052
帝国歴二五九年 瑠璃月(一二月)。
農村の村長たちによる自主的な目録提供運動により、ミレビスと文官団が全精力を注いで急ピッチで『農村』の租税基礎台帳を制作していた。
おかげで新年を迎えるまでにはかなり正確な収支報告決算書ができるとの報告がミレビスより上がってきている。
きっと、エルウィン家がこの地に来て以来、初めての正確な収支報告決算書が誕生するまではあとわずかであった。
それに農村部の人口もほぼ確定した。
農村数二〇箇所、一〇九六〇名。農村平均住民数は五四八名という数字が出てきていた。これはエルウィン領だけの数字でアルコー家の方は今だ査定中である。
農村の戸籍確定により農兵としてエルウィン家が動員できる兵の数も確定していた。
動員可能農兵数は最大二一〇〇名。
これは戦闘に耐えうる青年から壮年層の数から、農村維持に必要な最低数を引いて残った数だ。
農民は地面から生える訳じゃないから、きちんと農村を維持できるだけの人は残しておかなければならない。青年から壮年という働き手を戦争に総動員して大敗しようものなら労働力を失った農村が雲散霧消してしまう。
そうなれば、お家の蔵に入る食糧も金もなくなり、城を枕に討ち死にを覚悟しなければならなくなるのだ。
それに農兵は所詮、補助戦力。できるなら動員しない方がいい。
基本は職業軍人であるエルウィン家家臣を増やしていくつもりだ。
ただ、彼らは戦闘に従事するだけで平時は無駄飯くらいである。そんな彼らを雇うための金を稼ぐためにも農村の疲弊を誘発する農兵動員は最後の切り札として取っておきたい。
そんな思惑を考えつつ、先頃確定していた城下町分の人口五二三六名を合わせるとエルウィン領の総人口は一六一九六名。
結構な人口数ではあるが、領地として与えられている領内にはいまだに人手不足で耕作できていない平地がいっぱい転がっている。
俺が見る所、このエルウィン領は真面目に内政に勤めれば、人口一〇万人くらいは余裕で養えそうな土地の広さと、水利、商業用地や平地が揃っているのだ。
まじで人が欲しいなあぁ……。となると、無駄に余っている筋肉どもを動員して人狩りしてくるか。
リゼの領地であるアルコー家の農村から困っていることの申し出として、流民や逃亡兵となった者が村で悪さをするという話が何度も陳情されているのであった。
リゼの領地であるアルコー家に流民と逃亡兵が増えた理由。
それは、アレクサ王国の侵攻戦の余波であろう。
先の戦闘で撃破されたアレクサ王国軍主力及び、領主連合軍の兵士たちが、敗走しても地元に帰らずに徒党を組んで盗賊団になった者たちがいるらしいとの情報を掴んでいた。
もう一つの理由は、度重なるエランシア帝国とのいくさへの出兵で、アレクサ王国の領民に重税が課せられ、払いきれずに村を逃げ出した元農民たちが、流民となり比較的食糧の豊富なリゼの領地のあるスラト地方に流れてきているようだ。
一難去ってまた一難。今度は敗残兵狩りと流民対策を強いられる。
アレクサ王国、マジ無能。
っと言っていても始まらない。
幸い、エルウィン家には食う物はたんまりある。すぐに耕作地にできる土地もある。そして、人的資源を俺が渇望している。
やはり、人狩りをしよう。ヒャッハー! 楽しい人狩りパーティーの始まりだぁあ!! ヒャッハー!!
ってノリで、余っている筋肉たちを動員して、スラト地方に遠征し敗残兵狩りと流民狩りを始めることにした。
「はい。ということで、本日より、スラト方面の敗残兵狩りと流民狩りを開始します。マリーダ様、ブレスト殿、ラトール、私が言ったルールを理解しましたか?」
「おう! つまり、妾と叔父上とラトールで誰が一番多くの敗残兵をブチ殺せるかの勝負じゃな」
「はい、違います。後で城に帰還したら印章押し一〇枚増しです。では、ブレスト殿は分かっていますよね?」
「おう! ワシらがそいつらを半殺しにして連れて来たらいいんだろ? 腕や足の一本くらい無くても大丈夫だな?」
「おしい。けど、違います。敗残兵たちは五体満足で捕縛して連れて来てください。それが、今回の指令です」
「オレが一番槍を取るから、親父やマリーダ姉さんは後からゆっくりときてくれればいいぞ」
「ラトール、君は従士君たちにも戦闘訓練を積ませるのを忘れずに頼みますよ。自分ばっかり戦ったら捕虜たちと一緒に堤防作りさせますからね」
「お、おぅ。わかってらい」
本拠のアシュレイ城の留守居をリゼに任せ、調練したいと城で暴れていた三人に敗残兵狩りを任せることにした。
ただ、そのまま任せると全員ぶち殺しそうだったので、今回は若い鬼人族である従士たちを引き連れさせ、彼らに戦闘訓練を積ませながら、敗残兵を生け捕りするという高難度ミッションを与えた。
しかも、今回はいつものいくさにおける賞罰とは基準を変え敵をより多く生け捕りにした者が称えられ賞せられるミッションだ。
「えー! 面倒くさいのじゃ! 討ち取ればよいではないか!」
「彼らは犯罪者集団であり、奴隷としてうちの水路作りに投入するための無料の労働力です。それでも、殺しますか?」
「うむ、アルベルトは酷いやつだのう。死ぬまで水路作りに従事させるなどとは……」
「誰も死ぬまでとは言っていませんよ。改心して真面目に働けば、数年間の刑期後はキチンと労働者として賃金は出しますし。今は犯罪者でも人手が欲しいのですよ。マリーダ様」
「人手か。そうじゃな。戦をするには人手がいるのじゃ。さすが、アルベルトは頭がいいな。よし、ならば敗残兵を根こそぎ生け捕りにするのじゃ!!」
明確に俺とマリーダの人手に関する方向性が違っている。
だが、敗残兵を捕獲するべきという一点においては理解を得たようだ。
もうヤダ。脳筋はなんで争うのが好きなのさ。
「ともあれ、キッチリと敗残兵狩りしてくださいね。私は流民たちを説得してきますので、よろしく頼みますよ」
「おう、分かったのじゃ。殺さずに捕獲するのはちと手間じゃが、鍛錬と思えばそれもたのしめそうじゃのぅ。叔父上、早く狩りを始めるのじゃ」
「分かった。なら、得物はそこらに転がっておる棒にしておくか。自分の得物だとバッサリとやってしまいそうだからな」
「はいはい。殺さずにね。殺さずに。敗残兵討伐は手早くお願いしますね」
「おう、任せておけなのじゃ!」
従士たちを引き連れたラトールを先頭にマリーダとブレストが、敗残兵たちが根城にしている国境近くの廃棄された砦へ向け駆けだしていった。
アルコー家の村人からの報告では、敗残兵の規模は数十から大きくて百名程度、あの三人ならタイマンで遅れをとることはないため、あとはお任せしておく。
出立前にラトールに噛んで含めるように作戦計画を伝えてあるので、上手く脳筋二人を取り扱ってくれるはずだ。







