完遂させよ。さすれば、レイモアを戦士長として取り立てて領地を与えるのじゃ。励むが良い」


「ははっ! ありがたき幸せ」


 大工衆を纏めるレイモアの家は平民とはいえ、すべての衆を集めれば千名を越える数の大工を集められるのだ。


 戦時には防衛用の塹壕や施設の建設にも動員したい思惑もあるため、家臣の中でも領地持ちになれる戦士長の役職を授け、領地を与えて優遇することにしていた。


 もちろん、戦で武器を持って戦わせることはしない。彼らの主な仕事は防衛施設の建設か領内のインフラ整備だ。


 水を制し、街道を制すれば領内はさらに発展していくはずである。そのために必要な力であるレイモアを臣下に納めたのはエルウィン家にとって僥倖であったと思われる。


 その後、俺たちはレイモアの案内で工事現場を見て回り、完成は今年の暮れぐらいだという報告を貰うと、アシュレイ城に帰城することにした。

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