凛と雛 5
「終わりです……」
そう言いつつ原稿用紙から顔を上げ、私は言葉を失った。
全員が、ただジッと私を見ているのだ。
唯一この場をどうにかしてくれそうな凛さんは、顔を真っ赤にして手で顔を隠している。
私は本心をそのまま言葉にしたようなものなんだけど……あれ?
困惑していると、真美がすぐに大きな拍手をしてくれた。
それに合わせて、他のクラスメイト達も拍手をしてくれる。
教室に拍手の音が鳴り響くのを感じながら、私は自分の席に着く。
「雛ちゃん。作文、良かったよ」
隣の席の瑞穂がそう言ってくれる。
彼女の言葉に、ようやく肩から力が抜けた。
「ありがとう」
そう返すと、瑞穂は照れたように笑った。
それからは何事もなく全員の作文発表が終わり、授業は無事終了した。
今日は参観日のため五時間目までの授業で、この後は帰るだけだ。
私は荷物をまとめ鞄を肩に掛けると、すぐに凛さんを探した
しかし、すでに教室にはいないようで、辺りを見渡してもどこにも彼女の姿がない。
「……!」
私は小さく舌打ちをして、教室を飛び出した。
すると、ちょうど扉のすぐ横の壁に凭れる形で、凛さんは顔を手で覆っていた。
いや、そんなことしても隠れられるわけないから。
「あの、凛さん!」
私はすぐに凛さんの腕を掴み、顔から手を外させた。
そして彼女の顔を見て……絶句した。
「なっ……」
「や……見ないで……」
そう言って腕で顔を隠す凛さんの顔は、耳まで熟れた林檎のように真っ赤だった。
むしろ、作文を読んだ直後よりも、顔の赤みは増しているような気がした
「なん、で……」
「……恋人にあんなこと言われたら……照れるに決まってんじゃん……」
凛さんの言葉に、私は自分の顔が熱くなるのが分かった。
私にとってはすでに家族同然の存在だったが……そうか、家族か……。
自分の口元を手で隠しながら、私は目を伏せた。
「ひなっち~!」
その時、名前を呼ばれ、私はビクッと肩を震わせた。
慌てて振り向くと、そこには、こちらに向かって歩いて来る真美と瑞穂の姿があった。
「ま、真美……瑞穂……」
「うちんちの親がさ、ひなっちの作文が一番印象に残ったって!」
両手で拳を作りながら言う真美の言葉に、私はまともに返事をすることができない。
必死に平然を装っているが、実際は顔が赤くならないように隠すことで必死なのだ。
そんな私の本心なんて露知らず、真美の言葉に瑞穂も続ける。
「私の家もだよ! 一人で寂しかったんだろうね~とか、良い人に出会えたみたいで良かった~とか」
「うんうん。にしても、参観日の作文で惚気るとは思わなかったけどね~」
別に惚気たつもりはないんだけど……。
どう答えようか困っていた時、瑞穂は私の後ろの方に視線を向けた。
「ねぇ雛ちゃん。そこにいるの、確か、参観日中に雛ちゃんがよく見てた人だよね?」
「ッ……!?」
「あ、私も気になってたんだぁ。誰かの親にしては明らかに若すぎるし」
「いや、これは、その……」
私はそう言いつつ、凛さんに視線を向ける。
状況を理解したのか、凛さんは大分赤みが引いた顔で、私と真美達を交互に見る。
やがて、観念した表情をして、口を開く。
「あ、はは……実は、私がこの雛ちゃんの作文に出てた、一緒に住んでる人」
「「えっ?」」
「えっと……雛ちゃんと同居させてもらってます。影山凛です。……よろしく」
あぁ、言っちゃった……。
まぁ、良い誤魔化し方も分からないしね……。
でもこの二人は良い子だし、最悪変な噂広げたりとかもしないだろう。
そう思っていた時だった。
「あっははは!」
突然真美が笑うので、私は口を開けて固まった。
その間に真美はさらに笑い、目尻に溜まった涙を拭いながら微笑む。
「はは……ひなっちってば、見栄張ったりするんだ?」
「へ?」
「恋人と住んでるなんて嘘つかなくても良いのに……それで? 影山さんとはどういう知り合いなの?」
瑞穂の言葉に、私は徐々に頬が引きつっていくような感覚を抱いた。
あぁ、そっか……そうだよね……。
二人にとっては、同性が恋人なんて……ありえないことなんだね。
分かっていたことだけど……でも……。
「……私が雛ちゃんの恋人だけど?」
凛さんの言葉に、私は目の前の世界が明るくなるような感じがした。
顔を上げると、そこには、赤面していたのが一変して、キリッと引き締まった顔で真美と瑞穂を見つめる凛さんの姿があった。
「凛さん……?」
「私が、その……雛ちゃんと一緒に住んでる恋人だけど?」
ハッキリとした声。
それに、真美と瑞穂は驚いたような表情で固まった。
「えっ……」
「それとも、雛ちゃんが“彼氏と住んでる”って言ったの?」
「いや、恋人としか、言ってなかった……」
真美の言葉に、瑞穂も頷く。
すると、凛さんは頷き、私の肩を掴んだ。
「……世の中にはね、男を好きになる男もいるし、女を好きになる女もいるの。恋愛にはね、性別も何も関係ないんだよ。好きになったら、それが全てなんだから」
そう言うと、私の肩から手を離した。
少しして、左手を優しく、大きな手で包み込まれるような感触があった。
「ぅぁッ……」
「……帰ろう」
小さくそう言って、凛さんは私の手を引く。
一度振り返って見ると、真美と瑞穂が驚いたような表情で私の方を見ていた。




