凛と雛 3
五時間目になり、ついに参観日になった。
私の通う頼巳高校の保護者は、皆こういう行事に積極的なようで、授業が始まる前からすでに後ろには十人程度の保護者達が並んでいた。
「うわぁ、すごい並んでる……」
後ろの方に視線を向けながら言う瑞穂の言葉に、私も「だねぇ」と漏らす。
他の保護者とはいえ、いつもより多い人数相手に発表しなければならないのか。
そう考えると、確かに緊張する。
しかも自分の親に向けて書いた作文なのだから……緊張するのも仕方ないか。
私は本人が聞かないことを良い事に好き勝手書いたからなぁ。
「瑞穂の親も来るの?」
「うん。お母さんが。やだなぁ……」
困ったように言う瑞穂に、私は苦笑する。
真美の母親も来るらしい。
それにしても、結構見た目で誰の親か分かったりするよねぇ。
ぼんやりと後ろを眺めていた時、後ろのドアから見つけたとある人物を見て、私は固まった。
「嘘……」
「ん? 雛ちゃんどうしたの?」
そう言って瑞穂も後ろを見て、固まった。
だって、入って来たのは……凛さんだから……。
「何あの美人のお姉さん……ねぇ、雛ちゃん知ってる?」
「シラナイ」
「……なんで棒読みなの?」
なぜ凛さんが? 今日は大学の講義は!?
慌てている間に、学級委員長の「起立」という言葉が聴こえ、私は慌てて立ちあがる。
それから礼をして、座る。
改めて後ろに立つ凛さんを見ると……保護者さんと談笑してる!?
「あ、私のお母さんもあの人と話してる……誰かのお姉さんかな?」
「ソウカモネ」
「雛ちゃん顔色悪いよ?」
瑞穂の声を聴き流しつつ、私は頬に伝う冷や汗を指で拭った。
なぜ。なぜ、よりによって来る。
そもそも彼女には保護者参観日の話なんて一切したこともないのに。
すると、凛さんは私の方にチラッと視線を向けて来た。
目が合うと、柔らかく笑って、手を振って来る。
「ねぇ、あの人雛ちゃんに手振ってない? 知り合い?」
「……シラナイ……シラナイ……」
私はそう言いつつ、教壇の方を見た。
現在、出席番号順に作文を読んでいっている。
私の出席番号は十五番。
総勢三十八人のこのクラスでは、割と早い方だ。
「雛ちゃん……お腹痛いの?」
「……ダイジョウブ……」
「ねぇ、やっぱりあのお姉さん知り合いなんじゃ……」
「……シラナイ……」
胃が痛い。学校行事に誰かが私を見に来るなんて経験初めてだから。
ここまで緊張するものなんて思わなかった。
そんな風にお腹を押さえている間に、十四番である小畑君が作文を読み終えてしまう。
「では次に、榊野さん」
来た……。
カラカラに渇いた喉に唾液を流し込み、私は震える足で立ちあがる。
一歩ずつ教壇に近づく度に、体がどんどん冷えて行く。
頭の中が真っ白になって、世界が少しずつモノクロになっていくような感覚がする。
血の気がスーッと引いて、何も、考えられなく……。
『ひ・な・ちゃ・ん!』
その時、教壇の前に立った私に口パクで名前を呼ぶ凛さんの姿が視界に入った。
緊張で真っ白になった頭。白黒になった世界の中で、なぜか彼女にだけ、色が付いていた。
『が・ん・ば・っ・て!』
その口パクを見た瞬間、肩から力が抜けるような感じがした。
……やっぱり、彼女の顔を見ると、安心する。
前に聞いたことがある。好きな人といると、脳が安心するのだとか。
だから、好きな人といると眠くなったりするのは、良い傾向だとか。
もしこれが本当なら……やはり、私は凛さんのことが大好きだ。
そして、彼女を好きになれて、本当に幸せだ。
「ふぅ……」
一度大きく息をつき、私は原稿用紙を見つめた。
大分気持ちにも余裕が出来た。
「それじゃあ、お願いします」
担任の先生の言葉に、私は頷き、息を大きく吸い込んで、言葉にした。
「家族。二年一組十五番。榊野雛」




