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「さて、和んだところで今回お主らを呼んだ本題に入ろう」


 魔王陛下のニコニコとした優しい視線が一変し、鋭く突き刺さるような厳しい視線が俺に向けられていた。


 先ほどまでマリーダたちにみせていた穏やかさが影を潜めていた。


「国境の城を鮮やかに奪った手際といい、こたびの戦でのマリーダたちを使った戦術といい、ステファンの奴が手放しでお主を褒めておったからな。どのような男か気になったのだ」


「ははっ! お褒め頂きありがたき幸せ」


「ただ、聞いた話では、お主はマリーダ以外に女がいるらしいな? こたび褒賞として授けたアルコ―家の当主も実は女性ではないかと聞いておる」


 そこで、謁見の間の空気が氷点下まで一気に下がる。クライストからの視線が周囲の空気を急速に冷やしているように感じられた。


 やばい。やばい。やばい。これ、ゼッタイいけないエンドに行くよね? さっきの見るにこのクライストって人はマリーダを溺愛というか甘やかしている節が多々垣間見えたので、その婿になる俺に他の女がいるとなると、首と胴体が離れてしまうかもしれない。


 逝くのにいけないってこれ如何に……って、上手いこと言ったとかガッツポーズしようとしちゃったぜ。


 違う、違う。この危機を乗り越えないと、嫁とのイチャイチャタイムが二度と楽しめなくなる。


 嫌だ。そんなのは嫌だ。考えろ。脳みそふり絞れ!


「兄様、リゼたんもイレーナも全部妾の嫁じゃ! アルベルトには貸してやっているだけじゃぞ! そこは訂正しておくのじゃ!」


 マリーダがリゼやイレーナを自分の嫁だと言っているが、クライストの顔から険しさは無くならず『オレのかわいい妹をよくもコマした上に他の女に手を出しやがって』的な殺意のこもる視線が突き刺さる。


 ムリムリムリっ! ムリィ! ムリったらムリィ! 


 この修羅場を乗り切るための策を必死で絞り出そうとするが、クライストの視線に晒されると脳が委縮して何も考え出せなくなっていた。


「私は……マリーダ様の婿で……一筋でございます」


「ほぅ、他に女がいてマリーダ一筋と申すか? おぬしの舌は二枚あるようだな」


 こめかみに青筋が走り、『何言ってくれてんだ。ゴラァあああああ!!』的な視線が突き刺さる。


 クライストが脇に控えていたお付きの者を手招きし、剣を受け取るとスラリと抜いた。


 アカン、死亡フラグがいつの間にか立っていた。バッサリと手討ちにされるかも知れん。


 カタカタと身体が震え、次の言葉が出てこない。


「兄様っ! 戯れはやめるのじゃ! アルベルトの知恵はエルウィン家の至宝じゃ」


 マリーダが空気を読まない発言をする。


 ギロリと動いた魔王陛下の眼が発する視線の圧力が増した。


「マリーダ。アルベルトはおぬし以外に好きな女を侍らせておるのだぞ。それを許すと申すか?」


 クライストがトントンと剣の刃先で俺の首筋を叩く。そのたびにひやりとした感触が首筋を這っていた。


 きひぃいいい。首筋トントンするのらめぇええ!! 


「兄様っ! アルベルトは女にだらしないえっちい男じゃが。妾の大切な婿なのじゃ。アルベルトを斬るなら妾を斬ってからじゃ!」


 マリーダ、いいこと言った!! さすが俺の嫁! できた嫁を持って俺は嬉しいよ。


 惚れちゃいそう。いや、もう惚れまくっているけどね。


「マリーダ。おぬしは、またオレを困らせて当主の座を剥奪させるつもりか?」


 パワハラアタックきたぁあああ。最強のパワハラでしょ!


