優と泪 2
「ッ……」
慌てて振り向くとそこには、見知らぬ青年が二人立っていた。
片方は髪を金色に染めていて、耳にピアスを付けている。
もう片方は茶髪に前髪を赤く染め、耳だけじゃなくて、唇だとか鼻にもピアスを付けていた。
「君可愛いね。今一人?」
その言葉に、私は、自分の体が硬直するのが分かった。
どうしよう……優、今いないし……。
私一人で応答しようにも、近くに優がいればまだしも、一人で二人を相手にするなんて……。
気付けば、膝がガクガクと震え、目が潤み、口の中がカラカラに乾く。
どうしよう……どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!
「おい、話聞いてんのかよ」
金髪の男にそう言われ、私は我に返る。
とにかく、受け答えしないと……。
一度深呼吸をし、私は、震える声を張り上げた。
「あ、あの……私、一人じゃなくて……その……」
彼女と一緒、と言えない。
だって、同性愛なんて、アブノーマルだから。
でも、じゃあどう誤魔化せば……。
「一人じゃない……? 誰か友達と来てんの?」
茶髪の男の言葉に、私はビクッと震える。
言わなくちゃ……ちゃんと、言葉にしないと……!
「あ、えっと……友達、じゃなくて……!」
「泪……何してるの?」
背後から聴こえた声に、私は振り返った。
見ると、右手に先ほど貰ったウサギの飴を持ち、左手に、リンゴ飴と、何かレジ袋のようなものを提げている優の姿があった。
彼女の姿を見た瞬間、男二人の目つきが変わる。
「何お前……もしかして彼氏?」
「……彼氏……?」
金髪の男の言葉に、優は不思議そうに首を傾げた。
そして、しばらく私と男二人を見た後で、「あー」と言い、歩いて私の前に立つ。
「ゆ、優……?」
「……そうだよ」
短く放たれた言葉に、私は目を見開いた。
優の言葉に、男二人はギョッとした顔をする。
彼等の反応に優は小さく笑みを浮かべ、私の肩を抱き、体を抱き寄せる。
「アンタ等……俺の泪に何の用?」
「チッ……彼氏持ちかよ! 行くぞ!」
金髪の男はそう言うと茶髪の男を連れて歩き出す。
その後ろ姿を見ていた時、優が大きく息を吐いた。
「噂には聞いていたけど、まさか本当にナンパなんてものがあるとは……」
「あはは……私も生まれて初めてされた。ていうか、優、相変わらず演技上手だよねぇ……」
「好きで手に入れた特技でも無いけどね。まぁ、泪を守ることが出来たみたいだから良かったけど……」
そう言って私の体を抱きしめる優に、私は苦笑する。
あんなに凛として、カッコイイ優は偽物で……本当は、幼くて、弱いんだ。
でも、私のために、頑張ってくれて……そう思うと嬉しくて、私は彼女の背中を優しく撫でた。
「よしよし……優はよく頑張ったね」
「……泪に何かされたらって思ったら、すごく怖かったから……」
小さな声で言う優に苦笑しつつ、私は彼女の背中を撫で続ける。
すると、彼女は「んぅ……」と小さく声を漏らして、さらに私の体を強く抱きしめる。
その時、髪に何か付けられるような感触があった。
「……ゆーう?」
「うッ……バレたか。もうちょっと待って」
「ん……」
それから少しして、優は私の体を離す。
右耳の上辺りに何か付いてる……これは、ヘアピンか?
