019
「そちが、あの馬鹿姪の婿と称す阿呆者か」
ヒリヒリするほどの殺気を孕んだ視線が俺を貫いていく。まるで山中で熊に出会った気分がしてならない。目を逸らしたらその瞬間に飛びかかられて首筋を食い破られ息の根を止められていそうだ。
「は、はい。先発の使者に持たせたマリーダ様の書状に書かれた通りにこざいます」
「当家から放逐した我が姪を篭絡して、こすっからい策をもって、エランシア帝国に復帰させ、ワシから領主の地位を奪いにきたというに、小憎らしいほどの冷静さだのぅ。そちは自らの首が飛ばぬと思っておるのか?」
ブレストが脇に控えていた家臣から愛用と思われる大槍を手にしたと思うと、俺の目の前にいた。
見えねぇ……。やっぱり、バケモンだった。
首筋に突き付けられた槍の先が冷たい感触を俺に伝えてきていた。
「いえ、違います。私はエルウィン家を更に発展させるためにやって参りました。ブレスト殿が危惧するマリーダ様の奔放さを私が御してみせ、このエルウィン家をエランシア帝国の大貴族にまで押し上げるため身命を賭けて働く所存でございます」
「ぬかせ! 小僧! おぬし程度のこざかしい知恵で、この乱世を生き抜けると思うのかっ! この痴れ者めっ!」
ブレストが俺の首筋に突き付けた槍先にわずかに力を込める。
槍先の触れた首の皮が軽く裂け、裂けた場所からわずかに血が滴り落ちていく。
死の恐怖を感じているが、ここで恐れを見せて引けば、俺のセカンドライフは即終了を告げるだろう。今が踏ん張り時である。
「私にエルウィン家の舵取りをお任せ願えば、マリーダ様、ブレスト様をエランシア帝国一、二の将軍にして差し上げます。面倒な領地経営における内政、外交、諜報等は私がすべて請け負い、お二人には存分に戦える場を与えましょうぞ」
俺は戦闘種族である鬼人族であるブレストと細かい交渉などする気はなく、彼がもっとも欲するであろう物を提示する。
野生動物に駆け引きは無用だ。与えるものは好物であるだけでいい。







