凛と雛 2
<雛視点>
「はぁぁ……」
昼休憩になり、弁当を食べていた真美は大きくため息をついた。
彼女の様子に、瑞穂が「どうしたの?」と声を掛けた。
「どうしたの、も何も……次の五時間目参観日だよ?」
「あぁ、確かに……しかも親の目の前で、家族なんてタイトルの作文発表だからね……ちょっと憂鬱」
そう言いつつ眼鏡の位置を正す瑞穂の言葉に、私は「大変だねぇ」と相槌を打った。
私の反応に、真美はキョトンとした表情を私に向けて来た。
「え、ひなっちの家は来ないの? 親」
「うん……ていうか、うちは親が離れて暮らしてるから……元々こういう行事は無関心で」
「もしかして、一人暮らししてるの?」
「え、一人暮らし!?」
驚いたように言う真美に、私は面食らう。
そこまで驚くことなのか……?
まぁ、確かに凛さんが来るまでは一人暮らしみたいな状態だったか。
召使さんはいたけど、まともな会話を交わしたこともなかったし。
「んー……小さい頃から最近までは一人暮らしだったよ。一応親が召使雇っていたけど」
「え、何それすごい羨ましい」
真美の言葉に、私は苦笑する。
確かに一般的に見れば、かなり羨ましいかもしれない。
でも、凛さんと暮らし始めると、もうあの頃に戻りたいとは思わない。
どれだけ狂っても、誰にも気づかれない。
どれだけ泣いても、誰も涙を拭ってくれない。
どれだけ嬉しくても、その喜びを誰とも共有できない。
あの孤独は……耐え難いものだ。
「最近まで、と言うと……今は違うの?」
瑞穂の言葉に、私は頷いた。
「うん。今は恋人と暮らしていて」
「ブハッ!?」
「ゲホッ!?」
私の言葉に、真美と瑞穂が同時に吹き出す。
そこで、私も慌てて口を手で押さえた。
しまった。つい口を滑らせた!
そう思っている間に、真美はすぐに呼吸を整え、私の机をバンッと叩いた。
「ひなっち! いつの間に恋人なんて出来たの!」
「えっ……正式に付き合うようになったのは、三ヶ月くらい前かな……一緒に暮らし始めたのはもう少し前だったけど」
「そ、そんなに前……?」
驚いたように漏らす瑞穂の言葉に、私は首を傾げる。
すると、真美は頬杖をついて、またもやため息をついた。
「良いよねぇ、美人は。ひなっち、モテモテだもん」
「いや、それは無いでしょ……」
「いやいや。ひなっち可愛いもん。ね~? みずっち」
そう言ってジト目で瑞穂に投げかける真美。
彼女の言葉に、瑞穂は頷いた。
「うん。だって雛ちゃん、前に雑誌のモデルしたりしていたでしょ? 少なくとも、美人なのは確定だと思うけどなぁ」
「そうなのかなぁ……でも、モテモテって……」
「いやいや、ひなっちを狙ってる人は多いよ~? でもそっかぁ。彼氏いるのかぁ」
彼氏、という言葉に、私は自分の頬が引きつるのが分かった。
あぁ、そっか……世間一般では、恋人というものは異性であるのが当たり前なのか。
分かっている。分かっている、けど……。
「あ……恋人っていうのは……!」
「そういえばさぁ、彼氏で思い出したんだけど~」
咄嗟に訂正しようとした時、真美がスマホを取り出しながらそう口を開いた。
彼女の声に私は口を閉ざし、目を伏せた。
しかし、改めて考えてみると、恋人が同性なんておかしいし、いらぬ噂を立てられる可能性もある。
そもそも、同性を好きになるなんて、アブノーマルなことだ。
ここは訂正せずに、勘違いさせたままにしておいた方が良いかもしれない。
「ひなっち聞いてる?」
頭の中でそう結論付けていた時、真美にそう聞かれた。
彼女の言葉に、私はすぐに笑顔を浮かべて見せた。
「ごめん。ボーッとしてた。何の話?」
「も~……実はさ、この間……」
真美の言葉を聞きながら、私は凛さんお手製の弁当を口にした。




