凛と雛 6
凛さんに腕を引かれ、私は車に乗り込んでいた。
もしかしたら、真美と瑞穂のせいで、彼女を不愉快にさせてしまったのかもしれない。
勝手に恋人と同居、ってことを話してしまったし、何より、あの二人の言葉が……。
真美達に悪気は無かったんだろうけど、凛さんはあれを聞いて不機嫌になったのかもしれない。
「あの、凛さん……」
「雛ちゃん」
私がなんとか弁解しようとした時、凛さんがそう口を開いた。
彼女の言葉に、私は無意識に姿勢を正した。
すると、凛さんは私の方を見て……―――
「雛ちゃん……私とのこと、どこまで説明したの?」
―――……かなり真面目な顔で、そう聞かれた。
「えっ……」
「まさか、その……すでに本番やったこととか、週末の夜のこととか……」
「言うわけないじゃないですか! そんなこと!」
すごい真面目に言うかと思ったら、そんなことかよ!
私は呆れてしまい、背凭れに体重を預けた。
そもそもそんなこと言うわけないだろうに……。
あ、そういえば今日は木曜日か。
明日の夜は……いや、今考えるのは止そう。
「あはは、良かったぁ……にしても、まさか雛ちゃんが私のことを恋人として話してくれていたとは思わなかったよ」
「会話の成り行きで……あとは口が滑ったんです。……今日、本人が来るなんて思いませんでしたし」
「ヘヘッ、可愛い可愛い恋人の晴れ舞台なんだから、見に来ないわけないじゃん。今日はちょうど講義も無かったし」
悪戯っぽく笑いながら言う凛さんに、私はため息をついた。
すると凛さんはフッと一瞬、顔から笑みを無くした。
そして、優しく柔らかい笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。
「ぁ……」
「雛ちゃんの作文。超良かったよ。……ありがとう」
そう言って優しい笑いを浮かべる凛さんに、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
クッ……こんなの、卑怯だ。
恐らく赤くなっているであろう私の顔を見て、凛さんはクスクスと笑う。
「フフッ。赤くなってる。可愛い」
「……可愛くないです」
「可愛いよ~。……今すぐ食べたい」
「真面目な顔で何言ってるんですか! まだ学校の敷地からも出てないですし!」
「それが良いんじゃん。真面目な雛ちゃんがこんな車の中で、淫らな行為を……」
「これ以上ふざけたら殴りますよ?」
できるだけドスの効いた声でそう言ってみると、凛さんは「冗談だって~」と言い、車を発進させる。
後方に流れて行く景色を見ていた時、運転席の方から声を掛けられた。
「……にしても、冷静になって考えて見ると、あれは正直やり過ぎたんじゃないかなって」
「……やり過ぎ?」
「うん。あの二人の反応的に、その……恋人が女、ってことは、隠していたんでしょ?」
「……まぁ、はい」
「ついカッとなって言っちゃったけど、その……あれって話合わせて誤魔化した方が良かったのかなって」
その言葉に、私は鞄をギュッと握り締めた。
確かに、私は色々面倒事を避けるために、誤魔化すという手段を取ろうとした。
でも……。
「……いえ、大丈夫です」
「でも……!」
「……正直、私も苦しかったんです。恋人の性別を話せないことが。……どうせいずれはバレていたかもしれませんし、もしこれであの二人が離れていくなら、その程度の友達だったんだと思います」
そう言った時、曲がり角に差し掛かる。
ゆっくりと左にカーブし、また車は走る。
「……それなら良いけど」
不安そうに呟く凛さん。
正直、私も不安。
明日学校に行ったら、真美や瑞穂が話しかけてくれないかもしれない。
一応他のクラスメイトとも話はするが、最近ではあの二人と話してばかりだったから。
軽口で気さくに話してくれる真美。
いつも落ち着いていて優しい瑞穂。
あの二人の前では自然体でいられて、一緒にいてとても楽しかった。
だからこそ、あの二人が離れたら……すごく怖い。
「……もしあの子達と何かあったら、私に話しなよ?」
凛さんは、そう言って私の手を握った。
まぁ、この件であの二人との縁が切れたら凛さんのせいみたいなものになるし、気にするのだろう。
私はその手を握り返し、「ありがとうございます」と返す。
「もし何かあったら……よろしくお願いします」
「任せんしゃい」
ニカッと笑いながら言う凛さんに、私は自分の顔が綻ぶのを感じた。
この人がいたら、きっと大丈夫。
根拠は無いが、そんな自信があった。