私はすぐにそれを取り、目の前まで持ってくる。
「星……?」
それは、キラキラした星がいくつか施されたヘアピンだった。
私が首を傾げていると、優は私の手からそれを取り、優しく私の右耳辺りから、髪を掻き上げるようにして、ヘアピンを付ける。
「泪、そのままでも可愛いけど、こうやってオシャレしたら、絶対可愛いと思って」
「で、でも……お金は……!」
「……実は、コッソリ少しだけ持って来てたんだ。数百円くらいなら、お母さんも出してくれたし」
そう言うと、優はレジ袋からもう一本同じようなヘアピンを出し、私の前髪をとめる。
星の飾りが屋台などの電灯の光を反射して、キラキラ光る。
「えっと……」
「……泪、すごく綺麗」
恥ずかしそうに笑いながら言う優に、私は自分の顔が熱くなるのが分かった。
すると、優は「はい」と言って、リンゴ飴とレジ袋を渡してくる。
よく見ると、リンゴ飴の屋台の近くに、アクセサリーの屋台も出てる。あそこで買ったのだろう。
私はその二つを受け取りながら、「ありがとう……」と返す。
しかし、その声が震えていることが分かり、私は恥ずかしくてリンゴ飴を舐めた。
その時、黒い空に、光の筋が上っていくのが分かった。
「ん? あれは……」
優の言葉と同時に光の筋が消え、数瞬後、パァンッという破裂音と共に、空に満開の花が咲き誇る。
花火だ……そう思いつつ隣にいる優を見ると、優はウサギの飴を握り締めたまま、キラキラ光る目で花火を見つめていた。
「そういえば、優は、花火も久しぶりに見るの?」
なんとなくそう聞いてみると、優は「んー……」と言いながら、ウサギの飴の包み紙を外し、「久しぶり……ではないよ」と言って、その飴を口に含んだ。
「そうなんだ?」
「うん。中学時代に住んでいた家からは、花火見えたし。……部屋から、いつも一人で見てた」
その言葉に、私は声を詰まらせる。
喉に何か詰まったような感覚がして、私は無意識に喉の辺りを押さえる。
その間に、優は続ける。
「……でも、誰かと見るのは……小六以来、かな……」
「……これからは、ずっと一緒に見ようよ!」
咄嗟にそう叫ぶと、優は驚いた表情で私を見た。
すると、まるでそれに呼応するかのごとく、大きな花火が空に舞う。
その花火に負けないように、私はできるだけ、大きな声で叫ぶ。
「もう、これからは、絶対優のこと一人にしない! 一緒に夏祭りにも行くし、他にも、色々な行事を二人でやっていけば良いんだよ!」
「泪……」
「……私も、優と一緒にいたいから」
私の言葉に、優は潤んだ目で私を見つめる。
その瞬間、花火の音も遠くに行って、私と優だけの世界が出来るような感覚がした。
二人だけの世界……すると、優はゆっくりと私に近づいて来る。
私はそれに、目を瞑って……。
「わ、あまーい!」
「ほえ?」
優の言葉に、私は目を開く。
見ると、優は私の手を掴み、リンゴ飴を自分の高さまで持って来ていた。
あ、もしかして、リンゴ飴舐めたかっただけ?
それに気づいた瞬間、花火の音が大きくなった気がした。いや、違う。冷静になったから、また花火の音が聴こえてきただけだ。
その間に優はさらにリンゴ飴を齧るように口を大きく開き、リンゴ飴をパクッと咥える。
そのまま綺麗な桃色の舌で赤い飴を舐めて、ゆっくりと、飴とリンゴを齧る。
「ッ……」
「んー……飴甘ったるいけど、中のリンゴは結構酸っぱいね……一緒に食べたら美味しい」
そう言いながら、ボリボリと飴を頬張る優。
私はそれに呆れつつ、目線を逸らす。
「はい」
その時、優がそう言ってウサギの飴を差し出してくる。
顔を上げると、彼女はニコッと微笑んだ。
「私ばっかり貰ってたら悪いもん。あげる」
……なんだか、流されっぱなしだな。
よく分からないけどなんだかムッとしてしまい、私はウサギの飴を差し出す彼女の腕を掴んだ。
「分かった……貰うね」
「え、ちょ……」
その手を引いて、私は少しだけ背伸びをして……優の唇を奪った。
キスの味は、さっき舐めたリンゴ飴と、同じ味がした。
今回で最後です。
今まで読んで頂きありがとうございました。




