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帝国歴二六三年 黄玉月(十一月)
「鬼だぁぁああ! エルウィンの鬼どもが来たぞぉおおおお! 早く中に入れてくれ! 見殺しにする気か!」
「うるさい! 中にはもう入れぬと言っておるだろうがっ! 門から離れよ!」
「嘘だ! まだ城内には余裕がある! 避難民を収容しろ!」
「城兵がオレたちを見殺しにしようとしてるぞ! 門を閉じさせるな!」
「早く開けろ! もうすぐそこまで来てる!」
「閉めろ! 閉めろ! 門にとりつく避難民を斬り捨てろ! 城兵ども剣を抜け! 弓兵構えよ! 排除! 排除だ!」
「ちくしょう! こいつら矢を放ちやがった! やっちまえ! 倒せ! 倒せ!」
あー、グカラの街は残念なことになってるねぇい。
色んな思惑が交錯しちゃってる。
城内に入りたい避難民と、防衛準備したい城兵の間で押し問答から、暴動に発展しちゃったよね。
うちの脳筋どもがヒャッハーして近づいてるのに、あの体たらくじゃ、守り切れない。
あー、嫌だ。嫌だ。醜い争いを見るのは辛い。
俺は街から少し離れた場所に陣取り、敵城の様子を眺めていた。
「クラリス、裏切りの合図送って」
「はいはい、例の火矢ね」
近くにいた射手がこの前使った手榴弾付きの火矢を城内に見えるよう、高高度に向けて放つ。
爆発音と白煙が上がった。
避難民を排除して、閉じかかっていた門が再び開き始めた。
「門が開いたぞ! 今のうちに逃げ込め!」
「入れ! 入れ! みんなは入れるぞ!」
「誰が門を開けと言った! 誰だ! 裏切者がいるぞ! 早く門を閉めろ!」
「だ、ダメだぁ! もう間に合わねぇ! エルウィン軍の先鋒は、あの鮮血鬼マリーダだ! 殺される!」
城内に逃げ込もうとしていた避難民の列が一斉に左右に割れたかと思うと、副将カルアを引き連れたマリーダが馬で駆け抜けていくのが見えた。
「武器を手にする者は、妾の剣の錆にしてやるのじゃ! 我こそ勇者なりと思わん者はかかってこいなのじゃ! 鮮血鬼マリーダ・フォン・エルウィンが相手をしてやる! そこの兵、武器を持っておるな!」
城門近くにいた一〇名ほどの城兵たちが、大剣の一閃で首と胴が離れた。
首を失った城兵が血の噴水を上げて、地面に倒れ込む。
近くにいたものたちは、その凄惨な姿に悲鳴をあげた。
「ひぃいいいいいっ! 城兵たちが一瞬で首だけにされたぞ! 無理だ! こんな怪物に襲われたら無理だ!」
「オ、オレは武器を捨てる! 降伏だ! 降伏する!」
「馬鹿者! たかが一人二人に降伏などするな! 取り囲んでしまえ!」
指揮官の指示に従った兵は、マリーダを囲う前にカルアの双剣によって細切れにされてしまった。
「下賤の者がマリーダ様に近づけると思うな」
あの二人には敵対した者をできるだけ残忍な方法で倒せとは言っておいたけど。
怖い。怖すぎるよ。
怖すぎて、おしっこ漏れそう。
避難民たちも、腰が抜けて動けなさそう。
「さぁ、さぁ、妾に勝負を挑む――」
敵兵を挑発していたマリーダが、自身に迫った矢を指の間に挟んで止めた。
「ものがおったようじゃな!」
マリーダは一目散に矢を放った弓兵のもとに駆け寄ると、大剣の一閃で首を刎ねた。
勢いあまって、左右にいた者の首も飛んじゃってるけど。
「そろそろ叔父上や兵たちとの交代の時間が近い。遊びはここまでにしておくのじゃ。カルアたん、現時点で武器を持ってる者は敵と認定! 殲滅する!」
「承知しました。迅速に処理します」
少し離れた場所に陣取った俺にまで聞こえるほどハッキリと、マリーダの『殲滅宣言』が聞こえてきた。
次の瞬間、二人の身体がブレたかと思うと、城門付近で武器を捨てずに持っていた兵たちが次々に血を噴き上げて地面に倒れていくのが見えた。
見えない獣に襲われてるみたいに、武器を持っている城兵たちはなすすべもなく、地面に倒れ伏していく。
「だ、ダメだぁ! もう、ダメだぁ! 降伏しろ! 早く! 武器を捨て――」
あー、残念。
武器を捨てるのが間に合わなかったようだ。
口と目を見開いた指揮官の男の首が地面に転がった。
あんまり恨めしそうにこっちを見るなよ。残念だけど、これは戦争なんだ。
「マリーダ! そろそろ、ワシらに交代の時間だぞ!」
「まだ早いのじゃ! 妾は全然満足しておらぬのじゃー!」
「マリーダ姉さん、抜け駆けしないための時間制だろ! 交代しろよ!」
「時間制はやめなのじゃ! カルアたん! 城内に侵入するのじゃ!」
「承知!」
城門付近で殺戮の嵐を巻き起こしていた二人の獣が城内に入っていく。
「おい! 待て! 当主がそのように約束を違えるとは! 卑怯だぞ! こうなれば遠慮は無用だ! マリーダより先に武器を持った敵兵を殲滅するぞ! ワシに続け!」
