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 倉庫に到着すると、まずは食料備蓄管理台帳の存在が本当にないのか確認するため、倉庫番をしている人族の男を呼び出した。


 倉庫番の男は四〇代の人当たりの良さそうな頭ツルテカのおじさんであった。例の腐敗しかけている在庫糧食の売却を陳情を行った人物でもある。


「貴方が倉庫の管理を任されている人です?」


「ええ、ご当主様始め、鬼人族の方は糧食の管理をされませんから、各農村の代表者に頼まれて私が管理しております。名はミレビスと申します」


 ミレビスが丁寧な挨拶を行ってきていた。


「お初にお目にかかります。こたびマリーダ様より内政を任せられたアルベルトと申します。若輩者でありますが以後お見知りおきを」


「お噂はかねがね鬼人族の方より聞いております。あのご当主様の入り婿になられたそうですな。それとお若いのに聡明だとのお話もチラホラと聞き及んでおります」


 倉庫番のミレビスは終始丁寧な言葉遣いや態度を示しているが、その目の奥はこちらを値踏みするような鋭い視線を向けているのが見て取とれる。


「噂とはお鰭が付いて流布するものです。それよりもミレビス殿が出されたマリーダ様への陳情書は拝見させてもらいました。文字も綺麗で文章も分かりやすく状況を伝えておられため、すぐにでも手を打たねばと思い尋ねて参りました」


「ほぅ、これはお若いのに……」


 ミレビスの眼が更に鋭さを増していく。人当たりの良さとおおらかそうな外見とは裏腹に目は知性の光を鋭く放っている。


 これは俺が値踏みされていると見た方がいいな。


 一応、これでも俺の身分は当主直属の顧問官という立場とされ、血族主義を貫くエルウィン家で唯一の人族家臣という状態である。


 武事一辺倒のエルウィン家の領民からしてみれば、ようやく内政の話を聞いてくれる人が現れたとの想いもあるのだろう。


 話しは逸れるが血族主義のエルウィン家であるため、家臣なるには鬼人族か鬼人族の配偶者及び鬼人族との血縁がある者と規定されているらしい。


 ただ、鬼人族は武を貴ぶ種族であるため、俺みたいに当主を寝技で仕留め血族入りした者は皆無であり、血族入りする者のほとんどが戦闘において抜群の武勇を示し、その強さを気に入った鬼人族の家長が娘を与え血族にするという慣習に則っているそうだ。


 つまり、鬼人族と血縁を結ぶには武勇が必要であり、鬼人族の血縁のない人族は、武勇以外が有能であったとしても、そもそも家臣にすらなれない状態なのだ。


 だから、きっとミレビスもそういった基準で血族入りをできないでいる者だと思われた。


「ミレビス殿は現状のエルウィン家についてどう思われます? ああ、別に他意はありませんので、思ったままに述べてもらって結構ですよ」


「これは直球な物言いですな。私ごとき在野の者がエルウィン家の統治に問題を呈せるとは思えません。アルベルト殿もお戯れはおやめください」


「では、設問を変えます。エルウィン家の更なる発展を目指す上で、現状で最優先の施策を述べよ」


 俺はそれまでの態度を翻し、高圧的な声を出してミレビスに返答を求めた。すると、ミレビスも俺の本気を感じとったのか、それまでの人当たりの良さげな顔を引き締め、知性を宿した目の輝きを増していく。


「それは私の採用試験と見てよろしいでしょうか?」


 将来的には鬼人族だけでは人材が不足すると思われ、人材拡充のため領民の多数を占める人族の家臣への登用手段も考えなければならなかった。


 まずは個人的雇用契約での登用かな……。金はマリーダに出してもらうけどもさ。身分的にはマリーダの私的従者といったところか。


 内政を務めさせる者たち身分に対しては難しい問題も絡んでくるので、当面はマリーダが私的に雇った従者という立場でお仕事をしてもらうことになるはずだ。


「ああ、そう思ってもらって構わない。私の手足として動く者が欲しいからね設問の答えを聞いて気に入れば、マリーダの私的従者として雇ってもらう。そして、成果を出せばゆくゆくは家臣として取り立てるつもりだ」


 俺の出した答えにミレビスの顔に更なる真剣さが加味されていった。


 しばらく待つとミレビスが答えを導き出したようだ。


「エルウィン家が最優先で取り組むべき課題は、各種台帳の整備と整理だと思われます。徴税に必要な租税基礎台帳、その大元となる各農村の農地取れ高を査定した土地台帳、人頭税の基礎となる農村の人口を調査した人口台帳、倉庫に物納された糧食管理台帳、城下の街の商家に課税するために提出させる売り上げ申請台帳など各種の台帳を整備し、領内の状況の把握を務めるのが先決かと思慮いたします」


 ミレビスの出した答えはほぼ満点である。内政の基本はいくら入ってきて、いくら出ていくかをキチンと知ることが第一番目であるのだ。


 けれど、エルウィン家は入ってくる額も不明、出ていく額も不明。そもそも、金が足りているのか、足りていないかすらも把握できない状況である。


 この状態でよく帝国からの監察官に怒られないなと思ったが、監察官も人の子。狂犬に噛みついて喰い殺されるよりは見なかったことにして長年お茶を濁してきた気もしないでもない。案外『エルウィン家の帳簿は中身を精査するな』とのお達しも監察官内でささやかれているのかもしれない。


 それほどまでに致命的な無管理状態が横行しているのだ。領民から見れば、エルウィン家と鬼人族は『君臨すれども統治せず』みたいなものなのだろう。


 一応、形式上陳情書を出すが、一定期間返答がなければ陳情者が勝手に実施してきたというのが、この領地の歴史らしい。

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