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035

 その後、父親であるラインベールが城下街の鍛冶職人たちを連れて戻ってきた。


 そして、俺は鍛冶職人たちの視線が集まるテーブルに一本の鉄の棒を置く。


「これと同じ長さの物を三〇〇〇本ほど作ってくれ」


「へぇ、同じ長さですか?」


「ああ、ぴったりと同じ長さのものだ。材質は鉄で作る。簡単に曲がらないし、材料もすぐに手に入る」


 テーブルに置かれた鉄の棒は印をつけた場所をマリーダにぶった斬ってもらった物だ。俺が目視でおおよそ一メートルと感じた長さで棒を切ってもらっている。


 完全に目分量であるがこれが、エルウィン家の領内における一メートルだ。


 俺が決めた。本来なら領主が決めることだが、マリーダに説明する前に出た返答は『よきにはからえ』だった。


 なので、よきにはからっている。


 鉄だと温度で伸長するし、錆びる。が、今の統一されていない尺で測られるよりは、断然マシで正確な長さが測れる。


「なるべく誤差なく頼むぞ」


「へえ、心得ました」


 鍛冶職人の中には武具を作る職人たちも混じっているので、鉄尺は早々に集まるだろう。これを領内の公的な尺として普及させ、これ以外での尺での商取引に罰金を科すつもりだ。


「さて、次はこれだ」


 コロンと小さな鉄の塊を机の上に置いた。


 アシュレイ城の倉庫に転がっていた小さな鉄の塊を拾ってきたものだ。


「これは?」


「ああ、これが天秤用の重りだ。これを重さの最低基準とする。これを元に五倍、一〇倍、五〇倍、一〇〇倍の分銅を作らせる。数字の管理はラインベール殿に任せる」


「承知いたしました」


 天秤は領内に重さを計る道具としてあまねく行き渡り、人々が日常的に使っているが、秤に使う分銅の統一がされていないのだ。


 例の如く、よきにはからえなので、この際俺が統一させてもらう。


「この公的な重りと尺を使わぬ商取引は来年より全て正規取引とは認めぬ。ラインベール殿には商人組合にてこの正規品となるエルウィン家の意匠入り分銅と尺を販売してもらう。その際単位名称も変更を布告するので、以降はその単位での商取引以外は違法とみなすことにします」


 ついでなんで、センチメートル法とキログラム法を領内基準として採用することにしている。どうせ、切り替えにあたり新しい単位が必要となるので俺に馴染んだ物を利用しようと思う。


 単位の変更は多くの反発が予想されるが、これについては当主マリーダの直裁で公布してもらい、この単位以外の使用を禁ずることにする予定だ。


「来年ですと……。これは早急に制作進めねばなりませんなぁ。だが、できない訳ではない」


「ラインベール殿には頑張ってもらいますぞ」


 重さと長さと容積だけでも統一できれば、取引偽装のもめごとが減るのはもちろんのこと、徴税業務における計量の負担低減も狙えるため早急に導入するつもりである。


 最初は色々と混乱するだろうが、人間は慣れる生物だ。


 十年も経てば、慣れれば普及すると思う。苦労は最初だけ、受けるメリットは莫大。


 エルウィン家の身代が大きくなれば、なるほどメリットが大きくなる。そのための先行投資だ。


 商人組合の一室に集まっていた職人たちに鉄尺と分銅の制作を依頼して送り出す。


 残ったラインベールとイレーナが神妙そうな顔でこちらを見ていた。


「どうかされましたか?」


「不躾な質問ですが、アルベルト殿は身辺がお寂しいことはありませんでしょうか?」


 ラインベールがチラリと俺の顔色を窺っている。身辺が寂しくはないかとの問いかけを精査していく。


 これは、娘を差し出すというフラグであろうか。


「私の身辺は寂しくはないが、マリーダ様が身の回りの世話をする女官を探していますよ。どうです、お嬢様を行儀見習いとしてお城に上げられては?」


 巧みに相手の意図を躱した答えを返しておいた。


 きっと、ラインベールは俺にイレーナを近侍させてエルウィン家への影響力を増大させたいのだろうが、行政を牛耳る予定の俺が一商人と結託するのは外聞が悪い。


 外聞よくするためにはマリーダ付きの女官として城に上がってもらい、俺の秘書業務もしてもらうのがベストだと思われる。


「なんと、マリーダ様付きの女官の枠に我が娘を……。それは本当ですか」


 ラインベールはマリーダの本性を知らないようで、本当に普通の女官として当主に近侍できると喜んでいるようだ。


 入り婿の俺の近侍より、当主付きの女官の方がラインベールとしても影響力を発揮できそうで嬉しいのだろう。


「本当です。私の方から推薦の書状を書きますので、是非ともイレーナお嬢さんをお城の方に遣わしてください」


「そ、それはありがたい。イレーナ、すぐに城に上がる準備をしなさい。今後はマリーダ様の側仕えとして一生懸命に奉仕するように」


「は、はい。お父様」


 イレーナが慌てて部屋から出て登城する準備をしにいった。厳しい奉仕が待ち受けていると思うが、悪いようにはしないので、頑張ってもらうことにしよう。

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