022
「お二人とも朝から元気が有り余っておられるようですね。城壁の石積みと農地開墾のどちらがお好みですか? さぁ、遠慮なく選んで下され。遠慮は無用ですぞ」
ずいっと一歩前に出る。
当主に就任したマリーダにより政務担当官として、内政・外交・謀略におけるほぼすべての権限を付与された俺はエルウィン家の重鎮として筆頭家老となったブレストにもラトールにも指揮監督権を持つ軍師の地位に就任している。
ただ、この軍師という地位はマリーダが個人的に俺に与えた地位で、公的な身分ではない。
しかし、当主就任当初からマリーダが俺の指示に従うと明言しているため、家臣であるブレストもラトールも指示に逆らうことはできないことになっている。
虎の威を借るなんとやらだが、戦闘職人である鬼人族を平時に自由にさせてしまえば、色々と問題ばかり発生するため、いくさ場以外では俺が仕切らせてもらうことにした。
いくさに関しても大戦略、戦略は俺が筋道を定めるが、戦術指揮に関しては熟練職人集団である当主であるマリーダ及び筆頭家老ブレストに一任するとの取り決めをしてあるのだ。
だが、今は平時。なので、喧嘩はご法度と定めてある。破った者は誰であれ罰を与えられなければならない。
「オレのせいじゃないぞ。親父がっ!」
「な、なんじゃっ! ラトール! 貴様、ワシのせいにするのか! 裏切り者め! アルベルト、話せば分かる! この阿呆が悪いのだ」
ブレストも脳筋一族ではマシな方だが、だがやはり理性よりも脊髄反射で生きている男であった。
「就任当初に申し上げたはず。城内での喧嘩はご法度。破った者は罰が下ると定めております。城壁積み上げ、開墾作業がお嫌であれば特別室で数日お過ごしになりますか?」
『特別室』という単語を聞いたブレストとラトールが動きを止めた。
俺がこの城に来て作った『特別室』は鬼人族には、恐怖の代名詞となっているらしく、いくさでは死を恐れぬ勇者が泣いて許しを請うとまで囁かれ始めていた。
そんな酷いことはしてないのだがな。ただ、白い壁の小部屋に正座して『思慮深く、物事を考えて行動します』と書きとらせるだけの簡単な作業に従事させるだけの軽い罰なのだが。
彼らにはそれが大層苦痛であるらしい。
ブレスト、ラトールという猛獣二人を抑えられる猛獣遣いというのが、今の俺のお仕事内容だった。
いや、正式にはエルウィン家の軍師だが。
「ま、待て! アルベルト。ワシは『特別室』は嫌だ! 後生だ! 頼むからあそこだけは」
「お、オレも嫌だ。頼む。もう親父と喧嘩はしない。本当だ」
カクカクと足を震わせたり、地面にへたり込んで這いずって逃げようとする二人に宣告する。
「ならば、罰としてブレスト殿は石壁の修繕、ラトールは郊外の農地を耕してくるように。よろしいか?」
キッと二人を見据える。こう毎日、二人して暴れられたら、こちらの気が休まらない。
有り余る血の気はエルウィン家のために、強いては俺とマリーダの子のために流してもらうことにした。
「返事はどうされた?」
「「はっ、はいっ!!」」
二人は背筋を伸ばすと、罰として与えられた持ち場に去っていく。
その様子を見送ったフレイが半笑いしながら話かけてきた。
「アルベルトは猛獣使いの才能があるのかもね。マリーダといい、うちの人とバカ息子も上手く使ってるし」
「フレイ、妾はアルベルトには従順ぞ」
確かに夜も昼も俺には従順で調教されつつあるマリーダであった。
うむ。こちらは将来有望だ。マリーダには当主としての自覚も持って欲しいからな。
俺はそんなことを思いながら、政務が山積みになっている大広間に向かった。







