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眼下では、出撃したマリーダとブレストたちが、アレクサ王国軍本隊から遅れていた国境領主軍の間隙を突いていた。
真紅に染められ露出度の高い革鎧を着たマリーダが騎馬を駆り、手にした大剣で草を刈るように農兵の身体を一刀のもとに両断していく。
完全に油断していた国境領主軍は偵察隊も出さず、この河原に侵入していたので、俺たちの存在に気づいていなかった。
そのため、大いに狼狽し軍旗が揺れ動いているのが見て取れる。
「敵さん、焦ってますね。どうせ、側面支援名目の乱取り要員として動員されていたんでしょうけど、先にうちに襲われるとは思ってなかったみたいですね。農兵さんたちを置いてきたのは正解だったかも」
マリーダのお付き女官として参陣しているリシェールが、慌てふためている領主軍の心情を言い当てていた。
敵は俺たちが農兵を動員すると思い、この地への到着が遅れると読んでいたのか、前方のステファン軍にしか注意を向けておらず、側面支援行動を起こす前であったようだ。
「いくさの支度については鬼人族より早い人種はいないかもしれないね。行軍も最速であったし」
「オレたち鬼人族は常在戦場で生活しているからな。いくさ場に遅れるのは恥とされている」
ラトールが言う通り、常にいくさを考えた生活をしている鬼人族は、いざいくさとなると行動が本当に早かった。
俺の予想よりも半日以上も早く城を出立できていたし、到着予定も一日ほど前倒しできていたからだ。
おかげでこうして領主軍が狼狽えるくらい早く、いくさ場に出現できている。
なので、いくさに関して鬼人族は花丸をあげてもいいくらい準備がいい。ただ、その分、内政に関しては三重バツが付くけどな。
「あー、マリーダ様が敵の将の首を飛ばしましたね。やっぱ田舎の領主くらいじゃ、野生児マリーダ様は止められませんね」
敵の左翼から回り込んだマリーダが、騎馬に乗り小領主らしき華美な鎧を来た方の首が宙を舞った。
一合すら交わしもせず、マリーダの大剣が正確に相手の首を刎ね飛ばしていた。
「は、早いな。まだ突入してあまり時間が経ってないぞ」
「マリーダ姉さんの剣を受けられる奴なんて、そうそう居てたまるか」
エランシア帝国でも屈指の脳筋……もとい、豪勇というのは、本人の誇張だと思っていたが『鮮血鬼』と言われたマリーダの武芸の腕は戦闘国家エランシア帝国屈指であり、大陸最強クラスかもしれないと再確認した。
まさに女版『呂布』を地で行く女傑である気がしている。
「マリーダ様は最強の矛というべき力かな。ラトールの親父殿も頑張っているじゃないか」
当主であるマリーダが早々に敵の小領主の首を挙げたため、対抗心を燃やしたブレストが、右翼の農兵を草を刈るようになぎ倒していく。
マリーダと同じく騎馬に乗った状態で大槍を振り回し、牧草でも刈るように敵の農兵の手足を斬り飛ばしていた。
その勢いに圧倒された農兵たちの人波がガバっと割れた。
「敵さんはブレスト様の武勇に怯んでいますね。あたしでもあんな風に草みたいに人を刈られたらちびりますが」
観戦モードのリシェールもドン引きの凄惨な現場を作り出したブレストは、割れた人波を駆け抜けると、その先にいた敵将の首を一閃していた。
そして、そのまま近くにいた別の領主の首も次の瞬間には胴体と首が離れていた。
「親父……。くそ、やるじゃねえか……」
一気に三人の指揮官級の首が飛び、戦意の元々低い領主軍はエルウィン家の戦闘力に恐れを抱き、こちらが少数にも関わらず、戦意を喪失した農兵たちの動きが鈍くなっていた。
「前衛が逃げ出し始めましたね。これは、もう勝利確定ですか?」
「指揮官の首を獲られ農兵がやる気なくしたからな。ほぼうちの勝ちだ」
前衛が崩れたことで、隊列が乱れた領主軍に左右から突っ込んだマリーダ隊とブレスト隊が襲い掛かると、敵は更なる混乱に包まれた。
やがて、二人が敵本陣と思われる場所に突入したのを確認すると、観戦していたラトールの肩を叩く。
「よし、ラトール。いよいよ出番だ。ここから見た場合、敵を効率的に駆逐できる策を考え出せ。正解したらそれをやらせてやる」
「効率的に駆逐だと……。ふーむ」
この数か月で鬼人族の扱い方は多少理解している。いくさに関することであれば、彼らはもの凄い能力と集中力を発揮するのだ。
なので、ラトールにはいくさにおける『効率的な敵の駆逐法』を考えさせる。
しばらく、周囲の状況を探っていたラトールが答えを見つけたようで、意見具申を申し出てきた。
「敵は指揮官を失い、烏合の衆と化している。騎馬戦力が充実しているオレが後方に回り込んで本陣で暴れている親父とマリーダ姉さん側に追い込めば敵は逃げ場を失い、更なる混乱が生まれ、戦果を拡大できるはずだ。どうだ、アルベルト」
「及第点としよう。初陣だしな。ここからは答え合わせだ。あと一歩先を見るぞ。ラトールが敵後方に周り込んでマリーダ様とブレスト様まで追い込むまでじゃなく、二人と合流したら、戦意喪失し混乱状態の敵兵をアレクサ王国軍本隊の方へ追い立て敵軍の混乱を更に拡大するというのが最善手だと思う」
俺たちが陣取っている場所は高台であるため、ステファン軍と戦っているアレクサ王国本隊の姿が俯瞰視点で見える。
その位置をラトールに指差して追い込む位置を教えていた。
「おおぉ! なるほど! さすが、アルベルトだ。それだと、本隊も巻き込んだ大戦果になるぞ!」
「そういうことだ。これは大変重要な任務だからな。二人に合流したらきちんと私の意図を伝えてくれ」
「おお! 心得た」
「よし、なら行け!」
「分かった! ラトール隊、出撃」
片手斧を引き抜いたラトールが配下を呼び集める。
輜重隊の護衛についていたラトールの配下たちが、それぞれの得物を手に駆け出していた。
猟犬役をやらせるために彼らには残していた騎馬を与え、機動力を高めておいてある。
ラトールの駆けだしていく姿に俺は勝利を確信していた。