「うぅ、それは……」


 さすがの野生児マリーダも、野良犬生活には戻りたくないようで、これ以上の擁護は無理っぽい。


 このままだと、夢に向かって走り出したセカンドライフが、首と胴体を切り離されて即終了してしまう。


 そんなのは、絶対に避けたい。だが、どれだけ脳みそを振り絞っても回避策は出てこないでいた。


「アハハっ!! マリーダを困らせてやったぞ! これで、オレを困らせたのをやり返してやったわ!! ハハハッ! アルベルト、済まぬな。今まで散々マリーダを甘やかしてきたが、今回だけはお灸を据えてやろうと思うってな。お主を出汁に使わせてもらったわ。許せ」


「へ?」


 突如、笑い出したクライストが剣を投げ捨てると、俺の肩を叩いていた。


「野生児と言われるマリーダを御することができる有能な男を殺す気はない。逆に、オレの直臣として引き抜きたいくらいだが、どうだろうマリーダ、金貨五〇〇〇〇枚でオレにアルベルトを譲らぬか?」


 修羅場から解放されてホッとする暇もなく、魔王陛下から直臣へのスカウトが来ていた。


 きひぃいいい。お金持ちアタックらめぇええ!! 日本円で九億円近い移籍金提示らめぇですぅうう!!


「兄様っ! 妾を困らせるためアルベルトを苛めたり、金で引き抜くのはダメなのじゃっ!」


 マリーダが引き抜きをかけたクライストに抗議をしている。


 普通の人なら魔王陛下への直臣のお誘いは喜ぶべきことだが、初対面の印象と諸々の噂を総合するとご辞退が順当な判断だと思われる。思うにこのクライストは、マリーダに比べて仕えるのが数倍は疲れる男だと考えられた。


 とは言っても、上手く断らなければ先ほどの二の舞になる可能性もあった。


 今回は先ほどの俺の女性問題に関しての話ではなかったので、脳細胞が活発に動き、すぐにクライストに対して断る口実を導きだしてくれていた。


「恐れながら陛下に進言したきことがあります。マリーダ様の家臣であり、陪臣である私を陛下の直臣にと引き抜きをかければ他の臣下の方々が必ずや不満を感じられると思われます。そうなれば、陛下のお力を削ぐ結果になりかねないと思案いたした次第」


「アルベルトの言うことも一理あるな。譜代の臣どもが騒ぐであろう」


 しめた。クライストに逡巡が見て取れる。


 エランシア帝国は常時紛争を抱えている国家で、褒賞の不満が即叛乱に繋がりかねない面倒な国なのだ。


 『あいつより働いたのに俺の方が、褒賞が少ない』って思われたら、即敵側に走る奴等が大量にいる。


 つまり、大した戦功も上げていない俺が、急に陛下の直臣になった上に爵位まで得れば、嫉妬するやつが大量に出て、クライストに刃向かってくるのだ。


「陛下のお力はまだ不安定だと思いますので、我が主君、マリーダ様を重用して下され。私の属するエルウィン家は、陛下の出身家であるシュゲモリー家の剣であるのと同時に、陛下御自身の剣となりますぞ」


「むむ、さすがマリーダを舌先三寸で丸め込んだ男だな。痛いところを突いてくる」


 クライストも自分の力が盤石と言えるほど強くないことを知っているようだ。


「兄様! 妾は兄様に剣を捧げておるのじゃ! アルベルトの知恵は妾が居てこそ輝くようになっておる!」


「仕方あるまい。アルベルト、おぬしにはこのじゃじゃ馬な乳兄妹であるマリーダの騎手としてオレを支える力となれ。よいな」


「ははっ! 我が知略をもってマリーダ様を御し、陛下のお力になることをお誓い申し上げます」


 とりあえず、直臣のお誘いはお断りできたようだ。その後はクライスト自身が主催した私的な酒宴の流れとなり、その席上でマリーダの婿としてマリーダやブレスト同様に礼儀不要の特典だけは与えられることになった。


 こうして、俺はマリーダの乳兄妹である魔王陛下クライスト・フォン・シュゲモリーに顔を覚えられてしまった。

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