「オレが先だー!」
「マリーダ様にもブレスト殿、ラトール殿にも後れを取るわけにはいかんな。皆の者いくぞ!」
待機命令で待機していたブレスト、ラトール、バルトラードたちが避難民を押しのけて、城門をくぐり抜けて城内に侵入していった。
あー、これでグカラの城兵も武器を捨てないと、脳筋たちの餌食になってしまうねぇ。
さて、ほぼ勝ち確定なので、俺たちは怯えて震える避難民たちを回収していこうかな。
「ミラー君、アレックス君、君たちは農兵たちで避難民の保護と降伏した兵を回収してきて。特に避難民には優しくね。うちが彼らの生活基盤を根こそぎ奪ったから恨まれるだろうしね。あと避難民に畜産関係者がいたら別にお話があると言って分けといて」
「承知しました」
「了解した」
指示を受けた二人が兵たちを率いて、脳筋たちが蹴散らした避難民と降伏した城兵を回収しに行く。
降伏した兵はショタボーイの領地復興のため、鉄鉱山での無料奉仕が待ってるが、避難民に関しては農協さんから多額の戦争賠償金もらうためのカードとして使わせてもらうつもり。
農協さんも、うちからの多額の戦争賠償金を拒否し、避難民が奴隷化や処刑されれば、自分たちの支持層からの大きな不満に曝され政権維持が怪しくなるだろうしね。
ギリギリまで出せそうな金額で手打ちをするつもり。
隣国が政情不安だとショタボーイの領地復興にも影響するだろうし、潰れないけど国内政策で手一杯って感じにしておきたい。
あと、畜産関係者だけは別口でうちの領地にご招待。
主な理由として、うちもそろそろ軍馬の自家生産とかしたいし、家畜の糞尿の染みた土から硝石作って黒色火薬の生産にも取りかかりたいからだ。
ショタボーイの鉄鉱山から安く鉄鉱石が輸入できるようになれば、領内で鉄を精練して鉄砲や大砲、鎧を作って、農兵部隊の戦闘力や防御力を上げたい。
いくさの規模が大きくなると、脳筋たちだけじゃ戦局をひっくり返せなくなることもあるだろうし、手駒の強化は惜しまずやらないとね。
大規模牧場とか作るのは、メドロワに繋がる草原地帯とかでいいかな。
あそこ、雨があまり降らず乾燥してて草しか生えず街道も整備されてないから、領有する人いなくて空白地になってるし。
魔王陛下に今回の作戦成功の褒賞として領有のおねだりしてみよう。
あと、ついでにメドロワの領有許可もお願いしよ。
西国とつるんで空っぽの南部領域を狙ってるらしいしね。
敵にヴェーザー河の渡河地点を与えるわけにはいかないので滅亡決定!
領有後は、のちにできる大規模牧場からの畜産物出荷拠点と水軍基地化かな。
アシュレイ近郊に整備中の港は貿易港にする予定だし。
はー、内政ターンまであと少しー。
お家に帰ったら、ゆっくりしっぽりとしながら、アレウスたんとユーリたんのお世話をしつつ、リュミナスの子供の名前も考えないと。
「城内のゴンドトルーネ連合機構国の旗が降りたよ。敵城は陥落したみたい」
内政ターンのこと考えてる間に、脳筋どもに蹂躙された城が落ちたようだ。
「そうか、さすがに脳筋たちは仕事が早いね。ステファン殿に連絡、グカラ陥落セリってね。向こうも謀略で内部グダグダになってると思うし、そろそろ陥落させてるはず。ベイルリア軍がツンザ、うちがグカラを固め、親征軍とノット家の軍に追われた敵侵攻軍の撤退阻止すれば大勝利確定だ」
「おっけ、ステファン様には早急に連絡を送っておくわ」
敵は街道が通っているツンザとグカラを避けて逃げようとすれば、冬になりつつある高山を越えなければならず、補給が途絶して糧食に余裕がない連中は安全な撤退をするため城の奪還を狙うと思われる。
こちらが城に籠って耐えきれば、敵の背後から攻め上がってくる魔王陛下たちの軍と挟まれ、進退窮まり殲滅戦に移行するって寸法。
「フランにも連絡、補給品は最小限でいいから、避難民、降伏兵を早急にテルイエ領に移送できる数の荷馬車を集めろって指示出して。わざわざこっちに物資を運ぶより、物資のある場所に人を運んだ方が早い」
「避難民って万の数いるよ!?」
「籠城する際に邪魔だから早急に排除する。はいはい、ここからは時間との勝負だから! ステファンにも避難民の隔離はしといてねって付け加えておいて。ほら、行った行った」
「わ、分かった。フランがぶっ倒れそうだけど、稼いでるからこき使われるのはしょうがないわよね」
「そういうこと!」
それから数時間後、戦場処理を終えて陥落したグカラの城に俺たちが入るころには、フランが派遣したと思われる先発の酒保商人たちが、大量の空の荷馬車を引いて城外に姿を見せていた。
すぐに避難民や降伏した兵たちは荷馬車に押し込まれ、来て早々にテルイエ領に向け、出発していった。
この速度で移送が進めば、追い立てられた敵軍が姿を見せる前に、城の周囲は綺麗になりそうな勢いだった。







