123
帝国歴二六四年 紫水晶月(二月)。
毎年恒例行事、年始のヴェーザー自由都市同盟カツアゲ遠征準備中のアシュレイ城は、脳筋たちのヤル気が漲っている。
「「「やるぞ! やるぞ! やるぞ! うぉおおおおおおっ!」」」
「正月休みも終ったし、そろそろ気合入れて、鍛錬の成果を見せないとな!」
「今回はメトロワの守備についてるやつらと合流して、船で下ったモラニー市まで攻めるらしい。水練の成果も見せねばならん!」
出立の日が近づくと、脳筋たちは朝からソワソワし始めている。
もちろん、うちの当主と脳筋四天王たちもソワソワしている。
「ラトール、お前は新しくきた婚約者の面倒を見ておれ。いくさは参加せんでもいいぞ」
「うるせぇ! あいつはかーちゃんがちゃんと面倒見てるわ! 親父こそ、今回は城で留守番してろ!」
相変わらずあの親子は……。
これはアイリアちゃんに叱ってもらわないといかんな。
ブレストの妻フレイとともに、出立の準備を手伝っていたラトールの婚約者アイリアを手招きする。
「お呼びですか? アルベルト様」
「また、あの二人が喧嘩してるから、よろしく頼むね」
「はっ! また、あの二人が。すぐに言ってまいりますー」
親子喧嘩を始めたブレストとラトールのもとに、アイリアがタタタと駆け寄ると、二人をしかりつける。
「お二人とも、喧嘩をされるなら、アルベルト様に申し上げてわたくしと一緒にお留守番にしますよ! あとフレイお母様に申し上げて、お食事は抜きにします!」
泣く子も黙る鬼人族を目の前にして、怯まず叱りつける幼女。
彼女はヨアヒムの外戚カーマインさんの侯爵家からラトール君に輿入れ予定のアイリア嬢だ。
「ア、アイリア! 違う、これは喧嘩じゃないぞ! これから始まるいくさについて討論をしていたんだ」
「そうだぞ! 喧嘩じゃない! あとアイリア、フレイに言いつけるのは待ってくれ!」
プンスコ怒る幼女アイリアには、うちの筆頭家老とその息子もタジタジである。
「本当ですか? このアイリアの目を見て嘘ではないと言えますか?」
「「ああ、言える! 喧嘩じゃないぞ!」」
「では、お静かにして出立の時をお待ちください」
「「承知!!」」
「よろしい! わたくしはフレイお母様のお手伝いに戻ります」
おぉー、あの二人が落ち着いたな。
これで俺の仕事が減る。
いやー、アイリア嬢。ラトールの嫁として将来が楽しみな人材であるな。
これは案外掘り出し物の婚約者殿だった気がする。
「アレウス、母はいくさで忙しいので、残っている印章押しは任せ――」
「マッマ、アーたんやるー!」
「ダメです! マリーダ様、アレウス様はご自身の鍛錬と学習時間がありますので、そのような暇はありません! いくさからお帰りになられたら溜まった分は大急ぎでやってもらいます!」
「ならば、ユーリに!」
「マリーダ姉さん、ユーリはアルコー家の人間だから……エルウィン家の当主代行は……ごめん」
「リゼたん! そんな殺生な! ユーリもお手伝いしたそうに妾を見ておるぞ!」
「あー、うー、まー」
うちの当主は往生際が悪い。
そこまで印章押しが嫌なのかと思うが、戦場で常に育った身の上だと椅子に座ったデスクワークが苦痛なのだろう。
適材適所を考えると、アレウスたんが一定の年齢になったら、当主を譲って隠居の武将として活躍してもらった方が家のためかもしれん。
出立を前にしてざわついていた中庭に、メトロワに駐留させているバルトラードからの伝令が駆け込んできた。
「バルトラード様より、伝令! モラニー市より、貢納金を携えた使者がメトロワ来訪! 停戦を申し出ております! こちらが使者の手紙です!」
おや、こっちのカツアゲを察して、向こうからお金を持ってきてくれたらしい。
伝令から使者の手紙を受け取ると、内容に目を走らせる。
帝国金貨一〇〇〇〇枚を貢納するから、兵を率いて襲うのはやめて欲しいって話かー。
戦費なしでお金稼げるなら、襲う必要もないな。
俺は書簡を折りたたむと、ざわつく兵たちの前で手を打って注目を集めた。
「はい、モラニー市への侵攻中止! お疲れっしたー!」
「「「「な、なんだってー!」」」」
「というわけで、これよりビックファーム領に向かい、牧場柵建設、詳細地形地図作成、野生馬捕獲を作戦目標とする! いざ、出陣!」
「お? おぅ!」
皆が疑問を抱く前に、出立の下知を伝える。
脳筋たちは条件反射で返事をすると、常日頃の鍛錬通り、装備を担いでアシュレイの城門をくぐりビックファーム領へと向かい出発していく。







